青の湖②
来ていただいてありがとうございます!
月明かりの中、窓辺に帰って来たローズは寝台で寄り添い合うノエルとルミリエを見て、少し固まった。
「あら……お邪魔だったかしら」
「大丈夫だよ」
ノエルだけが目を開け、そっと起き上がった。小声で会話をするもルミリエは笑顔を浮かべて眠ったまま。
「ノエルはとうとう我慢しなくなったのねぇ」
「我慢はそうとうしてるけどね。結婚まではルミリエの傷になるようなことはしないつもりだよ。ただ、できるだけそばにいたいんだ。怖いんだよ。見てないとどこかへ行ってしまいそうで……」
ノエルは眠るルミリエの髪に触れてくちづけた。
「さてと、ローズも戻ってきたし、これ以上は本当に我慢できなくなりそうだ……」
ノエルは愛おしい少女の額に口付けると寂しげな顔で部屋を後にした。
「心の傷ってやつなのかしらね」
ローズはかつてのパートナーと一緒に読んだ書物の内容を思い出していた。
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今日はミソラ湖に一番近い町をノエル君と散策!湖の周囲は王家の直轄領として広く国民に開かれてる。王都に比べたらとても小さな町だけど、避暑地、観光地としても人気の場所なんだ。だからたくさんのお店があって、この土地特有の物もあって見て回るだけでも楽しい。
「ノエル君、これ!」
「ああ、似てるね」
「うん。そっくり」
町の雑貨屋さんに入って色々見ていたら、私のフローティングロケットに似てるものが売ってた。買ったフローティングロケットと持ってたリボンとを合わせて一緒に白ちゃんに付けてみた。
「うん。かわいい」
「カワイイ……」
白ちゃん、気に入ってくれたみたい。
「ローズちゃんにも……」
「私はいいわ!」
町のお菓子屋さんで買ったビスケットを吸収した手でローズちゃんはビシッと拒否してきた。
「ええっ?ローズちゃんにも似合うのに」
私は小さなリボンを持ったままがっかりした。せっかくローズちゃんに似合うような小さなリボンを見つけたのに。
「精霊にもアクセサリーが付けられるのか。どういう原理なんだろう?」
ノエル君は腕を組んで頭をひねってる。
「でも、ああ、あの時のましろみたいだね。懐かしいな」
ノエル君が白ちゃんを見る目が少し柔らかくなった。初めてノエル君と出会った時の私とほぼ同じ姿。それが今の白ちゃんの姿だった。違うのは瞳の色くらい。白ちゃんの瞳は赤くて、私は琥珀色。本当に懐かしい。
その後は湖で獲れた魚を使った料理を出すレストランでお昼ごはん。この辺りは特別な香草が採れるみたいで一緒にソテーされた魚は臭みも無くてとても美味しかった。ノエル君が個室を予約してくれたからローズちゃんも人目を気にせずにたくさん食べてた。でもどちらかというと魚より香草の方が気に入ったみたい。白ちゃんは「食べる」ってことがよく分かってないみたいで、ローズちゃんや私達をきょとんと見ているだけだった。
朝ごはんの時もそうだったんだけど、ノエル君とまともに目が合わせられない。だって、昨夜はノエル君と一緒にベッドで寝ちゃったから。は、恥ずかしい……。おかしな寝言とか言ってなかったかな?今朝、目が覚めたらノエル君はもういなかったんだけど、朝ごはんの時も今もノエル君はいつもと変わらない様子で拍子抜けしちゃった。
本当は今日、ノエル君とボートに乗る予定だったんだけど、少し風が強いから明日に延期になったんだ。楽しみにしてたんだけど、かえって良かったのかもしれない。向かい合わせでずっと座ってるのはちょっと恥ずかしすぎる。……ノエル君は私よりずっと大人なんだな……。
お昼ごはんの後は屋敷へ戻りつつまた町を散策しようってことになった。
「まだ、風が強いね。湖面が波立ってる」
「明日には風が止んで、ボートに乗れるといいね」
「うん。恋人同士がボートで湖の中央の小島に渡ると一生離れずにいられるって言い伝えがあるらしいよ」
「へえ!そうなんだ」
前世では恋人同士でボートに乗ると必ず別れる公園とかがあったけど、それと真逆のジンクスだ。この町は湖の畔に沿って広がってる町だから、どこにいても大体湖を見る事ができる。私は歩きながらキラキラ光る湖面に浮かぶ小島を見つめた。
「あれ?メイベルさん?!」
町の方へ視線を戻すと、そこには意外な人達がいた。
「メイベルさん?オスカー様も!」
メイベルさんは夏休みの間は魔術道具師のお父様のお手伝いをしたり、お母様のご実家へ旅行をしたりするって聞いてた。お母様のご実家がこっちの方なのかな?でもどうしてオスカー様まで?
「ルミリエ様、その水色のワンピースお似合いですね。帽子もお揃いで素敵です」
「ありがとう。ノエル様が選んでくださったの。メイベルさんもその薄紅色のワンピース、とても似合ってて素敵!リボンも可愛いです!」
「ありがとうございます。サフィーリエ様が……。なるほど。さすがですね。あ、そちらが新しい精霊ですね」
メイベルさんが私の方へ近づいて来て足元の白ちゃんを見た。反対にノエル君はオスカー様の方へ走って行った。少し深刻そうな顔をして二人はお話してる。ん?私メイベルさんに白ちゃんの事話したっけ?
「どうしたんだろう?」
気になってみてるとお話が終わったみたいで二人は私とメイベルさんに近づいて来た。
「やあ、久しぶりだね、ネージュ伯爵令嬢」
「ご無沙汰しております」
柔和な微笑みで挨拶するオスカー様に私も挨拶を返した。
「オスカー様も休暇ですか?」
「うん。まあそんな所かな。じゃあお二人のお邪魔になっても悪いし、僕らは行こうか」
「そうですね。ではルミリエ様、サフィーリエ様失礼します」
そう言ってオスカー様はメイベルさんをエスコートして立ち去ってしまった。
「あの二人って随分仲良くなったんだね、ノエル君」
「……」
「ノエル君?」
「……ああ、ごめん。…………ルミリエ、ごめん。先に屋敷へ帰っててくれる?ちょっと用事ができたんだ」
この流れ……、「用事」って「仕事」だよね?っていうことは魔物関連?だよね?
「何かあったの?魔物?ノエル君!待って!私も……」
「大丈夫だよ。ちょっと様子を見てくるだけだからすぐに戻る。ローズ頼むね」
「仕方ないわねぇ」
「…………ノエル君、行っちゃった」
あーあ、置いて行かれちゃった。丈の長いワンピースだと走るのには向いてない。そうでなくても走るノエル君には追いつけない。……ノエル君、私には何も教えてくれないんだね。
「ルミリエ?」
「帰ろうか。ローズちゃん」
「いいの?」
「うん。ノエル君は私を心配してくれてるんだよね。でも……」
もうお屋敷は見える所まで帰って来てる。私は屋敷の方へ歩き始めた。
「帰って来たら事情は説明してもらう!」
拳を握りしめて決意した。話くらいは聞いてもいいと思うんだ。
「あははっ。ルミリエらしいわね!」
つんつんとワンピースのスカートを引っ張られた。
「ん?白ちゃん?どうしたの?」
しゃがみ込んで白ちゃんと目を合わせた。その時。
「そのような所に座り込むとはやはり貴族令嬢としてはなってないようですね……」
あまり聞きたくなかった声をまた聞いてしまった。
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