15.夢なら会える
あぁ、これは夢だ。と思った。
「それならアイリは、あの主人公がいくじなしって思うんだね」
いつか交わした会話。その記憶を元に、きっと夢という形で再現されているだけ。それでも目の前の彼女が懐かしくて胸がキュンとした。
「だって、もっと早く行動すれば、主人公の姉はあんなことにはならなかったでしょう? 結局、行動に移すのが遅かったから……」
「わたしは、主人公の気持ちが分かるよ。それだけ誰かを失うってことは怖いから」
「でも、あのときは――――」
「うん。だけどそれって結果論だよね。あの時点では誰にも分からなかった」
アデルはサイドの編み込みから少しほつれた髪をそっと撫でる。あぁ、そうだ。その髪型は、私がいじらせて欲しいと頼んで、せっせと編んだものだった。
「アデルは……失いたくない人がいるの?」
「そうだね。失いたくない人がいるし、失いたくなかった人がいたよ」
儚く笑うその表情は、今にもアデル自身が消えてしまいそうで、私の心を冷たく凍らせた。
「アデルの」
失いたくなかった人って、誰?
「いけない!」
アデルは突然私を抱きしめると、そのまま芝生に倒れ込んだ。倒れるときの衝撃は、回されたアデルの腕が吸収してくれるので、痛くはない。ただ、驚きに目を回した。けれど、ふわりと香る良い香りに、思わずうっとりとする。アデルの香りだ。
(あれ……?)
私の胸がざわつく。言いようのない違和感。
「まずいな。もうここまで嗅ぎつけたか」
私を抱きしめたまま、アデルがぼやく。私はアデルの厳しい視線が向く方へ顔を向けた。
(!?)
そこには二人の男が立っていた。ありきたりな服装で、公園を行きかう人たちに溶け込んでいる。どこにでもいる人だ。……その顔色を除けば。
(違う、こんな人なんて見たことない)
どこか夢を俯瞰して見ながら、私は大きくかぶりを振った。だって、あんなの、まるで、昨晩見た人間じゃないか。
「アイリ、かくれんぼをしよう。アイリが鬼役ね。二十数えるまで、目隠ししてここを動いたらだめだからね」
「え、あ、うん」
強引なかくれんぼの誘いに、私は勢いに飲まれて頷いた。
「いーち、にー、さーん……」
目を閉じた私の耳は、アデルの足音が離れていくのを聞き取っていた。その足音は公園の様々な音に紛れ、すぐに分からなくなる。
「はーち、きゅー」
アデルが隠れやすいように、私はことさらゆっくりと数を一つずつ増やしていった。だって、まだ、本気のアデルを探し出せていない。悔しかった。
「じゅーご、じゅーろく」
最初はどこから探そうか。やっぱり木の上? でも、この間は、植え込みの陰から、私が木の上を必死で探しているのを逆に観察されていたみたいだから、違うかもしれない。
「じゅーく、にじゅう!」
顔を覆っていた手をよけて、私は目を開ける。
「あれ?」
目の前に、アデルが立っていた。
「どうして隠れてない……アデル?」
アデルは珍しく肩で息をしていた。今まで、どれだけ続けて遊んでいた日も、こんな疲れた様子のアデルを見たことはなかった。
(違う、こんなアデルの姿なんて見たことない)
私が呟く。夢の中の私は気づかない。
「もしかして、公園の管理人さんに怒られそうになった? そんな変な場所に隠れようとしたの?」
「ちが……あぁ、うん、ちょっと怒られそうになったから逃げて来ちゃった。まだわたしを探しているかもしれないから、向こうの方へ行こうよ」
荒い息を吐く様子に「どこかで水とかもらう?」と心配する私に、アデルは「大丈夫だから」と微笑んだ。今なら、それが強がりだとわかる。でも、当時の私は単純で、笑ってくれるぐらいなら、大丈夫か、と安心していた。
「さ、行こう?」
「うん」
お互いに手を繋いで、公園内を歩き始める。けれど、十歩と歩かないうちに、アデルが小さく舌打ちをした。お行儀が悪いと思ったけれど、アデルの視線の先を見て、私も眉間にしわを寄せてしまった。
「…ったく、次から次へと」
顔色の悪い男が、二人から五人に増えていた。完全に私たちを目標にしているのか、ゆっくりながらもまっすぐにこちらへ歩いてきている。
「ごめんね、アイリ。こんなふうに巻き込む予定じゃなかった」
「アデル?」
アデルは私を引っ張るように速足で歩きだす。向かう先は、なぜか人気のない林の方だった。花の咲く時期ならともかく、葉っぱも落ちかけの季節には、こんな方に足を運ぶ人は滅多にいない。
それなのに、私たちの後ろを五人の男たちがついてくる。
「このあたりで十分かな」
アデルの繋いでいない方の手が、私の目を塞ぐ。
私の視界は真っ暗になった。けれど、その一瞬後、なぜか暗かった視界が真っ赤に染まり――――
「……ぁっ!」
そこで目が覚めた。やはり悪夢の類だったのか、じっとりと汗をかいてしまっている。昨晩の謎体験と過去の記憶が妙にミックスされたせいで、アデルとの綺麗な思い出の一ページが穢されてしまったような気分になった。
「でも……」
気のせいだろうか。アデルとライが似ているような気がしたのは。それとも、整っていると感じる顔立ちは、最終的に似たものになるんだろうか。
「アデルが貴族なわけないし、他人の空似よね」
ふかふかのベッドから起き上がり、大きく伸びをする。窓の外のお日様は、もうてっぺんに差し掛かっていた。




