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16.図書室で再会

(こ、これは確かに……!)


 一人きりの昼食を終え、ライに教えてもらった図書室へやって来た私は高鳴る胸を押さえきれないでいた。

 重厚な書棚に収まっている、本、本、本。紙という安価な媒体ができたのは、ほんの三十年ぐらい前のことだと聞いたことがある。それまで羊の革を薄く鞣したものに書き記されていた様々な情報は、草木の繊維から為る薄い書物によって広く流通するようになった。といっても、私の生まれる前の話だけど。

 媒体が安価になったことで生まれたのは娯楽。それまで吟遊詩人が歌い継いで人を楽しませていたものが、書物の形になったのだ。これは大きな革命だったのだと私は思う。


(なぜって、今ここで、私が読んで楽しめるから……!)


 私はゆっくりと歩きながら、背表紙を一つずつ確認していく。一応ジャンル分けがされているのか、書棚によって書物のカテゴリは分かれている。整理されているのは探しやすいから嬉しい。


(あ、このあたり、好きかも……って、リグイ国建国記の外伝三巻! 知らないうちに巻数が進んでる!)


 私は瞳を輝かせた。思い返せば、まだ街に住んでいた頃、父が友人から借りてくれた子供向けの冒険譚があった。どこにでもいるような小さな村の少年が、森の泉で精霊を助け、その精霊の導きによって旅に出る話だ。最終的にリグイ国という架空の国の建国王になるという結末だけがハッキリとしていて、そこに至る過程を順々に時系列で追っていく、そういう構成になっていた。


(最初の数巻しか読んでいなかったけど、もしかしたら、続巻がここにあるの? というか、そもそも完結しているの?)


 読みたい。すごく読みたい。

 あるのなら同じ書棚にあるに違いない、と私は目を皿のようにして探す。外伝は外伝でまとめられているのだけれど、本編がない。どうして……と考えながら背表紙をチェックしていて、気が付いた。


(まさか、この書棚……完結しているものは、取りにくい場所にまとめているってこと!?)


 個人が管理しているのなら、その気持ちも分かる。一度完結した物語など、何かきっかけでもない限り読み直さないだろう。まだ続刊している状態なら、「あれはどうだったっけ?」と読み直す機会も多い。

 私はその仮説を基に、ハシゴを使わなければ取れないような高い棚を中心に、本編を探すことにした。


(リグイ国建国記……リグイ国建国記……リグイ国建国記……あった!)


 外伝が並んでいる場所からは離れていないだろう、という予想があたり、すぐに見つけることができた。


「十五巻も出てる!」


 喜びのあまり声が出てしまったが、今ここには私しかいない。ジェインが図書室の前までは案内してくれたが、場所が分かればあとは大丈夫と、付き添いを断ったのだ。本当の理由は、ジェインの無表情さがどうしても慣れなくて傍に置く気になれないからなのだけど。

 それはともかく、私しかいないので、高い場所の本を取るのも、もちろん私一人でするしかない。


(せっかくだから、最初の巻から読み直したい!)


 久々に物語を読めるという歓喜に心を弾ませながら、私はいそいそとハシゴを手に取った。思ったより重かったけれど、農作業で鍛えた私の筋力はちゃんと仕事をしてくれた。


「よいしょ、っと。ここに引っかければ固定されるのかな?」


 私は慎重にハシゴを上ると、リグイ国建国記の一巻を抜きと……れない。


(ちょっと隙間なく詰め過ぎじゃないの!?)


 だが、ここで諦めるつもりなど毛頭ない。指でしっかりと本を掴むことはできている。それなら、とハシゴを掴んでいた手で周囲の本を少し押さえてやればいいだけだ。


「よし、動いてる。もうちょっと引っ張れば……あ?」


 どうやらどこかが引っ掛かっていただけのようで、一度動きだせば、するりと本は抜けた。拍子抜けしたと同時に、勢い余った私の体がぐらりと後ろに傾く。まずい、と思うがハシゴを掴み直すこともできず、バランスを崩した私はそのまま背中から――――


(とにかく本だけは守らないと!)


 本の高価さを知るだけに、これを破損させるなんてとんでもない、という気持ちが先に立った。リグイ国建国記の一巻を胸にしっかりと抱え、衝撃に備えて体をぎゅっと緊張させる。


「っ!」


 だけど、予想していた痛みはやって来なくて、代わりに背中に固い感触が当たった。ドシーン!を予想していたのに、トスンで終わった、と言えば通じるだろうか。


「……大丈夫か」


 いつの間にか瞑ってしまっていた目を開けると、そこには古き良き城に飾られていそうな甲冑があった。否、甲冑を着込んだ男の人が立っていた。


「あ、りがとうございます?」


 受け止めてくれなかったら、怪我をしていたことは確実なので、謝罪の言葉はするりと出た。ただ、邸内で全身甲冑を着込んで顔すら見えない相手に助けられた、ということで疑問形になってしまっただけで。


「怪我をすれば主が悲しむ」

「そ、そうですね。気をつけます。……えぇと、もしかして、私を村に迎えに来てくれた人ですか?」


 一言も会話をしなかったけれど、その異様さゆえに覚えていた。あの使者――リュコスと共に、全身甲冑の人もやってきていたことを。


「あの、お名前を伺っても?」

「ミーガン」

「ミーガンさん、ありがとうございました。おっしゃる通り、これからは気を付けます」

「高い場所の本を取りたければ、ジェインに言った方がいい。そういったときのための存在だ」

「それもそうですね」


 私は素直に忠告を聞き入れ、ぺこりと頭を下げた。そして、部屋へ戻って本を読もうと図書室を後にする。


(……変なの。どうしてジェイン以上に不気味な全身甲冑のミーガンさんの方が、まだ親しみやすいと思ったのかしら?)


 その理由が分からないまま、部屋に戻った私は、手にした本に夢中になって、そのことをすっかり忘れてしまった。



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