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連邦捜査局

 竹野は、腕時計で時間を確認した。


 “集合時間までには、まだ間があるな。人気(ひとけ)のない場所へ移動しよう”


 桃の缶詰工場へは入らず、また建物の外側を回って海へ出た。いくつも延びる桟橋の、人がいないところを選んで歩いた。

 耳目が遠のくやいなや、日置は彼に尋ねた。訊かずにはいられなかった。


 「一体、何が起きとるのやろうか」

 「お前の友達を、遠ざける必要がある」


 竹野は質問に直接答えず、足を止めると、くるりと振り向いた。三つ編みが勢いで撥ねた。


 「でないと、次に殺されるのは、彼らだ」

 「誰が、何のために?」

 「わからん」


 竹野は、桟橋の先端へ向かって再び歩き出した。日置が後を追う。それほど狭い道でもないのに、段々海の上を歩いているような気になってくる。竹野が歩みを止めた。

 

 「誰だか知らんが、お前を犯人に仕立てようとしている奴がいる。そいつは、俺達と同じ能力者だ」

 「ひえっ」


 日置は驚き、大きく息を吸い込んだ弾みで、悲鳴のような声を上げてしまった。異国の地に降り立ってから今のいままで、自分に対する悪意を感じることなく過ごしてきた。

 竹野の指摘はあまりに突飛だった。

 しかし、悪意の持ち主が日置と同じ能力者で、自分の思考を隠す技能を持っていれば、事前に計画を察知されずに、攻撃を仕掛けることは可能である。

 それにしても、理由に全く心当たりがない。


 竹野は日置の声に反応せず、海の方角を向いたまま、話を続けた。


 「犯人に、俺達と同じような能力がある、と言ったのは、さっき俺が攻撃されたからだ。気が付いたか? 当たっていれば、銃撃された、と思うだろう。だが、銃声は聞こえなかった。思い出してみろ、空港でもバークレーでも、銃声は、()()()()()()()んじゃないのか」


 日置は、先刻の竹野の奇矯(ききょう)な振舞いについて、漸く()に落ちた。

 あの時、どちらかが()()されたのだ。本物の銃ではなく、いつか竹野が撃ってみせた、いわば思念の弾丸によって。

 物理的な弾丸を避けるのも超人的な技なのに、日置たちが狙撃を免れたのは、もはや奇跡だった。


 不安になって、辺りを見回す。桟橋の突端は海に囲まれ、周りに人はいない。遠くにある人影も、怪しげな動きには見えなかった。


 少し気持ちを落ち着けたところで、記憶を辿ってみる。言われてみれば、どちらの場合も、被害者が倒れて初めて事件に気付いたのであって、前にも後にも銃声は聞こえなかった。


 日置は、返事を求めて振り向いた竹野に、頷いてみせた。


 「そうや。竹野さんの言わはった通りや。確かに、どっちの事件でも、銃声は耳にせえへんかった」


 「そうだろう。奴がお前を犯人に仕立てようとしている根拠は、事件が始まったのが空港とされているからだ。銃による殺人事件など他にも山ほどあるのに、巷では、空港とバークレーの事件にだけ連続性を見出している。この2つの事件にだけ、共通する特性があるからだろう。恐らく、犯人は空港でお前を見かけて同じ能力者であることを知り、犯行を始めたに違いない」


 「犯人は、フレッドやあらへん、わなあ」


 「あのマニアックな男は、お前と俺が犯人だ、と疑う態度を見せていたじゃないか。あいつは只者じゃない。思考を隠すのが、恐ろしく上手かった」


 日置は、桟橋の(たもと)を振り返った。

 特段怪しげな人影は、見当たらなかった。2人の日本人には目もくれず、のんびりと散策を楽しむ人々がまばらにいるだけである。知らず、吐息が漏れた。


 「また来るのやろうなあ。友達を狙うぐらいなら、僕を狙うてくれたらええのに」


 「犯人がいなくなるじゃないか。(もっと)も、最後には日置が殺されるかもな。警察に捕まって、余計なことを喋られる前に」


 恐ろしい予測を、竹野はあっさりと言い放つ。

 いきなり日置の両肩を掴んだ。日置は驚いて動けない。顔を上げると、くっつきそうなぐらい近くに、彼の顔があった。


 「死なせないよ。初めて出来た仲間だ」


 身長差で上から被さるような形になった。間近に見る竹野の表情は、恐いくらい真剣で、日置は思いがけずどぎまぎした。


 「あ、ありがとう」


 ぱっ、と手を離された。にやりと笑う。


 「お前、まだ俺がホモだと疑っているな。あんまり人のことを疑ってばかりいると、今に自分も疑われるぞ。キリスト教徒は、同性愛嗜好に日本ほど寛容じゃない。偏見は持ってもらいたくないが、他にも色々と差別はある。イエロージャップとか呼ばれることなんか、しょっちゅうだ。これも、命に関わる危険だ。気をつけないと」


 アメリカに溶け込んでいるように見える竹野でも、差別を体験していた。日置は、自分が非常に恵まれていたことに気がついた。


 「疑ってへんて。それより僕、宇梶や江上から離れた方がええんと違うかな。もう講義も終わったし、先に帰国したいわ」


 「その必要は、ないかもしれないぞ」


 竹野が遠くを見やったのに合わせ、日置も再び振り返って桟橋の袂を見た。


 巨大化したハンプティダンプティが、足早に近付いてきていた。バークレーの事件の際に知り合った、FBIのスコットとフレモントであった。



 日置は、手近な警察署まで引っ張って行かれた。竹野も当然のように連行された。無理矢理ではない。一応、任意同行という形である。

 竹野が連れの存在を言い立てると、心配ない、という答えが返ってきた。


 “それはどういう意味でしょうか”


 “我々があなた方に用事があるので、彼女らに先に帰ってもらうよう話した。だから、あなた方が戻らなくても、彼女らは心配しない”


 FBIに用事があると言われて、安心する市民がいるものか。


 竹野とスコットのやりとりを聞いていた日置は、ソフィアや宇梶が却って心配しているのではないか、と思った。


 それでも、日置達の帰りを待って、いつまでも彼らをフィッシャーマンズワーフに留まらせずに済んだ。狙撃犯は今のところ、人混みでしか、攻撃を仕掛けない。

 そうした意味では、スコットが言うように、心配無用であった。


 初めから素直に従ったせいか、手錠を掛けられたり、乱暴に扱われたりされることはなかった。

 下手に抵抗したら、すぐ射殺され、無駄に命を落とすだけである。彼らの頭の中を覗くまでもなく、分かっていた。

 だから、竹野も日置も大人しく連行されたのだ。


 警察署内のどこかの部屋に、揃って導かれた。

 そこには、折り畳み式の椅子が人数分と簡素な事務机が、用意されていた。窓はなく、壁の一方に、大きな鏡がはめ込んであった。映画のセットみたいだった。


 FBIの捜査官は2人に椅子を勧め、スコットが彼らの前に座った。フレモントはスコットの斜め後ろ、戸口を塞ぐようにして立ち、万年筆を握って、手帳を構えた。


 竹野と引き離されずに済み、日置は内心で胸を撫で下ろした。容疑者扱いなら、こうはいかない。


 “さて、君の名前と年齢、住所と職業を言いたまえ。アメリカ人でなければ国籍と、渡米目的も一緒にな”


 スコットは竹野に質問し、竹野は正直に答えた。フレモントが素早くメモを取る。

 続いてスコットは、日置にも同じ質問をした。まるで初対面のようであった。


 日置も余計な質問を返したりせず、大人しく質問に答えた。

 続けて行われたやりとりで、竹野と日置がクライドを介して知り合ったと聞くと、スコットの表情に僅かに(かげ)りが生じた。


 “クライド=ヘンリー=ランドルフ”


 ばん、と大きな音を立てて机を掌で叩いた勢いで、スコットは立ち上がった。

 フレモントが素早く筆記用具を懐に仕舞い、彼と入れ替わって椅子に腰掛けた。彼が柔和な笑顔を2人に向けると、それだけで室内の空気が軽くなったように感じられた。


 “さて、君達がここに呼ばれた理由は、承知しているものと思う”

 “サンフランシスコ空港とバークレーの事件の関係者として”


 回答を求められているようであったので、日置が答えた。

 スコットもフレモントも、それらの事件について、確たる考えを持ってはいないようであった。


 “そう。それに、先ほど通報があった狙撃事件の関係者でもある。未遂に終わったようだがね”


 4人の間に沈黙が下りた。


 日置と竹野は、先刻起きた未遂事件が、通常の犯罪とは異なる性質を持つことを、知っている。


 現に、その場にいた人間は、誰1人事件の発生に、気が付かなかったのだ。同じ能力者らしいフレッドを除いて。

 通報したのは、彼をおいて他にない。


 犯人が自ら通報したのなら、もう少し2人を犯人扱いしそうなものだ。今2人を捕まえさせても、硝煙反応もないし、証拠不十分で釈放することになるだろう。そして2人共、硝煙反応どころか、写真も指紋も取られていない、今のところ。


 通報を受けて出動したFBIも、前2件と違って犠牲者がないだけに、第3の事件をどう扱ったらよいものか、困惑しているようであった。


 “どの事件も、君の周辺で発生している”


 沈黙を破ったのは、スコットであった。フレモントの背後から大きな音を立てて机に片手をつき、鷲鼻(わしばな)の両脇から、鋭い目付きで日置を睨み据えた。


 “僕は、犯人ではありません”

 ”私もです”


 日置は、できるだけ平静に、かつ毅然(きぜん)とした態度で言った。隣で竹野も、真面目くさった顔で頷く。

 こわもてのスコットの隣りで、フレモントが大袈裟な笑顔を作った。


 “では、犯人逮捕に協力してくれるね”

 ”はい?”


 相手の様子から、薄々流れを掴んでいたにもかかわらず、日置は本気で聞き返した。

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