藍風
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森の中に驚くほどの強い風が吹き荒れた。
「何だ?これはっ!」
「神殿の方から風がっ」
「立っていられない……」
誰が何を言ったのか分からない。皆腕で顔を庇いながら状況を見定めようとしている。けれど叩きつけるような風のせいでそれは敵わなかった。
「撤退だ!」
僕達は森から脱出した。森を出ると人数の確認を行う。
「全員いるようだね。良かった」
オスカーがホッとしたように笑った。とりあえず怪我人は出ず全員無事に神殿の森から出られていた。
「何だったんだ、今のは……」
「森の外では風がほとんど吹いてないですね」
メイベルが乱れた髪を整えながら周囲を見回している。オスカーはメイベルの隣に守るように立っている。逃げる時に繋いでいた手はすでに離れていた。
「今のは魔物の仕業だったのか……?」
ふうっと一息ついて気配を探るけど、魔物の気配は感じられなかった。
「いえ、違うと思います。敵意はありましたけど、悪いものの力では無かったように思います」
オスカーも頷いている。二人の意見と同じだった。
その後、時間を置いて再び神殿の遺跡へ向かったけれど結果は同じ。謎の突風が僕らの行く手を阻んだ。
「どうやら、僕達はこの地に拒絶されているようだね」
僕達はこの日の調査を諦め、それぞれの宿泊場所へ戻ることになった。
仕方なく屋敷へ戻った僕は愕然とすることになる。
「ルミリエがまだ帰っていない?!」
「てっきりノエル様とご一緒なのだと……」
使用人達が困惑している。
「そんな馬鹿な!!」
あの時、屋敷まできちんと送り届けるべきだった。ローズや白という守りがあったことで油断していた。白のことは正直良く分からなかったが、精霊なのだから懐いているルミリエを守りこそすれ危害を加える心配は全くしていなかった。ただルミリエを危険から遠ざければ大丈夫だと。そうだ……危険の方からルミリエに近づいてくることだってあるのに……。僕が甘かった。
「ノエル様っ!どちらへっ?!」
その声に答える余裕はなく、僕は宵闇の中を湖の方へ駆け出した。
空には月が輝き星が瞬いている。でも波立つ湖面には月も星も映らない。
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気が付くと藍色の世界にいた。全くの暗闇じゃなくて深い深い青い世界に。
「ルミリエ、惚けてる場合じゃないわよ?」
ローズちゃんの体を包む薄紅色の淡い光が綺麗。いつもより輝きが増してるみたい。
「あれ?ローズちゃん?ここどこ?」
私は周囲を見回した。無数の色々な光の球体が近く遠く、はるか遠くの方まで舞い踊るように飛んでいる。
「綺麗……前に歩いた精霊の道に少し似てるけど、どこか違うような……?」
「ここはまんま精霊界よ。まさかルミリエが呼ばれるなんて……」
「精霊界?」
ここがそうなの?なんだか不思議なところ。微かに鈴の音みたいなのが聞こえてくる。でもどうしてこんなところにいるんだろう、私?
「一体ここはどこなんだ?!」
近くで上ずった声がする。目を凝らすと藍色の闇の中、黄色に近い金色の髪の男の人が立ってる。
「アッシュベリー様?」
あの方もいたんだ。
「なんであんなのが……」
「オマケツイテキタ」
肩に乗ってるローズちゃんも足元にくっついてる白ちゃんも、嫌そうに顔をしかめてる。
そうだった。突然凄い風が吹いて倒れそうになった時、腕を掴んで支えようとしてくれたんだっけ。先に尻もちをついちゃってたけど……。うん、わりといい人、なのかもしれない。
「……っ!」
急に目の前に眩しい光が現れた。もしかしたら急に近づいて来たのかもしれない。光は人の姿を取りながら話しかけてきた。
「なんとかしておくれ、虹色の魔法使い!私の領域に汚いものが入り込んできたのだよ!」
翡翠色の幼女……に見える。もちろん人間じゃないよね?この子。引きずるくらいの長い髪がふんわりと藍色の空間に広がってる。
「この地のかなり力のある精霊とお見受けするわ。そうであるならばご自分で対処なされてはいかがですか?」
ローズちゃんがその子、精霊の目の前へ降りていった。私もその精霊の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。
「これは人間の不始末だろう?魔人を解き放ち、始末を怠った」
魔人を解き放った?それってあの灰の王国での事件の事?この精霊って一体……?
「だからって、どうしてルミリエを巻き込むの?一体何が起こっているの?」
ローズちゃんが少しイライラしてきたみたい。
「私はこの地で起こる全てを見ている。あの魔人の件はこの魔法使いも当事者だろう?」
「何言ってるのよ!見ていたのならご存じでしょう?ルミリエは巻き込まれただけよ!!」
ああ、ロースちゃんが物凄く怒ってる。私はローズちゃんに向き直った。
「待って!ローズちゃん。とりあえずこの精霊さんのお話を聞いてみよう?」
私がそう言うと、ローズちゃんは渋々という顔だけど、口を閉じた。
「あの、お話が見えないんですが、何が起こっているんですか?私はどうしたら……」
私が翡翠色の精霊に話しかけると、少し離れたところにいたアッシュベリー様が近づいて来た。
「僕には何も見えないんだが!ネージュ伯爵令嬢?そこにいるのか?これは一体どういう事なんだ?何だかぼんやりと光が見えるこの場所は何なんだ!君は一体誰と話している?説明したまえ!」
よくしゃべる人だなぁ、この人。っていうか何も見えないってことは、さっきからずっと暗闇の中に一人でいるってこと?そっか、精霊が見えないんだもんね、それは不安かもしれない。せめて少し明るくできればいいんだけど。
「ひときわやかましい人の子だな。こうすれば貴様でも見えるか?」
翡翠色の精霊がパチンと指を鳴らすと、藍色の空間が少し薄まり明るくなったような気がした。
「なんだ?急に明るくなったぞ?って、ネージュ伯爵令嬢!君はまた!!そんな風に地面に座り込んで…………って、なっ、何なんだ?!君達は!一体何者なんだー?!!ここは何なんだ?!あの光はなんだ?!どうして僕がこんなところにっ?!」
アッシュベリー様にも精霊が見えるようになった?翡翠の精霊さんが何かしてくれたんだね。
「ウルサイ……」
「ルミリエ、やっぱりこいつやっちゃっていい?」
「なんでこんなのがくっついてきたのだ……」
不機嫌な三人(?)の声が低く響いた。
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