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25.気まずい朝食

「アイリ、大丈夫?」


 食堂に少し遅れて入ってきた私を見るなり、ライが声を上げた。寝不足の自覚はあるけれど、そこまでひどい顔をしているのだろうか。


「すみません、ちょっと寝付きが悪かっただけです」


 私の答えに何故か目を(みは)ったライは、じっとこちらを見てくる。彼のことを真っすぐ見返すのすら億劫で、私は目の前に並べられた朝食に集中することにした。

 柔らかいパンに、ハーブの風味が強いハム、スクランブルエッグはふわふわで、しゃきしゃきのレタスのサラダも美味しそうだ。


「アイリ……?」

「いただきます」


 困惑するライの声を切り捨てるように、私は朝食を食べ始めた。


(……だって、仕方ないじゃない)


 一度不信感を抱いてしまった以上、何を話したらいいか、なんて分からない。口を開けばうっかりくすぶる感情のままに怒鳴りつけてしまいそうだし。

 それに、ライのことを次期侯爵様と認識した私は、とてもこれまでのように敬語なしで話せるとは思えない。事実、さっきも丁寧な口調が出てしまったわけだし。


 私の様子がいつもと違うのに気が付いて、ライは眉を少しハの字にさせている。ちらりと壁際を伺えば、ジェインはいつも通りの無表情、リュコスさんは何故か面白いものでも見るようにニヤついていた。


(本当に、リュコスさんはどんな立ち位置なのかしら……)


 真面目モードのときには主人であるライを立てているけれど、やっぱり本音はこちらなのだろう。その人を食ったような態度に、少々、いや、かなりイラっとくるけれど。


(採寸を覗いたこと、とっととバラしてやれば良かったかしら)


 そんなことを考えながら、もぐもぐと朝食を口に入れていく。食事を楽しむというよりは、栄養補給でしかない。いつもはライと会話をしているけれど、お互いに無言だったから、あっという間にお皿はきれいになった。


「ごちそうさまでした」


 挨拶して立ち上がり、食堂を出ようとしたところで、私の手首を掴む手があった。


「アイリ」

「……なんでしょう?」

「何があったんだ? 突然――――そんな態度になって」


 珍しく焦った様子のライを見て、私は迷う。昼夜逆転のライは、これから寝る時間のはずだ。そんなライに、この未消化の色々なものをぶつけていいのか、と。

 もちろん、誰かに昨晩のことをぶつけてみないと始まらないことは分かっている。初日のように何も言わずに脱走することも考えたけれど、それこそ初日をなぞるだけで終わるだろう。


「教えて、アイリ」


 縋るようなその声、見上げてくる赤い瞳に、一瞬、強烈な不快感を覚えた私は、思わず手を振り払ってしまった。


「アイリ……?」


 粟立った肌を無意識にさすりながら、私は小さく首を横に振った。そんな乱暴に振り払うつもりはなかった、と示すように。


「これからもう休むのでしょう? 仕事で疲れているのですから――――」

「アイリ!」


 ライが私の両手をぎゅっと掴んでくる。


「ついてきて、サロンで話そう」

「え、でも――――」

「いいから!」


 問答無用で引っ張られ、精神的に疲れていた私はあれよあれよとサロンへと連れ込まれる。


「ライ様、私は別に――――」

「ちょっと静かに」


 サロンに着いたライは、何故か扉に鍵を掛け、陽光を取り込む大きな窓を塞ぐようにすべて分厚いカーテンを閉めていく。


「アイリ、座って。何があったの。どうしてそんなに他人行儀なの」

「それは、……そもそも、私は平民ですし、ライ様は次期侯爵様ですから」

「誰がそんなことを言ったの」

「単に自分を振り返って、わきまえるようにしただけです」


 テーブルの上に置かれた燭台がぼんやりと部屋を照らす中、矢継ぎ早に投げられる質問に、勢いに飲まれるままに答えていくと、ライは頭痛を堪えるように額に手をやった。


「……アイリ、俺に何か聞きたいことはない?」


 柔らかい語調で告げられた質問に、私の体がびくり、と震えた。


(言ってしまって、いいの?)


 聞きたいことはある。でも、それを口にすることで、確実に変わってしまうことがある。それでも、ここで足踏みするよりは、と私はまっすぐにライを見つめた。


「……庭園のバラは、みんな人間だったものですか?」


 少し震えてしまった私の声に、ライは目を大きく見開いた。もう、その態度で十分だ。彼は悪意で私を欺くつもりはなかったと、そう思えた。悪意があれば、きっと平静を装っただろうに。


「な、んで――――」

「昨晩、なんとなく寝付けなくて窓の外を見たら、……ライ様と、あの顔色の悪い人間が見えたんです」

「あぁ、……そうか、あの部屋は一番いい部屋だし、そりゃ庭園も見えるな」


 くしゃり、と前髪をかき上げるライは、その赤い瞳を揺らした。


「怖がらせたくなかったから黙ってた。あれが俺の仕事だ」

「人間を、バラにすることが……?」


 それは、どんな仕事だというのだ。



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