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21.どんな服か想像できない

「意匠についての要望はございますの?」

「主からは、日常使いできるものと、念のため夜会服を、と。主の色を入れていただくのが理想ですが、アイリ様が望まれないのでしたら、そちらを優先させるようにと申しつかっております」


 店主さんとリュコスさんの会話が聞こえてくる。


「そのまま、両手を横に広げていただけますか? ……はい、結構です」


 ビスさんに言われるまま、向きを変えたり、手を上げたりとしながら、私は店主さんとリュコスさんの会話に耳を傾けていた。


「それはまた、随分な入れ込みようですのね。今度こそ(・・・・)、ということですの」

「一介のデザイナーに口を挟まれるようなことではありません。わたくしどもは、主人の意向に沿うよう動くだけですよ?」

「そう、ですわね。あまり深入りするつもりはございませんが、今後ともご贔屓にしていただければ、とは思っておりますわ。できれば、次の機会には、紳士の夜会服の注文をお待ちしております、とお伝えくださいませ」

「わたくしも、そうなることを願っております」


 どうやらこの店主さんは、ライとそれなりに付き合いのある人のようだけれど、「今度こそ」という言葉が妙に引っ掛かった。「今度」ということは、「以前」があったということだろうと推測できる。


(私の前にも、こうして服を依頼するような女性がいたということ? でも、あの年齢にして、それはないんじゃない?)


 あくまで小説や噂話で聞きかじった知識しかないけれど、貴族の中には、生まれた瞬間に婚約者がいる、ということもままあるらしい。そういう前提なら、私の前に別の婚約者がいてもおかしくない、ということになるんだけど。


(なんか、もやもやするのよね……)


 あちこち採寸されながら悶々としていると、「お嬢様、失礼いたしますわ」と店主が仕切りの向こうからやってきた。


「色やデザインの要望がありましたら、お聞かせいただけないかと思いまして」

「こうしてしっかり採寸をして作っていただく機会がこれまでありませんでしたので、どのような要望をお伝えしたらよいか分からないのですけど……、できれば動きを阻害しないものの方が」

「足首までの丈のドレスを着用なさったご経験は?」

「ありません」

「ヒールはどれぐらいのものでしたら、許容できそうですか?」

「ヒールの高い靴を履いたことがほとんどないので、転ばないか心配です」

「これまで布類でかぶれたご経験は?」

「ありません」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に素直に答えていくと、なぜか店主さんは、私の首元をじっと見つめてきた。


「デコルテはきれいですわね。夜会服はこちらを強調したものが映えますわね」

「デコルテ、ですか」


 いったいどんな夜会服になるのか分からないけれど、そもそも夜会服なんて着る機会があるのか、そこをリュコスさんに問い詰めたい。


「こちらの指輪は、指にされるご予定は?」

「あ、これは……」


 馴染み過ぎていた指輪を指摘されて、私はどう答えたものかと迷った。アデルからもらった指輪を、もう取り上げるような人はいないから、と肌身離さず首に提げたままにしていたのだ。


「今のところはその予定はありません」

「そうですの。次期様からは、ドレスに合わせた装飾品のご注文も承っておりますが、こちら、チェーンだけでも変えていただいても構わないものでしょうか?」


 指摘されると、確かに、と頷くしかない。今は使い古した革紐に通しているだけなのだ。上品なドレスにはそぐわないだろう。


「あの、チェーンに変えるとしても、頑丈なものにして欲しいのですが」


 落とさないために、と思ったのだけど、何故か店主さんには首を横に振られてしまった。


「首にされるものですから、いざというときには切れる程度のものでなければ、かえって危険ですの」


 何かに引っ掛かって強く引っ張られたときに、首が締まるのが問題なのだと説明されて、私はなるほど、と頷く。


「普段使いされている間に、切れるということを心配されているのでしたら、そちらは問題ございませんわ。……ビス」

「はい、店長!」


 荷物から木箱を取り出した助手さんが、店主に渡す。話の流れからすぐに要求されたものを出せるってすごいな、と別な所で感心してしまった。


「土台が銀のようですから、チェーンも同じ銀でできているものでいかがでしょうか」

「え、と、でも――――」

「アイリ様、主人のことでしたらお気になさらず。必要なものであれば、いえ、そうでなくとも、主人がアイリ様の欲しいと考えるものを放っておくことはありません」


 するりと乱入してきたリュコスさんの言い回しが迂遠過ぎて理解に苦しむけれど、要はこのお勧めされているチェーンを買ってしまえということなんだろうか。


「ということで、こちらの請求はドレスと共にお願いいたします。――――アイリ様、失礼いたします」


 私がなんとも答えないうちに、リュコスさんは銀のチェーンを受け取ると、淀みない手つきで指輪を革紐から銀のチェーンに提げ代えてしまった。


「どうぞ、大事なものでしょう?」

「あ、りがとう?」


 私の胸元に戻ってきた指輪を、そっと握ったところで気が付いた。……私、下着姿なのだけど?


「リュコスさん、どうして衝立のこっち側に?」

「あ? これは失礼いたしました」


 一瞬、素に戻ったように見えたけれど、リュコスさんは何もなかったように、そそくさと衝立の向こうへ去って行った。


「~~~~~~っっ!!」


 言葉にならない悲鳴を上げたのは、仕方のないことだと思う。


(絶対! ライにチクってやる!)



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