六話 広がる深淵
長らくお待たせいたしました、あまみんです。
サブタイトルはいつも頭を悩ませております。
薄い照明だけがある部屋。
転がっている人の体、壁に染み付いた赤い体液。ハッキリと言えば、凄惨な光景。年端の行かない白髪の少年たちが倒れている部屋で1人だけ、立っている少年が居た。
『最高傑作だ』
『我々が神を作ったとさえ言える』
『まだ神の子と言うべきか、いやはや心躍る成果だ』
部屋を囲う透明な板の向こうに居る大人たちが興奮した様子で話している。
『最高傑作』『神』『神の子』と呼ばれた、1人立っている少年は虚ろな金色の瞳で、赤く染まった壁を背に項垂れて座っている少年の頭を見据え
右手に持つ拳銃の引き金を躊躇無く引いた。
-サルベルス帝国 都市バルサム アパート-
「……夢、か」
【おはようございます、アッシュ。うなされていたようですが、大丈夫ですか?】
「大丈夫、少し水を飲めば落ち着くよ」
そう言ってアッシュは冷蔵庫からペットボトルを取り出し、水を飲んだ。
速くなっている鼓動が少しずつ落ち着き、フェルが着けていたテレビに耳を傾けながら、現実を思い返す。
黒い機体、『デッドフェイス』が戦場に破壊を齎してから、およそ一週間の時間が経った。申請戦争の結果は桜花重工の勝利で終わったが、その後に起きたテロによりアドバンス社と桜花重工は大きな被害を受けた。
個人で被害を大きく受けた者で言えばマークだろうか。彼はデッドフェイスの攻撃を受け、全治3ヶ月ほどの重体となっている。
そうしたテロ行為だが、あの一件から大きく火種が広がりつつある状況だ。
『前回の申請戦争で『デッドフェイス』が現れ国際的にテロ組織が活発に活動しています。テロ組織は『深淵の使者』と名乗っており、各国はこのテロ組織に対して制裁を進める方針です』
傭兵向けのニュースをアッシュは眺め、目を少し細めた。
「『深淵』…か、確か『イーリア聖教』の聖書に記された、宇宙の化け物だよな」
【そうですね。そして150年前に人類が宇宙に飛び立とうとした時、船団を襲った存在と同一視されています】
『深淵』
それは聖書に記された災いの獣とされる存在。ただの聖書の伝説だと思われた存在は、実際に宇宙に存在しており、宇宙進出を図った人類が無惨にも殺されたという事件もある。
「血なまぐさい戦争を望む奴らには丁度いい名前だな」
アッシュはあの日を回想して、左胸に手を当てる。
【やはり、『デッドフェイス』が気掛かりですか?】
「…まあ、二回目だしな」
初めに戦った時とはまるで違うその力。
荒々しさもありながら何処までも冷酷で鋭く、重たい圧力。
「次は勝つさ。何としてでもな」
【…そうですね、その時は最大限サポートします】
生きながらえたが、あのままでは死んでいたであろう状況。それを思い返しアッシュは拳を強く握った。
【そう言えばアッシュ、重工から追加の報酬が届いていましたよ。メッセージと併せて確認しませんか?】
「おお、確認しよう」
《アッシュ様、申請戦争の勝利への貢献、誠に感謝いたします。またデッドフェイス襲来時も貴殿の尽力により被害を抑えることが出来ました。感謝の意を示し、この品をお贈りいたします》
『─三式刀剣 旭』
【デイブレイクが装備しているブレードの改良型のようです。納刀した状態で鞘のエーテル機構を駆動すると高出力のブレードが展開出来るようですよ】
「また面白い仕様だな。鞘を剣にしての二刀流に加えて、出力の高い両手剣にも出来るって事か」
【形状は変わらず刀の様なので『大太刀形態』とでも言うべきでしょうか。戦術に幅がでますね】
「それにしても、文面だとシノの言葉遣い、堅くなるよな…」
【いつもの事ながら、この瞬間はギャップを感じてしまいますね】
あの柔らかくふわふわとした印象を持たせる話し方の彼女が、文面では堅くかしこまった印象が強いこともあり思わず口角が僅かに上がる。
【アライ氏からもメッセージがあります。表示しますね】
《アッシュ!この間の『花火』、見させてもらったぜ!ナギの作品って言っていたからどんなもんかと期待していたら、想像以上のモンだったなあ!また暇な時にでもこっちに来いよ、一杯飲みに行こうや!》
「こっちは喋るのと変わりないな」
【そうですね】
シノのメッセージとのギャップに2人の声は楽しさを含んでいた。
「他に確認できるメッセージはあるか?」
【いえ、現在入ってるメッセージはこの二件のみですね。指名依頼も現状は無さそうです】
「暫くは戦争も無いだろうけど、公募だと調査と護衛がかなり増えてるな」
【テロを警戒しての護衛は多いですね。テロ組織拠点捜索の依頼もあるようです】
『調査』『護衛』
これらは傭兵が請け負う依頼でも、かなりメジャーな部類である。むしろ、Cランク以下の傭兵や、ステラ・フレームを所持していない傭兵であれば、戦争よりこれらの依頼が主な収入となるケースも多い。
「…『ルーラー』は今回の件について、対応に手間取ってるみたいだな」
【確かに、ルーラーの捜査活動が始まって暫く経ちますが、あまり進展は無さそうですね】
テレビの報道でもルーラーの活動について触れているが、テロ組織の排除に繋がるような情報は出ておらず、民間に対して情報提供を頼む内容すら報道されていた。
「何も情報が無いまま考えていても、仕方ないか」
アッシュは立ち上がり、外に出る支度を始める。
【動くのですね】
「どうにもデッドフェイスの動向が気になるしな。あの動き、戦い方。気持ちのいい物じゃない」
【わかりました、全力でサポートしますよ、アッシュ】
──この日からアッシュは、ホームにしているサルベルス帝国での『深淵の使者』の活動調査、そしてテロ活動を懸念しての護衛依頼。
そうした公募依頼を請け負いながら、気がかりの『デッドフェイス』について情報を集めていた。
調査を進めて一週間が経ち、『デッドフェイス』について情報が一つ判明した。
一サルベルス帝国 『バー レイヴン』-
都市バルサムの繁華街にあるバー、『レイヴン』
落ち着いた暖色の照明が、シックな色合いの店内を薄く照らしている。
「─前回は世話になったね、アッシュ君?」
「いつもの事だろ?」
カウンター席に男が2人。
アッシュと、その隣に座る傭兵、フィッシャーだ。
アッシュより少し背丈の高い男で、日焼けした褐色の肌色。一見くたびれたようにも見えるが、何処か掴みどころのない雰囲気と、よく見れば筋肉のしっかり付いた体型をしている。
今回、調査を進めるにあたって関わりのあった傭兵や、縁のあるクライアントにデッドフェイスやテロ組織についての情報収集をアッシュは頼んでいた。
その内の一人がこのフィッシャーで、今回は酒を嗜みながら報告をしようとアッシュは誘われていたのである。
「…はは、冗談だよ。僕達は宿無し。そういう事は基本お互い様だからね」
この間の件、それはアッシュがワイズ社側で参加した申請戦争の事だ。その時の文句をフィッシャーはからかうために対し口を尖らせたのだ。
「…それで、あの機体、『デッドフェイス』についての情報が分かって連絡をくれたんだよな」
「そうだよ。あの機体の出処と言ったら良いか、それが判明したからね。映像で解析した結果のようだけどあれは…」
─『結社』製の新型、だね
『結社』、正式には『星鎧技術研究結社』。
ワイズ社、ドレイク社、アドバンス社、桜花重工。それらの企業のように商品としてライセンス登録はせずにステラ・フレームを含む兵器を製作している組織だ。
結社製のパーツや兵器は基本的に市場に出回らない。ましてや全身のパーツを結社製で揃えたステラ・フレームなど、これまで殆ど確認された事は無い。
「テロ組織の裏に結社が居るんだな」
「間違いないだろうね。僕もそう思うし、今のクライアントのドレイク含め、大手4社の見解はそれで一致。あの機体はそれだけの力と異質さがある。正直に言えば、僕は相手にしたくない手合いだよ」
フィッシャーはグラスを揺らし、ウイスキーの揺らぎを見つめて零す。
「そうか…情報ありがとう、フィッシャー」
「くく、君のお役に立てたのなら何よりだよ、アッシュ君。…それで、今度は僕からの依頼、傭兵として君に頼みたいことがあるんだが……」
フィッシャーはウイスキーの減ったグラスを置いて、アッシュに顔を向ける。
「ドレイクの依頼を、一緒に受けて欲しいんだ」
「依頼ってことは報酬もあるんだな?」
「勿論さ、今のクライアントのドレイク……いや、言ってしまえば4社合同の依頼でね」
「珍しい依頼だが…。ああ、そういう事か」
「4社を含む、合同の対テロ組織の依頼。ハードなミッションになるけど、その分報酬も良いと思うよ?」
4社合同。普段は争っている企業が手を組み、現状を解決するために手を組むことは理解に難くない。
「わかった。その依頼を受けよう」
「君ならそう言ってくれると信じていたよ」
テロ組織の対策である合同依頼であれば、アッシュの目的である、デッドフェイスを倒すことに繋がる。そう思いアッシュは二つ返事で了承した。
フィッシャーは笑みを浮かべ、残っていたウイスキーを飲み干した。
「そう言えば、今日はAIの子は一緒じゃないのかい?」
「フェルなら自宅の端末を使って調べ物をしてるよ」
「かか、戦闘補助だけでなく調べ物までこなすのか。本当に優秀なAIだね」
フェルの話を皮切りに、他愛の無い話が暫く続いた。そうした時間が進み、暗くも暖かい光が照らすカウンターは、溶けかかった氷が入ったグラスだけが残るようになった。
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