23.つぶらな瞳(?)には勝てない
「え、そんなに頼んでいるの?」
夕食の席で、私は目を丸くした。結婚するつもりがなかったとはいえ、元の婚約者――ザナーブとの新生活のために作られた服は、できるだけ早く捨てて欲しい。そんな風に言われて服を仕立てることになったところまでは把握していた。否、そこまでしか把握していなかった。
「別におかしい数じゃないと思うけど」
「だって、そんなに必要ないでしょう? 二十着もだなんて」
「夜会服や乗馬服みたいな特別な用途の服もあるし、なんなら毎日新しい服を着ても構わないくらいだよ? もう少し、増やしておく?」
「え、もったいない」
素で即答した私に対し、ライの後ろで控えているリュコスが腹を抱えて震えているのが見えた。何がツボに入ったのか知らないけれど、ライも笑っているのに気が付いているし、我慢せずに声を出して笑えばいいのに。
「半分くらい冗談なのに、即答で却下されるとちょっと胸が痛いね」
「ライの提案は、たまに冗談に聞こえないから」
「そう? 毎日新しいのを着ても追いつかないぐらいに服を作っておきたいんだけど」
「不経済!」
もったいないを通り越した提案に、間髪入れずに断言してしまった。着道楽とかそういうレベルじゃないでしょ。
「本気だったんだけどな」
「物は大事にすべきだと思う」
「アイリが大事だから、こんな提案をしているんだけど?」
「ぐ、……そ、それなら、私のもったいない精神も大事にして欲しい」
「そうくるか。残念だけど諦めるか」
どうしてそこまで服を贈りたがるのか理解できないけれど、平民の金銭感覚を殺しにかかる真似はやめて欲しい。
「お気に入りの服ほど、程よく着古して柔らかくなるじゃない? 新しいのなんて、生地が薄くなってからでも――――」
「さすがにそれは許容できない。アイリは俺の隣に立つ人だから」
「それは、貴族のメンツ的な意味で?」
「俺のメンツ的な意味で」
どうやらこの話題は平行線になってしまうようだ。仕方がないので、これ以上の反論は飲み込むことにする。シチューのお肉がほどよくとろけて美味しい。
「アイリは美味しそうに食べるね」
「え? だって、美味しいもの」
パンはふわふわ、シチューはとろとろ、サラダはシャキシャキ、味付けも程よく濃くて、何の文句があるだろうか。
カチカチのパンに、具がちょびっとの薄い塩味スープに慣れ親しんでいた私としては、天国なのだけど。
「そっか。美味しいのはいいことだよね」
「? ライは美味しくないの?」
「美味しいよ。だって、目の前にアイリがいるから」
「~~~~っ!」
だから! いちいち! セリフが! 甘い!
うっすら赤く火照っているだろう頬を押さえ、声にならない悲鳴を上げる。
「本当にアイリは可愛いよね。……結婚まで我慢できるかな」
「? 何か言った?」
「いや、独り言。アイリと結婚するためにも、仕事を頑張らないとな、って」
さて、仕事頑張るか、と腕を軽く回したライに、ふと両親の姿が重なる。お父さんがよく、仕事に熱中し過ぎて体調を崩していたっけ。
「……あまり、根を詰め過ぎないでね?」
「っ」
体を心配しただけなのに、ライは顔をくしゃりと歪めた。いつもの綺麗な笑みではなく、少し泣き顔に近い、ような?
「ライ?」
「そんな顔されると、余計に頑張らないと、と思うよ」
「え? どうして?」
「やっぱり手を出すなら、アイリと正式に結婚してからになるからさ」
「は? え? は????」
その意味するところを理解した私の顔が火を噴くほどに熱くなる。いや待って、それ犯罪! え、でも、ライの方から来ても犯罪? いや、犯罪でしょう!
「それじゃ、俺頑張るわ」
「え、あ、……う、ん?」
ライの頑張る動機を考えると、素直に頷いてしまっていいものかと返事も半分疑問形だ。
優雅な手つきで口を拭いたライが立ち上がり、食堂を後にするのを、私は茫然と見送った。
「……規格外にも、程があるでしょう」
貴族というのは、みんなあんなに早熟なんだろうか。
「お嬢様、食事はお済みですか? 下げてしまっても?」
「……えぇ、お願い」
ジェインが後片付けするのをぼんやりと眺め、私は顔の熱が引くのを待つことにした。




