12.捕獲されました
(何あれ何あれ何あれ――――っ!)
絶叫したいのを我慢しながら、私は慌てて木の陰に隠れた。
うまいこと生垣を抜けて邸の敷地外へ逃亡できた私は、邸の傍の林に足を踏み入れていた。ぎりぎり邸の灯りが見える範囲を歩き、道に出ようと考えていた。
(だって、せっかく邸から抜け出してきたのに、また見つかったんじゃ意味ないし、かといって林の中で遭難なんてシャレにならないし……)
私の判断は間違っていなかったと思う。多少杜撰なのは認めるけれど、それは色々と準備したりする時間を惜しんだ結果だ。悔いはない。……って、今はそこじゃない。
(ひぃっ!)
近くにそれの気配を感じて、私は息をひそめた。背にした大木の向こう側を、ソレはのそりのそりと歩いて行った。
ソレは簡単に言うのなら、顔色の悪い人間だ。けれど、想像してみて欲しい。うつろな目をした顔色の悪い人間が、緩慢な動作で月夜をうろつきまわる、そんな光景を。不気味以外の何物でもないだろう。
(でも、絶対に前にどこかで見た気がする)
たった今通った人間ではなく、こういった生気がない人間を、随分と昔に、どこかで。
深く考えこもうとしたところで、慌てて我に返った。今はそれどころじゃない。
(とりあえず、朝になるまではやり過ごそう! 明るくなればもう少し、何とかなるかもしれない)
何しろ、この生気のない人間、一人じゃないのだ。少なく見積もっても七、八人、もしかしたら十人以上うろついているかもしれない。たとえ月夜といえど、右も左も分からない初めての土地で、逃げ切れるとは思えなかった。
私は、周囲に人がいない隙を見計らって、手近な木に登る。枝葉にうまく隠れられそうな枝を探して、腰を落ち着けた。
(眠いけれど、今日は徹夜覚悟ね。うっかり寝てしまったときのために、幹にロープで体を括り付けておくべきかしら?)
真剣に悩んだが、こんな状況では寝ることもないだろう。息をひそめて、上から彼らを観察する。
(本当に、いつ見たんだろう? でも、村……じゃない、気がする。でも、そうすると街で? そんなに前のことなら、記憶が朧気になっていても仕方ないのかしら)
目的もなくうろうろしているように見える彼らを見下ろしながら、考える。少し肌寒くなってきたので、引っかけていたズタ袋から、バランスを崩さないよう気をつけながら、毛布を引っ張り出す。古い毛布は決して温かいとは言えないが、ないよりは全然ましで、ほっと息をついた。彼らを見てから、自分で思う以上に緊張していたらしい。
(あれ……?)
地面をうろついていた彼らが、一様に動きを変えた。全員が全員、何かに気が付いたように、一方向に向かって……いや、違う。何かから逃げているように見えた。
(まさか、アレとは違う、別の何かが来るの?)
緩慢ながら目的を持って動き始めた彼らを観察するのをやめて、彼らが逃げようとする者が何なのかを確認するために目を凝らす。
(あれも、人影……?)
まだ遠くて分からないけれど、彼らより随分と小柄に見える。でも、まさか子供がこんな真夜中に外を出歩くわけもないし、と思っていた私は、ようやく人影が見えるようになってから驚かされた。
(子どもじゃない!)
パっと見だけど、十歳を越えたぐらいの年頃に見える。月に照らされた銀髪は艶やかに輝き、思わず見とれてしまった。上からの視点だけれど、随分と顔が整っているようだ。成長すればさぞかしモテるのだろう。
たとえ美少年だとしても怪しいことに変わりはないので、私は息を潜めて少年が過ぎ去るのを待つ。
けれど、その少年は私が登っている木の前で立ち止まった。
「相変わらず木登りが上手だと言うべきなのか、年頃なのに木登りを嗜むのははしたないと言うべきか、迷うところだな」
明らかに私に向けて放たれた言葉に、思わずズタ袋を抱きしめた。
「とりあえず、戻るぞ、アイリ。言いたいことは色々あるが、それは後回しだ。こんなところで夜明かしされたら、身の危険以上に、虫に刺されまくるぞ」
「っ」
自分にたかる虫を想像して、ぞわり、と総毛だった私は、自分の体を抱きしめた。その代わり、ズタ袋が自然にどさりと落ちる。
「いいから降りて来い。まだ虫は苦手なんだろ?」
まるで私を知っているような言葉を告げる少年に、私は渋々とだけれど、白旗を上げることにした。
――――こうして、ほんの数刻にも満たない脱走劇は、あっさりと終幕した。




