17.夕食をともに
「アイリ、あれからちゃんと眠れた?」
「あ、うん。ちゃんと眠れたわ。ありがとう」
少し慣れたと思うけれど、ライの美麗な顔で笑みを向けられると、鼓動が速くなってしまう。相手は子ども……と思うけれど、年に不似合いの色気みたいのがあって、どうにも困ってしまう。
テーブルに次々とお皿が並べられていくのを待ちながら、私はライに聞かれるままに昼間のことについて話していた。
「それで、昔読んだことのあったシリーズが全巻あって! 本当は一気に読んでしまいたかったんだけど、少しずつの楽しみにしようと思って、今日は2巻までで止めておいたの」
「そうなんだね。図書室にあるのは、基本的に俺とリュコスの趣味のものなんだ。もし、他に読みたい本があるなら、言ってくれれば取り寄せるし、読んでみたいジャンルだけでも教えてくれれば」
「とんでもない! あれだけあるんだから、しばらくは読む本には困らないわ」
私の言葉にライは困ったような笑みを浮かべ、なぜかその背後に控えるリュコスさんが、お腹を押さえて震えている。そんなに笑われるようなことを言ったかしら?
「あの、リュコスさん?」
「いえいえ、アイリ様はもっと我儘を言っていいと思いますよ」
主であるライの前だからなのか、丁寧な口調で説明するリュコスさんは違和感がある。
「我儘?」
「女性向けの恋愛小説も多くございますし、流行の詩集や、マナー本、刺繍の手引書などでも構いません。欲しいと言っていただければ、すぐ手配できますので」
「だって、そんなもったいない……」
「アイリ、本の十冊や二十冊で傾くような家じゃないから、遠慮はいらないってことだよ。無理に買うんじゃなくていい。欲しいと思ったら、いつでも言って?」
「う、うん……」
少し上目遣いのライに言われ、私は頷いた。本当に意図的なのか無自覚なのか分からないけど、私の心を揺さぶってくるので心臓に悪い。
「そういえば」
並んだ食事に手をつけながら、私はさっきの会話で気になっていたことを口にした。
「図書室の本はリュコスさんとライの趣味だって話だけど、他の人は読まないの? ジェインとか、ミーガンさんとか」
「ミーガンに会ったのか?」
「えぇ、図書室で」
ライはちらりとリュコスさんに目線で何かを問いかけた。リュコスさんは、小さく首を振る。
「ミーガンは基本的に剣術と馬術以外は興味がないからな。あと、ジェインは本を読まない」
「読まない?」
「別に字を読めないわけじゃないぞ。ただ、うちのメイドはそういうものだと思っておけばいい。仕事以外の余計なことはしないんだ」
「……この邸では、メイドの地位が低いとかそういうこと?」
「そういうわけじゃない。ただ、ジェインはそういうものだと思ってくれれば」
ライの言い回しがよく分からなくて、私は首を傾げた。確かに感情が全然見えなくて気味が悪いとは思っているけれど、でもライの言い方は何か引っかかる。
(でも、あまり突っ込んで聞いても、またはぐらかされそう)
謎だらけのこの邸のことだ。詳しく問いただすのは、優先順位を決めた方がいい。悪いけれど、ジェインのことはそこまで優先度が高くない。あの顔色の悪い人間のことや、ライと私の接点の方が重要だ。
「図書室の本は、何冊まで部屋に持ち込んでもいいの?」
「そうだな……。あまり夢中になって読みふけってもらっても困るし」
「さすがに自制はできるわよ?」
「どうだろう? アイリは本に夢中になると、他のことが手につかなくなるからな」
そう言われると、少し弱い。確かに今日だって二冊だけ、と思って読み始めなければ、ずっと読みふけっていた自信がある。それだけ、久々の読書は楽しかった。
今日、読んだ本の感想を話しているうちに、いつの間にか夕食もすべてたいらげてしまった。ほとんど初対面だというのに、ライの聞き方が上手いのか、すごく話しやすいと思ってしまった。
「あー……、ご主人様?」
夕食を終えたし、そろそろ自室に引っ込んだ方がいいのか、と悩んでいたところに、リュコスさんが声をかけてきた。
「せっかくですから、ご主人様が改めて庭園を案内されてはどうでしょう?」
「いや、だけど、アイリはもう」
「同じ庭園であっても、案内される相手によって違うものに見えると思いますよ? それに、まだまだ話し足りないようですし」
「あ、いや……」
「何なら、わたくしめが! 邸から見えない木陰スポットを余すところなくご案内を!」
「黙れリュコス。――――アイリ、まだ眠くないなら、少し時間をもらってもいいか?」
「ふふっ、もちろん」
リュコスとの会話に笑ってしまったが、私には拒否する理由もない。何をされるか分からないリュコスさん相手に二人きりなんて無理だし。
「リュコス、それだけ煽ったんだから、仕事の準備はしっかり整えておけよ」
「かしこまりましてございますー」
少しだけ態度を砕けさせたリュコスさんに見送られ、私はライと手をつないで庭園へと向かった。




