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チャイナタウン 後編

 竹野が店の入口で人員整理をする店員に、人数が揃ったことを告げると、即座に席へ案内された。建物は2階建てで、階下にも階上にも、食事を楽しむ客に囲まれた丸いテーブルが、いくつもあった。


 日置達は2階の窓際の席へ案内された。竹野とヘレン、宇梶に江上、黒髪の女性と日置の順に座る。ウェイターが取り分け皿や箸に箸置き、ジャスミン茶を入れたポットを並べるのももどかしそうに、江上が口を開いた。


 “ジョー、紹介してくださらない?”

 “まず料理を取らなきゃ、肝心な時に食べるものがなくなってしまうよ”


 竹野が口を挟む。折りよく、料理を載せたワゴンがテーブルの側に来た。青菜の炒め物やごま団子、揚げ物、蒸篭(せいろ)に入った何か、と様々な料理が並んでいる。


 ヘレンと竹野が、皆の好みを聞きながら、幾つかの料理を回転テーブルの上に載せた。中華料理の店にあるテーブルは二重円になっており、大皿を載せた内側の円を回転させて、料理を自分の皿に取り分けるのである。


 日置もウェイターに言って、蒸篭の蓋を取って中身を見せてもらうと海老らしきものが入った蒸し餃子があった。1つ貰うことにする。テーブルに載せた分をウェイターが伝票に記入する。黒髪の女性は全員分のジャスミン茶を注いだ。


 “ソフィアは彼らと初対面だったよね。こちらがマーシーにナナ。ジョーの友人だ。マーシー、ナナ、こちらがソフィア・パルデュー。ヘレンと同じバークレーの学生だ。ジョーに紹介してもらった方がよかったかな”


 江上が再び紹介をせがむ前に、竹野が割り込んで手際よく両者を紹介した。


 “よろしく、マーシーにナナ。ジョーからお噂は聞いているわ”


 一同席についている。握手の代りに、ソフィアは鷹揚な笑みを浮かべた。江上と宇梶はぎこちなく笑顔を返す。江上の視線は、巨大なソフィアの胸と日置を忙しく往復している。


 “さあ、温かいうちに食べよう”


 竹野はテーブルを回して、海老蒸し餃子や青菜の炒め物を皿に取った。ヘレンが彼に倣い、釣られたように他の者もめいめい料理を取り分けた。日置は竹の子と牛肉の蒸し団子と青菜の炒め物を取って食べた。青菜はほうれん草かと思ったら別物で、濃厚な緑の味が油によく合っていた。


 “ジョー、これも美味しいわよ”


 ソフィアが豚肉のシュウマイを日置に取り分けてくれた。日置はお返しに、早くも空になっていた彼女のコップにジャスミン茶を注いであげた。ソフィアが人差し指でテーブルをコツコツ叩いた。


 “ありがとう、という意味なのよ。お礼を言うためにお喋りを中断しないで済むでしょう?”


 ヘレンが解説した。竹野とヘレンも、ソフィアと日置に負けじと互いに料理を取り分け合っている。江上は、見まいと努めながらも、視線がソフィアと日置に戻ってきてしまう。

 宇梶が気を利かせて、ジャスミン茶を注ぎ足しても気付かない。


 “僕、イギリスでご飯が恋しくなって、ガイドブックに載っていた中華街の店に遠くからわざわざ出掛けていったのやけど、悲しいほど口に合わなかったのや。ここの料理は本当に美味しいわ”

 “そうね。中華料理も美味しいけれど、私の故郷イタリアの料理も美味しいわよ。今度ジョーに作ってあげるわ”

 “ありがとう。楽しみにしとくわ”


 “ねえ、2人はどうやって知り合ったの?”


 ソフィアと日置が楽しそうに会話しているところへ、江上が質問の矢を放った。視線を真っ直ぐ日置に合わせている。彼は既にソフィアから設定を読み取っていたが、ソフィアを驚かせてはいけないと思って、わざと焦らすようにソフィアに目を向けて微笑み合い、答えなかった。


 ソフィアの心は平静で、日置に対して何の強い感情も持っていなかった。

 段々彼は、ソフィアと目を合わせるのが楽しくなってきた。


 “ジョーの大学の図書館で会ったの。お互いの大学の間に、バスの路線が通じているのよ”


 ソフィアが答えた。そう言えばバークレー行きのバスを見た事がある、と宇梶が心ならずも彼女の言葉を裏付けた。

 江上は礼儀を失しないよう、表面では一同の会話に加わろうと努力し、宇梶も彼女に協力したお蔭で、表向きには楽しい飲茶を過ごした形になった。



 飲茶の代金を支払って店の前に出ると、空席を待つ人々の群は一層厚くなっていた。人込みを避けて店から離れたところで、竹野が切り出した。


 “これからフィッシャーマンズワーフへ行こうと思うのだけれど、皆の都合はどうだろう?”

 “腹ごなしに、船に乗るのもいいかもしれないな”


 日本に戻れば自前の船を持っている宇梶が乗り気な発言をし、慌てて江上の表情を盗み見た。

 彼女はこれ以上、ソフィアと日置の仲を見せ付けられるくらいなら帰りたいと思っていたが、断る適当な理由が思いつかずに苦悩していた。


 “ゴールデンゲートブリッジは近いのやろうか”

 “霧がかかっていなければ、フィッシャーマンズワーフからも見えるわ”


 日置の問いには、ソフィアが答えた。彼は江上と宇梶を振り返った。宇梶は、江上に判断を委ねた。江上は内心の葛藤を表情に出さず、即座に応じた。


 “案内してください。ところで、パルデューさんはどちらの車に乗るの?”

 “どちらでも、ジョーと同じ車に乗るわ”


 よそよそしく姓で呼ばれても全く屈託のない表情で、ソフィアは答えた。ソフィアと日置が後部座席に乗り、宇梶の運転で竹野の車について行くことにした。

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