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27.読書に逃避しよう

(さすがにチョロ過ぎないか、私……)


 寝不足ながらも図書室へ足を運んだ私は、続きの本を引っ張り出しながら、自己嫌悪に陥っていた。


(ライの好意は偽物じゃないと思う。ただ、ちょっと、いや、かなり、仕事とか暗示とかで一歩引く内容があっただけで)


 それでも、好意の圧力と美少年補正に負けた自覚はあるので、後悔があるのは否めない。


(まぁ、一旦、読書でリセットして、それからまた考えよう、うん……)


 前巻の終わりで、将来王妃となる女性と無事再会を果たしたので、この後は手を取り合って、ひとまずの目的である精霊樹への旅を再開するはず。うん、何事もなく旅が進むわけもないから、今度は何が起こるのか楽しみ!


――――そんなふうに考えていたときもありました。


(ああぁぁぁぁぁ~~~~)


 自分に課した制限2冊を読み終えたところで、私は部屋のソファに沈んでいた。


(確かに平坦な道じゃないと分かってたけど! だからと言って茨の道が過ぎるんじゃないの?)


 鬱展開という程でもないけれど、最終的に建国王となる主人公の傍に、正妃が寄り添っていた描写もあったから、最終的に大団円になるとは分かっているけれど!


(まさかの精霊王が恋敵とか聞いてない!)


 ヒロインが精霊王に一目惚れされ、強引に彼らの世界に引きずりこまれたところで以下次巻。どうしてこういう美味しいところで次の巻を待たなければならないのか、と私は悶々としていた。それでも、一日二冊まで、という制約は破りたくないので歯を食いしばって耐えている。


(いや、ちょっと冒頭だけ……だめ。それは絶対に止まらなくなるやつ!)


 図書室で葛藤しながら本を返し、そういえばそろそろ昼食の時間だろうか、と思考を切り替えた。


「……そういえば、食事を作っている人って、どんな人なんだろう」


 食事に文句はない。それどころか、毎日美味しくて感謝しかない。


「気分転換に、芋の皮むきでもいいから、させてもらえないかな……」

「お嬢様、それはわたくしの仕事ですので」

「っ!」


 歩いているところに斜め後ろから声を掛けられ、心臓が跳ね上がった。


「ジェイン?」

「昼食の時間ですので、お呼びにあがりました」

「あ、ありがとう。……それで、今、芋の皮むきが仕事って言っていた?」

「はい。手が足りないところは、できる限り手伝うように命じられておりますので」

「そうなの?」

「庭仕事をすることもありますし、書類の整理もさせていただくこともございます」


 それはメイドの仕事なのだろうか、と思ったけれど、そもそもジェインがメイドなのかどうかも知らない。ただ、服装から私がそう判断しているだけだ。そう今更ながらに気が付いた。


「ジェインはここに勤め始めて長いの?」

「勤め……いえ、わたくしはこのお邸の備品ですので」

「……え?」


 耳を疑った。およそ人に対して使わない単語が出てきたせいだ。


「び、ひん?」

「はい。お嬢様、すぐに運んでまいりますので、座ってお待ちください」


 食堂へ到着するなり、混乱したままの私を置いてジェインが去っていく。


(詳しいことを、ジェインに問いただすべき? それとも、これもライに確認した方がいいこと?)


 衝撃にふらつきながら席につくと、カラカラと食事の乗ったワゴンを押してジェインがやってくる。


「お待たせいたしました」


 まだ湯気の立つショートパスタと飴色のスープ、彩り鮮やかなピクルスが目の前に並べられていく。

 現金なもので、人間、どれほど悩んだりしていてもお腹は空くものらしい。今日の糧と作ってくれた見知らぬ料理人に感謝してからフォークを手に取る。

 口に広がるトマトソースの絶妙な酸味に舌鼓を打ち、しばらく食事に没頭した。


「アイリちゃん、食事終わったら、オレっちに付き合ってくんない?」

「……リュコスさんは、もう食事は終わったんですか?」


 私が食事に夢中になっていたせいかもしれないけれど、いつの間にか食堂の壁を背に立っていたリュコスさんには驚かされた。自己主張の強い人というイメージがあるのに、こんなふうに気配を消されると落差が激しくて戸惑わされる。


「オレっち? あぁ、こういうちゃんとした食事は好きじゃないから、簡単な食事にしてもらってんの」

「そうなんですか」


 人によって食事メニューが違うのなら、料理人はかなり面倒なことをやらされているんじゃないだろうか。私だったら、手間がかかって嫌になると思うのだけど。


「昼食の後であれば、別に構いませんけど」


 ジェインが私の目の前にハーブティーを置いてくれる。寝不足なこともあって、その落ち着く香りにお昼寝の誘惑を感じたけれど、何とかそれに抗った。

 今朝、ライから聞いたことはまだ消化不良のままだ。現実離れしたことの数々をそのまま受け入れることは難しい。でも、別の人から同じことを違う言葉で説明されたのなら、きっと消化の手助けになると思ったのだ。それがたとえ軽い調子のリュコスさんであっても。


「付き合う、と言っても、何かしたいことがあるんですか?」

「うん? あぁ、裏庭を案内したげようと思ってね。表しか見てないでしょ」

「裏庭は実用的な菜園、でしたっけ」

「そうそう。昨晩は見られちゃったってご主人様に聞いたからさ。それなら表じゃ落ち着かないよね?」

「それは……まぁ、確かに」


 あれだけ咲き誇るバラがすべて元は……と考えると、確かにぞわぞわする。軽く、いやかなりホラーだ。


「じゃ、お茶飲み終えたら、ちょっと散歩しよっか?」

「そうですね」


 腹ごなしにちょっと歩くぐらい、何も問題はないはず。リュコスさんに誘いに頷いたのは、軽い気持ちでのことだった。


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