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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

薫視点 本編と短編

二度目のバレンタインデー

作者: 理春

バレンタインデーの3週間ほど前、夕陽と別の講義を取っている教室でのことだった。


「おっつー柊く~ん。」


「あ、根本さんおはよう。」


いつものように気軽に声をかけてくれる彼女が、「よいしょ」と鞄を下ろして俺の前に座り、振り返った。


「ねぇねぇ、柊くんもうすぐ誕生日なんだよね?」


「え、うん。」


「その後のバレンタインはどうやって過ごすとか、もう朝野と決めてんの?」


「え~っと・・・特に・・・。去年はうちで過ごしながら、その場で手作りチョコ作って、食べてもらったけどね。」


「そうなんだ。・・・・・」


何かニコニコしつつ思案する彼女を、しばし見つめていたけど、根本さんはキョロキョロ視線を泳がせたり、何か躊躇った様子でなかなか口を開かなかった。


「・・・バレンタインがどうかした?」


「ん、えっとね~~私さ、ず~~っとやってみたいなぁって思ってたドッキリがあるんだけど・・・」


「ドッキリ・・・?」


「うん・・・。でもそれは柊くんの協力必須だし、私が叶えたいとか見てみたいって気持ちだけだし、巻き込むのはなぁって思ってたんだよね。」


「はぁ・・・・。ちなみに誰にドッキリを・・・?」


「ん、もちろん朝野。」


「そうなんだ。・・・・でも・・・そうまで言われるとどういう内容なのか気になるよ?」


「んふふ、だよねぇ。」


根本さんは苦笑しながら、コッソリ作戦を打ち明けるかのように話し始めた。


「あのね・・・柊くんが可愛いからさ・・・女装してみてほしいなって・・・・」


その言葉に思わずフリーズすると、彼女は顔を伏せておでこを机につけた。


「ごめん!そういうの不快だよね!嫌な人は絶対嫌だと思うし!別に柊くんが女の子になりたい人だとは認識してないんだよ!?でも朝野がすっごい柊くんを可愛がってるからさ!現にめっちゃ可愛いし!化粧したら絶対映えるなとか、こういう髪型したらめっちゃ絵になるなとか、考えちゃってた私が腐ってる!ごめん!」


「お・・・落ち着いて根本さん・・・」


まだ教室にそこまで人は多くないとはいえ、若干周りの視線が刺さったので慌てて制止した。


「ごめん、打ち明けようかだいぶ迷ってたからさ・・・」


「えっと・・うん・・・別にそこまで迷うことでもないような・・・。・・・ん~」


打って変わって俺が思案していると、今度は根本さんが俺の言葉を待った。


「特に女装に抵抗あるわけじゃないから、別にそこは構わないんだけど・・・」


「構わないの!?」


「うん・・・でも・・・・果たして夕陽はそれを見てどう思うのかなっていう・・・懸念が・・・」


「・・・まぁ・・・どう思うのかはわからないけど、ビックリはするからドッキリなんだけどさ。」


「そうだね・・・。」


「ふむ・・・じゃあ柊くん的には、別にやってもいいけど、朝野が嬉しくないならあんまり気が乗らないかなぁってこと?」


「そうだねぇ・・・」


「う~~っす、おつかれ~ぃ」


挨拶と共に津田くんがやってきて、根本さんの隣に腰かけた。


「あ、おはよう津田くん」


「津田ぁ・・・あんた何で私の隣座んのよ~」


「いや、だって・・・柊の隣座ってたら、後から朝野来た時にちょっとイラって顔されんだよ。」


「え・・・」


根本 「え~?そう?」


「そうだろうがよ・・・。付き合い長いからわかんの、そういうの。あいつマジで重度の焼きもち妬きだし、敵意すげぇから。」


冗談めかしに言う津田くんの意見は、わからなくもないし実際そうだ。


根本 「まぁいいけど・・・。で、どう?やってみたくない?ドッキリ。」


ノリノリな彼女にどう答えようかと考えるよりも先に、津田くんが食いついた。


「は?ドッキリ?・・・あ、もしかしてお前、前から言ってたあれか?朝野に・・・」


「そうそう!絶対面白い反応すると思うんだよね~♪」


そんな話し合いの中、あれよあれよと作戦が決まって行って、一抹の不安を抱えながら、根本さんの勢いに負けて決行する運びとなった。

バレンタインデーまで根本さんの段取りの元、何度かメイクやヘアセットのリハーサルなども行って、肝心の衣装選びのために、バレンタインデーの数日前、ショッピングモールへと買い出しに出かけた。


「柊くん誕生日は朝野と家でパーティーでもすんの?」


「パーティーってほどのことはしないかなぁ。夕陽のご実家に伺って、食事させてもらったりって感じ。」


「そうなんだぁ、もう家族ぐるみの付き合いってことねぇ。は~・・・婚約おめでと♪」


「ありがとう。」


「え!?冗談で言ったんだけど!ガチで婚約してんの!?」


「え・・・うん・・・。夕陽が話してたのかと思ってた・・・」


開いた口が塞がらない様子の彼女は、小刻みに震えながらお祝いの言葉をくれた。

平日で人もまばらなアパレルショップが並ぶ店先を歩いて、根本さんは真剣な様子で吟味しながら俺の好みを聞いたり、夕陽の好みを聞いたり・・・

そのうち煮詰まってしまった彼女は、少し休憩するために脇にある自販機で飲み物を一緒に購入した。


根本 「な~んか定まらないなぁ・・・。ごめんね?歩き回らせちゃって・・・」


「全然。休憩しながらだったら大丈夫だから。」


「やっぱこう・・・王道な清楚系でいくのが正解かなぁ・・・」


二人してコーヒーに口をつけて息をつくと、ふと側から声がかかった。


「薫?」


パッと振り返ると、見知らぬ女性を連れた夕陽が側へ歩み寄った。


「夕陽・・・」


「あれ、根本も。友達と出かけるって根本のことだったんか。」


根本 「うん・・・。ん?・・・・え?朝野は何用で今ここに?」


「ああ・・・」


後ろで大人しく待つ女性は、メガネをかけたスーツ姿で明らかに年上だとわかる。

夕陽は後ろ頭をかきながら、苦笑いして言った。


「バレちゃったらもうしょうがないから言うけど・・・」


根本 「は・・・はああ!?あんたまさか浮気してんの!!?死んでほしいんですけど!?」


勢いよく立ち上がった根本さんは、夕陽に噛みつかんばかりに叫んだ。


「は?いや、違うわ!」


「なっ!バレちゃったとか言ったじゃん!!よく柊くんの目の前に来れたよね!?あんたとは絶交だわ!そんな奴だと思わんかった!行こ!柊くん!」


「えっ・・・」


俺を立ち上がらせるために手を掴んだ彼女に、夕陽は重ねるように言った。


「根本!誤解だって!誕生日プレゼント考えあぐねてるって話をバイト先でしたら!先輩というか上司が、薫の好きな作家詳しく知ってるって言うから・・・小説買うために選びに来たんだよ。つまり俺も買い物に付き合ってもらってるとこ。お前と一緒だよ。」


チラリと俺と根本さんが後ろに立つ女性に目を向けると、彼女は苦笑いを落として軽く腰を折った。


根本 「なんだ・・・・めっちゃ早とちりした・・・ごめん。でもまっぎらわしいんですけど!」


夕陽 「ふ・・・悪かったって・・・」


夕陽が申し訳なさそうに眉を垂らして俺を見るので、微笑んで見せた。


「俺は何も心配してないし疑ってないよ。」


「ふふ・・・俺ももちろん、薫がどこに誰と出かけようが一ミリも疑ってない。・・・羨ましくはあるけど・・・」


根本 「でた焼きもち妬き・・・」


夕陽 「んで?そっちは何を買おうとしてんの?もしかして手作りチョコの材料とか?」


どうやら夕陽は、根本さんのバレンタイン用の買い物に、俺が付き合ってあげてると思っているらしい。

彼女はサラっと機転の利く人だとわかっていたけど、その時の応対はまさにスムーズとしか言いようがなかった。


「そ!女子らしいことするの初めてだし、私。柊くんはあんたも知っての通り女子力ありまくりでしょ?ご教授いただきながら、色々廻ってたとこ!ついでに関係ないけど、服も見て回っちゃってた。」


「ふぅん・・・?」


夕陽はそのスムーズな嘘に対して、何か引っかかりを感じたような反応を見せたけど、根本さんへの信頼の表れか、特に言及しなかった。


「そっか。んでも・・・関係ない店を二人で見てるってのは・・・そりゃもうデートだし、やめてほしいんだけど?」


詰め寄るように根本さんに注意する様を見て、思わず笑いをこらえた。


根本 「・・・うわ~~うざ~~」


その後多少夕陽と会話したものの、作戦はバレることなく、その後根本さんとまた服屋を巡り、彼女のインスピレーションが働くままに、衣装を無事買い終えることが出来た。


「いい?柊くん。さっき朝野と話したように、私は今日、手作りチョコを誰かわからん意中の相手に渡すために、柊くんにチョコづくりの基本を伝授してもらい、材料を購入した。そういう体でいくから、よろしく!」


「うん、ありがとう。」


「こっちこそ勝手な願望に付き合わせてごめんね?とりあえずヘアセット類と衣装は私が自宅で保管しておくから、バレンタイン当日は朝野をデートに誘ってね。別に行く場所はどこでもいいし、変身した柊くんのことはちゃんと私が送っていく!ナンパされたら大変だし!」


頷き返すと、根本さんは親指を立てて張り切った笑顔を見せた。

ここまで準備が進んでしまうと、いよいよ夕陽がどんな反応をするのか俺も楽しみになって来たし、何より根本さんがとても楽しそうなのでよしとしよう。


そしてバレンタイン当日。

人がごった返すような渋谷とかはしんどいので、デートする場所は、夕陽の地元である駅近くでランチすることにした。

そしてバイトがあるからと今日ばかりは嘘をついて、外で待ち合わせする約束をし、根本さんのうちへと向かった。

到着するとバッチリ準備を整えていた彼女は、手際よく俺に着替えを済ませ、メイクをし、髪色に合うように購入したエクステをつけてくれた。


「うんうん・・・ウィッグでもよかったんだけど、慣れないと痒くなるしね。ちょい足しで長さ出すだけでも、自然だしゆるふわで可愛いから、この方が全然あり!」


「ふふ、ありがとう。・・・・まだ鏡見てないけど・・・・にあ・・・ってる?」


鏡が見当たらない部屋で根本さんに任せていたので、緊張して尋ねると、俺の目の前にまわった彼女は、ニンマリ笑顔を作って拝むように合掌した。


「ありがとうございます・・・・・」


「え?」


「はぁ・・・美青年の女装って何でこんなに尊いんだろう・・・。」


「・・・えっと・・・ありがとう?」


「心配しないで!さいっこうの出来になったから!コスプレみたいにやりすぎてるわけじゃないし、あくまで柊くんに似合うスタイルを追求したからさ。ふふ・・・・・朝野の奴・・・・誰かわかんないだろうね♪」


「・・・それが心配でもあるよ。」


「大丈夫だよ。もう付き合って1年以上の仲でしょ?よく見ればわかるし、声聞けばちゃんと理解するよ。私の仕業だってことも含めてね。」


旧友らしい二人の信頼が見えて、微笑ましくなりながら、変身を終えた俺は、根本さんが実家から借りてきたという車に乗り込み、待ち合わせ場所へと向かった。


暖冬のせいか、今年のバレンタインデーは快晴かつ、とても気温が高い。

春の陽気を早くも感じさせる空気で、夕陽に買ってもらったお気に入りのピンクのコートを、一緒に合わせて着ているけど、コートがいらない程暖かく感じる。

根本さんも「天気良くてよかったね~」と言いながら、助手席に座る俺を見ては「可愛い」「最高」と繰り返し、まるで作品を作り上げた一流アーティストのように達成感を帯びた表情をしていた。


無事待ち合わせ近くに到着して、人もそう多くない駅前近くに車は静かに停車する。


「・・・あ!朝野いたよ!あいつマジで待ち合わせとかめっちゃ早く来るから・・・」


「ふふ、ホントだね。」


「じゃ、柊くん、私は見えにくい所で反応見とくけど、合流したらそのままデート行ってきていいからね!楽しんで!」


「うん、ありがとう、わざわざ送ってくれて。」


「こっちこそ!付き合ってくれてありがとね!」


ふぅ・・・と一つ深呼吸して、慣れないスカートで小さ目な歩幅で進みながら、ゆっくり夕陽の元へと向かう。

平日なので駅前でも人はまばらだ。

待ち合わせしている人は少なくて、夕陽は高身長だからよく目立つ。

遠くからでも夕陽を見間違えることはないけど、果たして今の俺を近くで見ても、しっかり気付いてくれるんだろうか。

でも姿以前に、声をかければ根本さんが言っていた通り、声でわかるよね・・・


彼に一歩ずつ近づくにつれ、心臓がうるさく脈打つのがわかる。

いつもは俺が近くに来たらパッと気付いてくれる夕陽だけど、その時ばかりはスマホに落とした視線を返さなかった。

そしてついに側までやってきて、そっと夕陽の手を握った。


「お待たせ・・・夕陽・・・」


弱々しくそう発すると、夕陽はハッと俺に視線を返して、予想通りまずは硬直した。


「・・・・・・・・・・え・・・・?あ・・・・・・え?えへ・・・・?ええ・・・・薫・・・?え??なになにwえ???は?」


可愛い垂れ目をぱちくりさせて、どういう表情をしていいかわからない夕陽が

ちょっと面白い・・・w


「・・・・えっと・・・去年はほら・・・夕陽、バレンタインデーに・・・プロポーズしてくれたから・・・今年は俺から、こういうサプライズってことで・・・・っていう気持ちもあるけど、根本さん発案のドッキリ・・・」


彼女からネタ晴らししてもいいと聞いていたのでそう言うと、夕陽は改めて俺を上から下まで眺めて、じーっと見つめた。


「・・・えへ・・・・そうなんだ・・・・。」


「うん・・・・・。夕陽の趣味じゃなかった・・・?」


「いやいや!びっくりしてんだって!普通に可愛い・・・・か・・・うん・・・いつも可愛いけど・・・・ふふ・・・いやぁ・・・・これは緊張するなぁ・・・。」


俺がじっと見つめ返すと、夕陽は照れくさそうに頬を染めて視線を逸らした。


「と・・・りあえずまぁ、予定してたランチ行くか。」


少しドキマギした様子を隠しきれない夕陽は、おずおずと俺の手を握る。


「うん。・・・・夕陽・・・手汗が・・・」


「あ・・・ごめん・・・いやマジそんな可愛い姿で現れたら汗もかくって・・・。ハンカチでいったん拭くわ。」


「・・・夕陽あの・・・・俺傍から見たら、女の子に見えてる?ちゃんと鏡見てないからまだ・・・」


「あ、そなの?いやぁ・・・マジで女の子にしか見えないと思う・・・。根本のやつ、メイク好きなの知ってたけど、あいつすげぇな・・・。」


「そっか、良かった・・・。でも俺・・・一応身長は168くらいあるから・・・そのあたりも考慮して、靴はヒールのないものにしてもらったんだけど・・・」


ゆっくり歩き出して、指を絡めてぎゅっと握り、隣の夕陽の顔を見上げると、彼はまた緊張したように視線を逸らせて、ぎこちない笑みを見せる。


「えへ・・・そっか。」


その後お洒落なレストランでランチを堪能している間も、向かいに座っている夕陽は、ニヤニヤしたり、目を逸らせたり、終始落ち着かない様子で食事をしていた。

俺はというと、女性の格好をしているせいか、大股開いて歩くのは気が引けるし、せっかくの可愛いくて白い服を汚したらいけないので、気を付けてながら食べていた。

シャツの首元にある清楚なリボンが、何だかお嬢様なイメージを演出していて、ナフキンで口元を拭う所作まで気にしてしまう。


「美味かったなぁ~。」


「うん。・・・あ、ちょっとお手洗い行ってくるね。」


「おう。」


根本さんから貸してもらった、小さくて可愛いバッグを持ってトイレに立って、入り口の前で思わず立ち止った。


・・・しまった・・・考えてなかった・・・


俺は心の性別は男だし、今回は特別やってみようという精神で女装しただけ。

今後もそういう趣味を続けて行こうとか、そういうつもりは毛頭ない。


けど・・・この姿で男性用トイレに入るのは・・・


公衆トイレや大きなショッピングモール内のトイレではないので、便利な多目的トイレは存在しない。


どうしよう・・・


女性用トイレに入るのは精神的に罪悪感がすごい・・・というか普通に犯罪者だ・・・


1分か2分か、しばらく入り口前で困っていると、何かを察したのか夕陽がトイレ前まで歩いて来た。


「・・・夕陽・・・」


「ふふ・・・そりゃ困るわな。」


彼は先に男性用トイレに入って、誰もいないことを確認してから入るよう促した。

個室に入って用を足して、根本さんからもらったリップを少しだけ塗りなおした。

急いで出たかったので、鏡に映る自分をろくに確認もしないで出た。

入り口前で待ってくれていた夕陽が、出てきた俺にニコリと笑みを見せて、その後無事会計を済ませて店を後にした。


「な~薫~~・・・」


「ん?」


夕陽が買ってくれたコートを身に纏って、デートらしくデートが進んで、俺はただウキウキしていると、帰り道で夕陽が言った。


「さっきからさ~~通り過ぎる男という男が薫をチラっと見んの、マジで・・・。くっそぉ・・・」


「え・・・そうなんだ・・・。もしかして女装なのバレてるのかな。」


「んなわけ・・・。やっべ、かわい~~♡って見惚れてる男の目だよ・・・。俺の薫を舐めるように見やがって~~・・・。」


「・・・ふふ・・・別にいいじゃん。」


「ええ?いいわけねぇじゃん!」


「だって・・・実際の俺を舐めまわして食べられるのは夕陽だけだよ?」


何でもない調子で言うと、夕陽は「ひゅっ」と喉から変な音を出して、顔をひきつらせた。


「そ・・・・・・・・・・・・あぁ・・・もう・・・・」


俺が選んであげたマフラーに、恥ずかしそうに口元を埋めて、次第に赤面するもんだから、何だか可愛くってしょうがなかった。


「ふふ♪」


「・・・可愛い薫が今日ばっかりは何か・・・魔性の女っぽいぞ~?」


「だって・・・夕陽とデート楽しいんだもん。」


人格が入れ替わってるわけじゃないけど、自分じゃない自分の姿になっているせいか、何でも口に出せた。


「自分よりも大きくて、体も丈夫な上に空手の有段者でめちゃくちゃに強い夕陽がさ、俺が発する言葉一つで弱々しくなっちゃうのが、何だかおかしくって♪」


「ふ・・・ったく・・・。あんまからかってると、道着着て寝技かけるぞ?」


「え!ちょっと楽しそう!」


「はは!痛いに決まってんだろw」


「そんなこと言って、夕陽は毎晩のように俺に寝技かけてるじゃん♡」


「っ・・・・・・・・・薫ぅ・・・それはちょっと・・・オヤジ臭いぞ~?」


「ふふ♪とか言ってドキドキしてるくせに~。」


夕陽はまた恥ずかしそうにしながら、暑くなったのかマフラーを外して鞄の紐にくくりつけた。


その後駅に着いて、ホームに降りる前に夕陽がトイレへと入って行った。

近くで待とうとシュークリーム屋さんの脇に立っていると、ふと後ろの柱が姿見のようにしっかり映る鏡のようで、その時しっかり自分を確認した。


・・・・・・え・・・・


ピンクのコートを着て、ひざ丈の可愛いスカートを履いた自分が、柱の前で目が合った。

しっかりメイクを施されたその顔を見て、脳裏には母の顔がフラッシュバックした。

驚くほど、恐ろしい程、自分が母にそっくりだ。

自覚はしていたけど、しばらく会っていない母の顔を、懐かしんで写真なんかを見返すこともなかったもんだから、すっかり記憶から薄れていた。

けど、目の前にいる自分が、忘れていた母そのものだった。


ボーっと佇んでいると、やがて夕陽が戻ってきて、瞬時に俺の異変に気付いた。


「薫?大丈夫か?」


「・・・・あ・・・・・うん・・・」


何でこんなにも落ち込んでるんだろう。


何も言葉に出来なくて、心配する彼に手を引かれながら、ボーっと電車を待って、電車に乗って、それから何も発することなく、いつもの最寄り駅で降り立った。

何だか根本さんに申し訳なかった。可愛いと喜んでくれたのに・・・。


家に到着して、手洗いをしてコートを脱いでソファに腰かけると、夕陽は落ち着いた様子で淡々とキッチンで飲み物の準備を始めた。


「薫ぅ・・・コーヒーか紅茶どっち~?」


「・・・・・・」


何も答えられない俺に、夕陽は特に言及せず、湯気が立ち上る紅茶を目の前に置いてくれた。


「薫が好きなアールグレイにした。」


そう言って夕陽は、寄り添ってそっと俺の頬にキスを落とす。


「・・・母さんに・・・」


「ん?うん・・・」


「母さんにそっくりで・・・メイクをした自分が・・・・」


「・・・・あ~~なるほど・・・。」


自分を捨ててよそで家族を作った母を、別に恨んじゃいない。

厳密には別に捨てたわけじゃないし、18まで俺の母親でいてくれた。

高校生の頃は、もうほとんど家に帰ってくることはなかったけど・・・

それでも母のことは好きだった。


「頼りになる賢い人だったんだ・・・。」


「うん。」


「母さんみたいな弁護士に・・・俺もなりたいと思った・・・」


「うん」


「でも・・・・本当は・・・・・・・・弁護士でなくていいから・・・・ただ側に・・・・・普通のお母さんでいてほしかった・・・」


ポロポロ熱い涙が、頬を焼くように流れて、恨んでなんかいないと思っていた自分が、母を憎らしく思っていたことを証明して、悔しくて仕方なかった。


「そりゃそうだよなぁ・・・」


俺を抱きしめて、頭を撫でてくれる夕陽にしがみついて嗚咽を漏らした。


「薫・・・当たり前だよそう思うのは。薫が悪いわけじゃない。自分がやりたいこと貫いて働くってのはさ・・・誰かの我慢があったりするよ。俺はさ・・・それが自分の子供であるのは、ちょっと可哀想だなぁって思う。悪いことではないにしろ・・・薫の心にはつらく記憶が残っちゃうわけだし、憧れてる大事なお母さんっていうイメージを持っていたいっていう無理をさ、薫は抱えちゃったわけなんだから・・・。」


ティッシュを取って、ぐしゃぐしゃになった顔を拭ってくれる夕陽は、情けない俺の側にいてくれる、一番の家族だった。


「・・・せっかく根本さんにメイクしてもらったのに・・・・」


「はは・・・まぁまたしてもらいたかったらいつでもしてくれるよ。」


それから彼女にもらっていたメイク落としで顔を拭いて、洗顔をし、エクステを外して、洋服も脱いで綺麗に畳んだ。

彼女は俺に誕生日だしプレゼントすると言って洋服をくれた。

これから先着る予定がないと思ったら、自分が使うし返してくれてもいいと。

その一連の話を夕陽にすると、最初緊張してた姿が嘘のようにあっけらかんと笑った。


「可愛いことは可愛いんだけど・・・やっぱり心臓に悪い気がしたなぁ。」


「そう?・・・・ぶっちゃけ、どう思った?」


「え?・・・ん~・・・・どう・・・っていうか・・・・」


「夕陽は俺に忖度しちゃうからさ、正直な感想が聞きたい。」


紅茶に口をつけてまた夕陽の表情を窺うと、そっと座りなおしてピッタリくっついてきた。


「正直・・・・薫なのに薫じゃない気がして・・・その・・・落ち着かなかったかなぁ。」


大きな手で俺の頭を撫でて、愛おしそうに目を細める。


「どんなに可愛い姿に変身してもさ、やっぱ俺・・・男の子である薫を好きになったんだな、って・・・改めて自覚したよ。・・・むちゃくちゃ似合ってたんだよ?そこは間違いねぇんだけど・・・ぶっちゃけぇ・・・『俺薫が女の子だったら、一緒に歩く自信ねぇし、声かけられなかっただろうなぁ』って思ってた。」


「そんなに?」


「そんなに~・・・。」


夕陽は甘えるような笑みを見せて、抱き着いてキスした。


「薫が可愛いことなんて俺は誰よりも知ってるよ。どんな格好をしても絶対可愛いのはわかりきってるよ。もちろん根本の願望に薫が付き合ってあげたんだなってのはわかってるし、薫が普段から女装したい子じゃないのもわかってるけど、それでも不本意にもドキマギして緊張しまくってさ~・・・ちょっとカッコわりぃじゃん・・・。」


「・・・?別にカッコ悪いことなんてないけど・・・」


腑に落ちない様子で頬をかく夕陽に、また軽く触れるだけのキスをして、冷蔵庫までチョコを取りに行った。


「はい、昨日堂々と作ってたから、俺はドッキリ成功しないけど・・・」


「えへ・・・十分今日ドキドキしたからもういいわwありがとな。俺が買ったやつはさ、ボンボンチョコだからさ、夕飯の後に一緒に食べよ。」


「わかった、ありがとう♡」


二度目のバレンタインデーは、そうして幕を閉じた。

そして後日、春休みということもあり、津田くんと根本さんがうちに遊びに来てくれた。


「柊くん、こないだ朝野と合流した時の、コッソリ映像残してるんだけど、いる?」


「映像?」


「どんなリアクションするか楽しみだったからさ~♪」


夕陽 「はぁ!?何根本!お前マジで!?」


津田 「ちゃっかりしてんな~。」


「ちょ~面白いから朝野♪」


そう言ってスマホの動画を再生しようとする彼女を、夕陽は必死に止めに入った。

仲良しな彼らの中に居られることが、俺は心底嬉しくて傍観していたのだった。



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