三話 桜花と傭兵
-宗主国ヤマト 桜花重工 本社-
『和』『雅』
桜花重工本社のエントランスは華があり、そして何処か落ち着いた雰囲気のある厳かな世界が広がっている。
極東が継承してきた文化の技術、その意匠があしらわれた空間。
ミッションのブリーフィングも兼ねてだろうか、アッシュは担当者から呼ばれたため、スーツに身を包み、バルサムから転移施設を使って宗主国ヤマトにある桜花重工の本社へと足を運んでいた。
転移施設を使えば、サルベルス帝国からヤマト連合国までも一瞬だ。
料金は割高だが、他国家間での移動も同じように一瞬で済むため、利用する人物は少なくは無い。
「おお、アッシュじゃねえか!久方ぶりだなぁ!」
「久しぶり、おやっさん」
『おやっさん』とアッシュが呼んだ壮年の偉丈夫。アライという重工の上級メカニック、帝国にいるナギもこの男の技術を学んでいた。
過去にナギを通して重工の依頼を受けて以来、アッシュにとっては比較的に気楽な知り合いとして認識されている人物だ。
「ナギの奴は元気にしてるか?」
「ああ、元気すぎて騒がしいくらいだよ」
「そうか!!長いこと手紙もねえと思ったが……、手紙がない方が自然な奴だわな!」
ガハハと豪快に笑うこの職人、この豪快な気質からわかる人もいるかもしれないが、彼は無類の『爆発』好き、彼は『花火師』の異名を持つ、一際癖の強い爆発好きだ。
師事を受けていたナギが、爆発好きなのも道理と言える。
「そういやお前、うちの依頼を受けてくれたんだってな?向こうからも依頼があったんだろうが、こっちを受けてくれて正直助かるってもんだ!」
「俺が居なくても他のBランクが来てただけだとも思うんだが…」
「まあ、それもそうだがよ?俺たちぁお前のことを高く買ってるんだよ!こないだの戦いでも、お前さんがしっかり勝利に貢献してたみたいじゃねーか!」
アッシュは指で頬をかいた。
「そう言われるのは悪い気はしないな」
「ガハハ!若いもんは素直が1番ってな!……っと、そうだそうだ、うちの偉いのが、お前のことを待ってるはずだ。まあ、あん人なら待たせても問題はねぇだろうがな!」
【……アッシュ、こういう時には、余り甘えない方が良いですよ、ここの担当者なら私も大丈夫だと思いますが】
「そう…だな、そろそろ行くよ。おやっさん、ありがとう」
アッシュはそう告げ、受付を済ませると上の階へ続くエレベーターに乗った。
【いつ見ても極東の文化は独特ですね】
「他の国には無い装飾が多いし、物珍しく感じるな」
フェルと他愛のない話をしていると、エレベーターは直ぐに目的の階へと到達し、扉が開いた。
「お待ちしておりましたアッシュ様、ご案内致します」
「ありがとう」
案内されて通されたのは来賓室。
案内人の女性は来賓室のドアを軽くノックし「お連れしました」と一言。
「お入りくださ〜い」と、間延びした返事が返ってきた。
「担当者が待機しております、お入りください」
「案内ありがとう」
アッシュは間延びした女性の声に気が抜けそうになったが、ふっ、と一息ついてから、開けられた来賓室に入る。
「お久しぶりですね〜アッシュさん。お待ちしておりました〜」
「久しぶりだな、シノ」
「はい〜、今回は依頼を受けて頂きありがとうございます〜」
柔らかい黄緑色の和服に身を包んだ、藤紫色の髪をした女性は『シノ』、非常に間延びした喋り口で穏やかな女性だ。小柄で温厚な雰囲気をしているが、立派な成人女性。レディなのである。
印象通りの非常にのんびりマイペースな人物で、滅多なことでは怒りはしない。
しかし怒らせるとかなり恐ろしいとされている。
「ささ〜、立ったままと言うの忍びないですし〜、お座り下さいな〜」
穏やかに話すシノに促され、アッシュはお茶の用意された席へ着いた。
「では〜、早速任務についてのお話をしましょ〜。こちらをご確認ください〜」
シノは手元に置いてある端末を操作し、机の上にある映像装置を起動した。
「今回の内容は『権利戦争』、我々が保有している、『アルファス王国』のエーテル鉱採掘地を掛けた戦いになります〜」
『権利戦争』
主に企業が保有する資源の占有権や採掘権、そうした『権利』を奪り合う戦争だ。
前回、アッシュがアルファス王国から受けた任務も同様の内容で、申請戦争の中ではかなり多く含まれるものとなっている。
ホログラムで映されている画面には、アルファス王国の一角、エーテル鉱石の採取地にマークが付けられている。
「そして〜、この土地のエーテル鉱石は品質も良いので、譲る気は無いのです〜」
「という事は重工の私兵も相応に投入するんだな?」
「その通りです〜。一応、戦力としてはこのようになっております〜」
シノが端末を操作すると、戦力のデータが表示される。
アッシュは用意されていたお茶に口をつけながら映し出されたデータを確認する。
私兵 およそ中隊規模(180名)
メンバー平均ランクがD〜Cの傭兵団、総数50名
アッシュを含むBランク傭兵が2名。
そして最後に書かれていたのがAランクの傭兵、『ミコト』。
「……んっ!?」
思わずお茶を吹き出しかけたアッシュだが、持ち直して直ぐに飲み干した。
「プハっ!? あのミコトか!?『桜花十傑』の『斬姫』!?」
「そのミコトちゃんです〜」
『桜花十傑』
桜花重工に所属する者の中で圧倒的な力を誇る十人の傑物。
他の追随を許さない圧倒的な強さを誇り、彼らが出撃するだけで戦況を一変させてしまう存在。分かりやすく言えば、化け物だ。
そして『ミコト』はその第八位。Aランクでも指折りの実力者だ。
『斬姫』という二つ名もあり、風貌が明かされていない十傑も居るためか、彼女は十傑の第八位にして、十傑の顔と言っても差し支えないほど有名だ。
「……出ることはわかったが、そうなると当然、向こうも相応の奴が出てくるよなぁ……」
「はい〜、『ホロスコープ』が最低でも1人は出るかと思います〜」
『ホロスコープ』
彼らもまた名の知れた存在だ。
イーリア聖教国に本社を置くSF開発企業。
『アドバンス・アーキテクト』。
そのアドバンス社が抱える、12名の特記戦力。
そんな存在が最低、1人。
その意味する所をアッシュは考えたくも無いと思いながらも口に出した。
「それはつまり、向こうは数名出してくる可能性があると……」
「はい〜、アッシュさんの仰る通りです〜。今の目算だと多くて2名ですね〜」
流石ですね〜、と宣うシノの向かいで、アッシュは大きく肩を落とす。
「それでこっちは、十傑が1人ってなると……向こうが2人出た場合、俺ともう1人のBランクで引きつける必要があるのか…?」
「いえ〜、彼らは十傑で対処したいと考えています〜。我らがミコトちゃんはと〜っても強いので、ミコトちゃんが引き付けて、皆さんで他戦力を削る。と言うのが、今私達が考えているプランです〜」
要は、互いの特記戦力がぶつかっている間に、他の戦力で相手を削り切ろう。という魂胆。
「流石十傑、とんでもない戦力だよ」
「お褒めに預かり光栄です〜」
身内が褒められたからか、シノはアッシュに十傑の強さを褒められ、頬を緩ませる。
「だがまあ、一番楽になるのはもう1人十傑から出てもらうってことだと思うんだけど…」
「アッシュさん、お分かりかもしれませんが〜……」
「……ああ、そういうことね」
何故、十傑を追加投入しないのか。
その理由の1つは金だ。とにかく彼らはお金が掛かる、1度の出撃で馬鹿にならないほどの出費だ。
彼らは企業お抱えの戦力とは言え傭兵上がりが多い。自分の能力に見合う報酬が無ければ基本的に動きたがらない。
勿論、全員が全員、各企業の特記戦力がそうとは限らない。かと言ってそうでない少数を重用しても限界はある上に、専用機である以上、運用そのものが通常の兵力よりコストになってしまう。
その為、『桜花十傑』にしても、『ホロスコープ』にしても、複数名が一気に出向くことが稀、基本は無いとまで言える。
今回出撃するミコトも、その数少ない比較的無欲な傭兵上がりで、他の十傑に比べれば多少、出撃が多い方だ。
「兎にも角にも〜、今回はアッシュさん、貴方の力が頼りになります〜。何卒、その力を振るって頂ければ〜」
シノはぺこりと頭を下げる。
「もちろん、報酬分の働きはしっかりさせてもらうよ。戦果に応じて色は付けて貰えるよな?」
「はい〜、こちらをお選び頂いたお礼も兼ねて〜、可能な限りお付けします〜」
その後、2人は菓子や茶を嗜みながら、当日の戦力や作戦について詳細を詰めアッシュ個人での会議は終了した。
「アッシュさん〜、本日はお越しいただきありがとうございました〜」
「こちらこそ、お招き頂きありがとう…かな?この国の文化は俺も好きだし」
「そう言って頂けると嬉しいですね〜。……あ、大事な物を渡し忘れてしまうところでした〜」
シノは手元の巾着から1枚のカードを取り出し、アッシュへ手渡した。
「こちらでご用意したホテルのルームキーです〜。作戦日までこちらをご利用ください〜」
「ありがとう、しっかり休ませてもらうよ」
「3日後、全体での最終ブリーフィングがありますので忘れずに来社下さい〜。追って端末に連絡も致します〜」
「了解。それじゃあ、また後日」
「はい〜」
そしてアッシュは部屋を去り、ヤマトの街並みを堪能した後にホテルで休息を取った。
-桜花重工 シミュレーション室-
「ミコトちゃ〜ん、差し入れ持ってきましたよ〜」
「……ん、ありがと」
「いえいえ〜」
話しているのはシノと『ミコト』
桜花十傑の一人、今回の戦争の最高戦力。
彼女はシミュレーションを終え、汗をタオルで拭い、青みがかったショートの黒髪が揺れる。
シノと並んで立つと、シノが小さいこともあるためか大きく見える。
細く華奢ながらも引き締まった、力強さがある肉体をしている。
ミコトは受け取った差し入れ、スポーツドリンクを飲む。
「いい飲みっぷりですね〜」
「…喉、乾いてたから」
無気力にも思えるような、細い声。
静かな声ながら、どこか惹き付けられるような声色をしている。
「…ありがとうシノ。またシミュレーション、使うね」
「はい〜、頑張ってください〜」
ミコトはシミュレーターを起動、仮想戦闘での訓練を再開した。
「お〜、さっきもベストスコアだったんですね〜。流石ミコトちゃん」
シミュレーションのスコアが出るボードで、直近のログを確認し、ナギは一人呟いた。
ミコトは繰り返し高難度のシミュレーションを行い、連続してベストスコアを更新していた。現在のシミュレーションでも、シノが映像を見る限りはスコア更新が起きてもおかしくないと思う程、無駄が無く洗練された動きで突破していく。
(ミコトちゃんであれば〜、今回出てきそうな『ホロスコープ』が2人相手でも、対処できそうですね〜)
と、シノは思考を巡らせ、ミコトの訓練を眺めながら作戦を詰めていた。