宇宙のような世界で
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「子ども……?それにウサギ?!」
アッシュベリー様は三人の威圧に気圧されたように、じりじりと後退っていく。結局さっきまでいた場所に戻って立ち止まってこちらを見てる。精霊達が物珍しそうに近寄ったり離れたりして周りを取り囲んでるのがアッシュベリー様にもわかったみたいで、居心地が悪そう。まるで宇宙のような世界にポツンと一人浮かぶように佇んでる。
「ふん。そこでちょっとおとなしくしてなさいな」
ローズちゃんは腕を組んてアッシュベリー様を睨みつけた。
「誰が子どもだ!失礼な……。私はこの地を統べる大精霊だぞ。全く……。もの知らずの人の子め」
翡翠色の大精霊も同じように腕を組んで不機嫌な顔。髪と同じ色のワンピースからのぞく足は仁王立ち。二人とも怒ってるんだけど、見た目は小さな女の子だから全然怖くない。そんなことを言ったら更に怒りそうだから言わないけど。
「ダイセイレイ……」
「ん?そういえばお前はなんだ?随分と弱っているな。どうした?」
翡翠色の大精霊は私の後ろに隠れるように立っている白ちゃんを覗き込んだ。
「……ナカマヨワッテル。ダカラチカラワケテル。ソシタラボクモヨワッタ。ルミリエノチカクニイルトゲンキニナル」
「ちょっと!聞き捨てならないわ!あんたルミリエから力を奪ってたの?!」
ビクッと体をこわばらせて、スカートの裾を掴む白ちゃん。
「ロ、ローズちゃん!落ち着いて!私は現状何ともないし……」
「そういう問題じゃないわ!契約も無しに人間の力を借りるとか、精霊としてあり得ないの!!」
そ、そうなの?精霊の約束事なのかな?
「まあ、落ち着くのだ。太古の昔より生きる尊き大地の精霊よ」
「…………」
ゆっくりとした静かな波のような翡翠色の精霊の声が、ローズちゃんの気持ちを静めてくれたみたい。
「それで?白ちゃんの仲間はどうしてそんなに弱っちゃったの?」
怖がってる白ちゃんを怯えさせないようになるべく優しく尋ねてみた。
「ワルイモノガハイリコンダ。コンランシテニゲマワッテル」
「悪いもの?」
「クロクテアカイカケラ……」
「それって、もしかして」
黒くて赤い欠片。思い出すのは灰の王国でのあの事件。
「あり得るけど、あり得ないわ」
「どういうこと?ローズちゃん」
「あの魔人が弱体化して欠片になったのはあり得る。けど、それが精霊に入り込むなんてあり得ないわ。だって精霊は不浄を嫌うものだもの。そんなものに近づこうとはしないわよ」
「ないとは言い切れないな」
「何故?!」
翡翠色の大精霊に反発するローズちゃん。
「永らくこの地には魔物やまして魔人などいなかったのだ。それ故新しく生まれ出でた同胞達にはその恐ろしさが分からないのだろう」
「そんな馬鹿なことが……」
「あり得る。幼き同胞を導くべき者達がこの地を去ってしまっていたのだから」
「この地は古より我ら精霊のみがすまう地だった。やがて人が住みつき、しばしの間我々と人とは共に暮らして来た。しかし我々の姿が見えない者達が増え始め、ついには忘れられた存在となった。我々は少数の精霊を残してこの地から去り、精霊界へと移り住んだのだ」
だから白の王国で精霊を見かけることがほとんどなかったんだ。翡翠色の大精霊のどこか寂しそうな顔が心に残った。
「そして今、人の営みのせいで魔物が入り込んで来た。同胞の精霊の中に巣食っている。この地の人の中ではルミリエの力が一番強い。ルミリエ、この地に入り込んだ不浄なものをなんとかしておくれ」
翡翠色の大精霊は私の目をじっと見つめた。そっか、以前の魔物の壺の事件や灰の王国での事件は人間が持ち込んだり、封印を解いてしまったせいで起こったんだもんね。最初の夢の魔物の件はまたちょっと違うけど。
「不浄なもの……魔人の欠片」
「やっと話が繋がって戻って来たわねぇ」
ローズちゃんがため息をついた。
「つまり、翡翠色の大精霊さんが私にして欲しいことは……白ちゃんの仲間に憑りついてる魔人を見つけて、今度こそ倒すってこと?」
「そうだ。私はその為にルミリエをここへ招いたのだ」
翡翠色の大精霊が鷹揚に頷いた。
「ちょっと待て!さっきから黙って聞いていれば、無茶を言うな!大精霊だか何だか知らないが、このご令嬢は体が弱いんだ。それにそんな力なんてない。聖女であるメイベル・クロフォード嬢に頼むのが筋だろう?」
ここで少し離れた場所にいたアッシュベリー様がつかつかとやって来て話に入って来た。私達の話は聞こえていたみたい。
「ふん。見えないとは悲しく愚かであることだな。お前達は幾度かルミリエに救われているというのに」
「はあ?一体何を……」
「わーっ!大精霊様!ちょっと待ってください!その話は無しで!」
慌てて翡翠色の大精霊の声を遮ったよ!私の力の事は秘密ってノエル君と約束したから詳しく説明するわけにはいかない……!私は急いで話題を変えた。
「でもどうやってその憑りつかれた精霊さんを見つければいいの?」
「弱体化してるとはいえ魔人の気配にこの私が気が付かなかったなんて……。正直今も良くわからないわ。どうしてなの?」
ローズちゃんが悔しそうに呟いた。
「ワルイモノ、オサエコンデル。モリノチカラヲカリテ。ソノセイデキガカレタリ、ドウブツガコワガッテニゲタリシタ」
「そう。白の仲間の精霊が魔人を抑え込んでくれてるから気配がわからないのね……」
「ボクモチカラカシタ。デモ、ソロソロゲンカイ。コノママダトノットラレル」
それってもしかして、魔人が復活しちゃうってこと?そんなのダメだよ!
「木が枯れて、動物が逃げるだと?!じゃあ各地の森で異変が起きていたのはその魔人のせいか?」
わなわなと小刻みに震えながらアッシュベリー様が叫んだ。
「各地でですか?」
「そうだ。かなり前からだ。貴女はノエル・サフィーリエから何も聞かされてなかったのか?」
「…………はい」
「そうか。まあ、貴女は部外者だし、それも仕方がないだろうな」
「…………部外者」
ずきんって胸が痛んだ。
「違うわよ!ノエルはルミリエを心配して、危険なことに関わらせないようにしてただけよ!」
ローズちゃんも知ってたんだ……。
「…………」
「ルミリエっ!」
「大丈夫だよ、ローズちゃん。今はとにかく一刻も早く白ちゃんの仲間の精霊さんを助けてあげないと!魔人復活阻止!これが一番大事だよね」
「……ルミリエ……」
心配そうに見つめるローズちゃんを元気づけるように、私は明るく笑い返した。
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