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26.ライの告白

「作り話、と言われてもおかしくないだろう? それに気分のいいものでもない。だから黙っていた」

「それは――――」


 確かに、人を花に変えるだなんて、怪談の類だ。私だって、この目で見なければ信じられなかっただろう。


「重罪人から知性を奪い、散々苦しめたところで花にする。(おおやけ)にはできない内容だからこそ、アイリに伝えるつもりはなかった」


 ライの話は筋が通っているように感じる。でも、私が聞きたいことはそれだけじゃない。


「……それだけ?」

「?」

「黙っていたことはそれだけ、ですか?」


 ずきり、と胸が痛んだ。

 私が丁寧な口調を使うたび、ライの瞳が哀しげに揺れるのが分かる。もともと身分の差があるから、これが普通だと思うのだけど、ライにとっては耐え難いことのようだった。


「まだアイリに言えないことはある。でも、それは――――」

「私、昨晩とても驚いたんです。人が花になったこともだけど、それを見るまで、あの顔色の悪い人たちのことを忘れていたことや、身分差があるライ様に砕けた口調で話しても何とも思わなかったことに」


 ライの顔をじっと見る。少し俯き気味になっているけれど、その瞳が少し泳いだように感じた。


「明らかにおかしいとは思いませんか? 夜中に森を、うつろな目をして顔色の悪い人たちが、緩慢な動きでうろついていた。そんな光景を見たら、トラウマになってもおかしくないと思うんです。そんな衝撃的な光景が、いつの間にか思考の端に追いやられて思い出すこともなくなっている、なんて」

「……」

「何か、ご存じですか?」


 とうとう片手で顔を覆ってしまったライを見つめて、私は反論を待つ。やっぱり、彼は何かを知っている。それだけが確実だった。


「は、はははははっ」

「?」


 突然笑い出したライは、立ち上がって両手を広げた。その顔はすがすがしいほどの満面の笑み。


「やっぱりアイリは最高だよ。俺の予想のさらに上を行ってくれる。そんな強いアイリだからこそ、俺は絶対に手放したくない」


 ライは座ったままの私の前に膝をつくと、逃げ腰になっていた私の手をぎゅっと捕まえた。


「ねぇ、アイリ。改めてお願いしたい。俺の婚約者になって、俺の隣にいて欲しい」

「……っ!」


 蕩けるような笑みと直球の言葉に、ぐらり、と心が揺れる。だけど、慌てて踏みとどまった。


「ご、まかそうとしないでください。私の質問にまだ答えてもらってません」

「アイリに暗示をかけたのは俺だ。そうでもしないと怖がって逃げられそうだったし、身分だなんだと線を引かれるのも嫌だったから」


 しれっととんでもないことを悪びれもせずに答えたライは、笑みを崩すこともない。それが憎らしいやらうらめしいやら、不信感で凝り固まっていた私の肩の力が抜けてしまった。


「暗示……がどういうものかは分かりませんが、人の意思を曲げるようなことはよくないと思いませんか?」

「そうだな。でも、アイリに怖がられるのも逃げられるのも御免だから仕方ない」

「仕方ないって、そんな言い方は」

「だって、強引に動かなかったら、そもそもここへアイリを招くこともできなかっただろう?」


 すがすがしいほど自分勝手なセリフに、最早二の句が継げない。


「アイリ。重いとかしつこいとか言われるかもしれないけど、俺はずっとアイリを想ってた。嫌われてもいい……いや、よくないが、強引にでも、アイリに隣にいて欲しかった。それだけは疑わないでくれ」

「……それは、さすがに、疑えませんけど」


 まだライとどこで会ったか思い出せないけど、いったい何をどうしてこんなに気に入られたんだか。むしろ、私の記憶に残ってないレベルの出会いで、ここまで気持ちを向けられるとか、ドン引きする。


「やっぱりそれ、嫌だな。そんな丁寧な口調はやめてくれるか」

「でも、貴族と平民で――――」

「そんな壁を作るなよ。俺はアイリと対等でいたい」

「いや、でも、だって……」

「アイリ?」


 ぐ、と喉の奥で唸ってしまった。自分は面食いじゃないと信じたいけど、どうしても少し泣きそうに顔を歪めた美少年の上目遣いでのお願いは、無碍にしにくい。


「ぜ、善処しま……する、けど、ライさ、ライも、もうそういう暗示とかはしないって、約束してくれる?」

「ありがとう、アイリ。俺も新しく暗示をかけないと約束する。何なら指切りするか?」


 ごく自然な流れで小指を出されたので、私も何の疑問も持たずに右の小指を立てた。子供じみた約束だけど、なんだかライが珍しく年相応に見えて微笑ましい、なんて思っていた。


「それじゃ、約束、な?」

「あ、うん」


――――小指を離した直後、いきなり抱き寄せられて、唇を奪われなければ。


「ん、むぅっ!?」


 触れるだけのキスじゃない。年下とは思えない力強さで頬を固定され、何度も角度を変えて口づけられ、最後にぺろりと舐められた。


「ちょっ! なにす――――」

「アイリ、このまま押し倒していい?」

「ダメに決まってるでしょう!」


 未成年淫行、ダメ絶対、の精神で断固拒否の姿勢を崩さない私と、なし崩しを狙っているライの攻防は、もちろん私が勝利を治めた。

 そのあとは、お互いに部屋へと戻ったのだが、私はもう少し冷静に考えるべきだった、と後悔することになる。ライが『新しく』暗示をかけないという表現を使ったことを。




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