二話 傭兵のある一日
2話目でございます。
是非見てください、ふふ。
-サルベルス帝国 都市バルサム アパート-
ワイズ社の依頼を終え、バルサムにあるホームで休息した翌朝。
アッシュは鏡に映るくすんだ白髪の寝癖を、銀色の瞳で睨みながら治して、朝食の用意としてパンをトースターに入れた後にテレビを付けた。
『先日アルザス資源地にて行われた企業間戦争はワイズグループが勝利し、ドレイク・コーポレーションの保有していた資源採取権の6割を得ました』
付けたチャンネルはどの国でも流れている傭兵向けの国際ニュース。耳心地の良い女性アナウンサーにより、アッシュが身を投じた戦争が報道されている。
ニュースを適当に聞きながら、火を付けたフライパンにバターを入れ加熱する。
今日の朝食はスクランブルエッグとトーストだ。温まってきたフライパンに味付けして溶いた卵を入れ、かき混ぜながら火を入れる。
番組では最近起きた戦争や、企業が発表した兵器についての情報、朝の番組にしては扱う情報が鉄臭い物になっている。
『『桜花重工』『アドバンス・アーキテクト』により申請された戦争は直近にも行われる予定です。』
「次の任務はその二社からか」
【その通りですね、アッシュ】
机の上に置いていた端末から、女性型AIの声がする。
「フェル、起きてたのか」
【ふふ、おかしな事を言うのですね。AIの私には睡眠が必要ありませんよ?】
「その割には寝ぼけた事を言うし、夜声掛けても返事しない時あるよな?」
【さて、何のことでしょうか…AIの私にはよく解りませんね】
「そういうとこだっての」
『フェル』、アッシュが傭兵稼業を始めるにあたって端末に入ったAI。
前回の戦闘のように、依頼での戦闘中は様々なサポートをしてくれている。また、こうした日常では他愛ない話やあまり知られてないような為になる話を教えてくれる。(出処は不明だが…)
【アッシュ、卵が焦げないように気を付けてくださいね】
「もう火から出すよ」
トーストも焼きがり、朝食を摂る。
「完成、そんでいただきます」
【ついでの様に言うのですね…私はそのように育てた覚えは……】
「育てられた覚えもねえよ」
【そうでしたか。そう言えばアッシュ、ワイズ社から報酬と併せてメッセージが来ていますよ】
「そっちもそっちで次いでみたいな……まあいいか、飯の後に見よう」
カリッと焼けたトースト、トロトロの状態で加熱されたスクランブルエッグ、良い出来だと思うそれらを食べ終えた後、フェルの声がする端末を手にする。
【依頼の前に、メッセージを確認しますか?】
「ああ、表示を頼む」
フェルの操作によりメッセージボックスに届いていた内容が表示される。
ワイズ社からの感謝状の様だ。
《アッシュ様、此度は依頼を遂行頂きありがとうございました。確保した資源で更なる兵器開発が進みそうです。今回の活躍に敬意を示し報酬で提示した物の他、弊社製のシールドをお贈りします。是非ご活用下さい》
「シールドか、もうインストールはしてるんだよな?」
【ええ、デイブレイクが装備しているシールド、それの新型ですね。『E-SLD F7』。今装備している『F6』の発展型ですね。全体的な耐久性能が向上し、エーテルの展開速度が速くなっているようです。変えておきますか?】
「そうだな、古いパーツはストレージに入れておいてくれ」
【わかりました】
端末にデイブレイクのデータが表示され、肩部ユニットハンガーの装備情報が更新された。
待機状態のステラ・フレームは所有者の端末にデータとして保存されている。
戦闘時には所有者、また大気中の魔力リソース、『エーテル』を使い物質化するのだ。
【更新は完了しました、これで何時でも転装可能です】
「ありがとう、フェル。次は依頼を確認しよう」
【解りました。今来ている依頼はこの2件ですね。今回も国際規定に則して申請された、企業戦争の参加要請ですね】
「そしてどちらに与するか…って内容だな」
端末には『桜花重工』と『アドバンス・アーキテクト』から来ている依頼が表示されている。
アッシュはF〜Aでランク付けされる中でのBランク。上から2番目のランクに身を置いている彼は、様々な企業から依頼がかかる。
先日の依頼についても、ワイズ社の依頼を受けたがドレイク社からも依頼が来ていた。
企業が『戦争管理機関ルーラー』へ申請し、受理される事で認められる、企業間の『申請戦争』。他に行われる利益追求のための『兵器を用いた争い』は全て、機関、国際法もあり、国家による粛清の対象とされ、勝手に企業同士で争うことの出来ないシステムとなっている。
このシステムにより、企業同士の物理的衝突は整理されながらも加速。兵器を持ち出しての撃ち合いが続々と勃発する状況だ。
【今回の依頼は、双方共重要度を高く見ているようですね】
「そっか、新しいシールドを慣らすには少しヘビーかも知れないが……結構報酬が良いな。出ようか、今回も」
【では受けるとして、どちらになさいますか?】
『桜花重工』デイブレイクが装備しているブレードを開発した企業。
『アドバンス・アーキテクト』こちらも、デイブレイクが装備しているジェネレーターを開発した企業である。
「こういうとき、色んな企業のパーツでカスタムしてると、どこのを受けるか悩むが……今回は重工の依頼を受けよう」
アッシュの心情としては、今の機体に文句が無いためインナー(ジェネレーターやシステム)を弄る必要は無いこと。そして個人的にアドバンス社より重工の方がクライアントとして楽だと思っている事もあって、重工の依頼に決めた。
依頼内容はルーラーに指定されたエリアでの戦闘。今回も企業の私兵や傭兵が撃ち合うような戦いになるだろう。
申請された戦争とはいえ、戦争であることに変わりは無い。常に死が真横にあるような、そんな空間に足を踏み入れるのが日常だ。
【かしこまりました、依頼の受諾をしておきます。遠隔地の依頼になりますから、必要な物資は確保しておいた方が良いかと思いますよ】
「その通りだな、次の任務でも『アレ』が来ないとも分からないし」
【……そうですね、現れない事を祈りはしますが】
『アレ』
数ヶ月前にある依頼を完了した後に現れた、一切の情報が確認できなかった、正体不明機体。情報能力の高いフェルですら特定が出来なかった存在だ。
負けもしなかったが、倒し切ることも出来なかった相手。
所属不明の黒いステラ・フレーム。
「まあ、気にしても仕方ないか。遠出になるし、準備はしておこう」
【それが良いかと、アレの情報については継続して調べておきます】
『桜花重工』
『アドバンス・アーキテクト』
それぞれ今居るサルベルス帝国とは違う国の企業だ。
少し遠出する事になる。その分の物資の補給の為、一度街やオンラインショップを覗き準備を進めることにした。
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-サルベルス帝国 バルサム 傭兵組合-
「おっ!アッシュ、来たんやね〜」
「よお、ナギ。次のミッションに備えてな」
アッシュを見かけて声をかけた活発な雰囲気の女性、ナギ。極東由来の黒髪を緩く結びまとめ、白いシャツの上から灰色のツナギを着崩している。
「次のミッションて言うとあれかいな?うちの故郷と教国の」
「それだ、今回はお前さんの故郷に着くよ」
「ほんまか!?いやぁ、アッシュが行くんやったら勝ったも同然やね!」
「気が早すぎるだろ」
「そんなことあらへんよ!なんせウチがカスタムした『デイブレイク』が出るんやもん…あぁ!嬉しいわぁ!」
「……さいですか」
花を咲かせるように笑う彼女は極東の地を出て各国を渡り歩いていたメカニック。ステラ・フレームの設計、改造などのスペシャリストだ。
今回の戦争については母国の企業のものと言うこともあり、反応が大きくなっているようだ。
メカニックとしては、大陸を回ってきただけあって、デイブレイクのような様々な企業のパーツを組み合わせた機体の設計にも秀でており、実際に凄いメカニックなのだ。
……少々自信家がすぎる節はあるが。
「せやせや、アッシュは物資の補充でここに来たんよね?ブツ見てき!」
「ブツって言い方、あんまり良くないと思うぞ」
「なんや細かい。そんなこと気にしてるとモテんよ?」
「うるせぇな!?」
そんな軽口を交わしながらも、着々と任務の準備を進める。
保存食、衣類、そして弾薬。
「アーキテクト製の機体が多くなるし、実弾は多めに持っていくか」
「それがええやろな。あと弾薬と違うけど、爆発威力の高いバズーカ系統の武装もオススメやね」
「いやそれ、お前が推したいだけじゃ…?」
「い、いや〜?そんなことは無いんよ?実際、あそこの機体、制御系統が繊細やから?爆発に弱いのはホントやし…?」
このメカニック、結構な爆発物ジャンキーなのだ。広範囲高火力の爆発が好きなメカニック。とにかく派手な武装が好きと言い換えてもいい。腕は確かだが、何かと癖の強い人物である。
【一理ありますね。ストレージ容量はまだ余裕がありますし、1つ購入するのもよろしいかと】
「フェルが言うなら、そうだなぁ…」
「ナイスアシストォ、フェルちゃん!!!……でも、なんか悔しい!」
一人悔しそうに頭を抱えるナギを横目に、アッシュとフェルはカタログを眺める。
【アッシュ、ここはドレイク製の物にしましょう。帝国軍が正式採用しているこのバズーカなんてどうでしょう】
「実弾、エーテル弾で切り替え出来るバズーカランチャーか。うん、これにしよう」
今回アッシュが購入したのは
『ドレイクバズーカMk-Ⅴ』
バズーカ、キャノン、グレネードランチャー等、爆発物に強いドレイク社が手掛ける、サルベルス帝国の正規採用兵器。
取り回しの良さと火力の高さを両立させた兵装だ。
「毎度あり!……っと、そうそう、アッシュがその手の武装使う時に試して欲しいと思ってた、『とっておき』があるんよ。何発かオマケしとくから、是非試してな!」
そう言いながら、ショップの端末を手際よく操作しながらオプション、『とっておき』と宣う弾薬をインストールされた。
「っておいおい、勝手にストレージにぶち込むなっての」
「そんだけアッシュの実力はウチは買ってるんよ。あと、そういう細かいとこはやっぱモテんと思うよ?」
「モテようともしてねえよ!」
このやり取りの後、追加で購入する兵器類は特になく、組合での準備は終えた。
その後アッシュは今日の夕飯のためにビルの立ち並ぶ街で買い物をし、帰路に着いた。
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-サルベルス帝国 都市バルサム アパート-
帰ったあと食事を済ませたアッシュは、いつの間にか眠りについてしまっていた。
意図せず寝てしまった為に、テレビが着いたままになってしまっている。
【また、そのままにして寝てしまったのですね。仕方ありません、私が消して……少し面白そうですね、これ】
流れている番組は帝国のワイドショー、今の社会について出演者は熱く議論をしている。
フェルはAIだが世論やら世相やら、そうした情報が好きなのである。
『最近の軍人には骨が無い、昔に比べて戦争が無いからと危機感もない!協定があるから大丈夫と言うものが居るが愚かだ!そんなモノがいつまでも守られるわけが無い!!」
老年の男性、モーガンという男が強く言葉を発する。
エネルギーのある人物で、元軍人のようだ。彼が現役の頃はルーラーも居なかったのだろう、戦争が管理されてからの軍人、ひいては国家を強烈に批判している。
『モーガン氏、こうした平和な状況こそ我らは尊ぶべきだ。腑抜けで結構!企業が争おうと国家が関与しなければ、我々のような民衆は安寧を得られる。実に平和で素晴らしい!それに協定が破られることなど考えらませんよ、それだけ協定には各国にとってのメリットが大きい!』
モーガンに対して逆の考えを高らかに述べる男は社会学者ニビル、鼻につく態度が目立つが、一市民としては共感出来る内容も含まれている。
【四国協定、確かにそう破られることは無いでしょうね。帝国、王国、聖教国、連合国。この四大国家が直接的な戦争をしない事、そして四国間での貿易についても関税等を見直し活性化。更には文化交流も深まり国民の暮らしは豊かにもなった……。これだけメリットがあると、ニビル氏が言うように、そう容易くは破られないでしょうね……】
フェルは一人声にしながら番組を見続ける。
『いや、それではいかんのだニビル殿!!我々帝国全体がこのように腑抜けてしまえば、国家はいずれ崩壊するぞ!』
『そのようなデータはお在りで?憶測であまり大きなことを言うのは感心しませんな、モーガン氏?』
【この議論はニビル氏側の方が今の帝国であれば共感は多いのでしょうね。しかしモーガン氏の懸念も理解出来るところ……】
『ぐぬぬ!!だが敵は!他国家だけでは無いのだ!!やはり帝国軍人、そして臣民たる我々は今のように腑抜けてはいかんのだ!』
『話をすり替えないで頂きたい、先程まで国家間の話をしていたのに何故、敵を国以外とするのでしょう?』
【……続きが気になりますがアッシュを起こしてしまうかもしれませんね。テレビを消して私もスリープモードに入りましょう】
フェルは遠隔でテレビ用のリモコンを操作し、テレビの電源を消して、自身の入っている端末をスリープモードに切り替えたのだった。