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モーネ王国騎士団魔術師特別部隊

来ていただいてありがとうございます!




「そう。今度はアッシュベリー侯爵領で」


休暇の後、王都に戻ったノエル・サフィーリエは早速城へ呼び出された。


(ベルナール殿下はどうやら僕を学園に通わせるつもりがないみたいだ。ルミリエの制服姿を見られる期間はあと一年も無いというのに)


ノエルはそっと嘆息したが、表情に出すことはなかった。どうやら休みの間に再び異変が発見され、オスカーやメイベル達が調査に向かってくれたようだ。

「そうなんだよ。同じような現象が見られたんだ。けどやっぱりそれだけ。他は特に異常無し。でもね、メイベルが魔術を使ったら少し木が元気になったんだ。凄いよね」

オスカーは輝くような笑顔でノエルに説明してくれた。


いつの間にかオスカーはメイベル・クロフォードをメイベルと呼ぶようになってる。ノエルがそのことについて尋ねるとメイベル自身が許可したらしい。メイベルはいつもオスカーに対してはやや儀礼的な対応だったのでノエルは少し驚いていた。



ノエルはまとめてあった報告書をベルナール王子に提出した。そしてサフィーリエ公爵家の領地の森でも異変が見られたことを口頭でも報告する。ただし、ルミリエが森の木々を再生した事は伏せて。

「そうか、そちらでも……。やっぱり魔力の痕跡があったんだね。それと精霊か……」

ベルナール王子は報告書を読みながら難しい顔をしている。

「サフィーリエ公爵領でもかい?こちらでも同じだ。メイベルもそう言ってるし、僕も感じたよ」


(植物の枯死。それだけならばわざわざ魔術師部隊(ぼくたち)が調査をする必要はない。しかし森の中の現場には本当にわずかだけど魔力の痕跡、気配が残っていた。今回はローズにも確認を取ったので間違いはないだろう。魔物の仕業かもしれない、そうでないかもしれない)


ノエルははっきりとしない状況に焦れていた。ルミリエのそばにいたいのに、仕事が無くならない。


オスカーは興味深げにベルナール王子の手元の報告書を覗き込んで目を輝かせる。

「また精霊か。白いウサギ?ネージュ伯爵令嬢は精霊に好かれるんだね」

「オスカー!そのことはくれぐれも内密に!」

ノエルは声を潜めながら周囲を見回した。


モーネ王国騎士団魔術師特別部隊、通称魔術師部隊には現在百名に近い数の隊員が所属している。新たに準備された隊員の待機室はかなり広い部屋があてがわれており、ベルナール王子の机と少し離れた所では今も十数人の隊員達が事務仕事をしている。メイベルもまたその一角で今回の件の報告書をまとめていた。その他にも部屋のあちらこちらで談笑している隊員の姿が数名見られた。


その一部の隊員達が尊敬の眼差しでメイベル・クロフォードを見ている。どうやらアッシュベリー侯爵領の森での事を見ていた者がいたようだ。当の本人は報告書と格闘中で彼らの視線に気付いてない。ノエルは再びため息をついた。


(ルミリエの力の事を知られる訳には行かない。ルミリエが力を与えた大木や辺り一帯の植物達は翌々朝には花を咲かせていたとローズが言っていた。もちろんそのことも報告するつもりは無いけどね)

ノエルはサフィーリエ公爵領でのことを他人に見られなかったことに心底安堵していた。


「ごめん、ごめん!そうだったね」

オスカーは慌ててノエルに謝った。ルミリエの力の事はオスカーにも、メイベルにも、ベルナール王子にも公言しないよう口止めしてあった。ルミリエの力の事がこれ以上誰かに知られることをノエルは恐れていた。



「ネージュ伯爵令嬢がどうかなさいましたか?」

鼻につくような芝居がかった声がノエルの後ろから聞こえてきた。

「やあ、リチャード。何でもないよ。ただノエルが休暇を婚約者と過ごしたと話していただけだ」

ベルナール王子がにこやかに答えた。

「婚約者のご自慢ですか?ここは職場なのですよ?サフィーリエ様は学生気分が抜けてないのでしょうか?」


(気分……?僕はまだ本当に学生なんだけどね)

ノエルの心は一気に戦闘態勢に入ったが、いつものように無表情のままやり過ごした。


「我が妹との縁談を断るほどのお方、ネージュ伯爵令嬢とはどんなに素晴らしいご令嬢なのでしょうか。私もぜひゆっくりお話しを伺いたいものです」

リチャードと呼ばれた黄色に近い金髪に緑色の瞳のこの青年は、リチャード・アッシュベリー。今年二十歳になるアッシュベリー侯爵家の次男で、妹のエリザベスを溺愛している。そのため、彼女に冷たい態度をとるノエル・サフィーリエに対してはあまり良い感情を抱いてはいなかった。二年前にノエルがルミリエ・ネージュ伯爵令嬢と婚約を結んだと聞いてはっきりと嫌悪感を持つようになってしまっている。


実際にはノエルが縁談を何度も断っていたのはエリザベスだけではない。そして彼女だけに特別に冷たい態度を取っていたわけでは無いが、妹を溺愛するリチャードにとっては意味のない事実だった。


「違うよ。ノエルとネージュ伯爵令嬢が領地の森を散策している時に異変を見つけたという話だ」

ベルナールは王子はリチャード・アッシュベリーを嗜めるようにやや厳しい表情になる。いくら同じ部隊の仲間といえど、ノエルは公爵家の人間。身分は侯爵家のリチャードよりも上だ。リチャードのノエルへの態度はあまり良いとは言えない。元々騎士団にいただけあって剣の腕もあり魔力も強いのだが、それを鼻にかけている節がある。つまり能力はあるが性格に難ありという男なのだ。


「ああ!散策ですか!サフィーリエ様が異変を見つけた際に一緒にいらした()()なのですね。メイベル・クロフォード嬢は我が領地の森の木を癒してくださいましたよ?」


「クロフォード嬢はまさしく聖女ですね」

「ああ、あの姿は神々しくもあったよ」

「平民でありながら、学園に入学されるほどの魔力とはすばらしい!」

「そして貴族令嬢に負けず劣らず美しい」

リチャードの後ろで彼について来ていた隊員達が口々にメイベルを褒めた。彼らはリチャード・アッシュベリーの部下達で、オスカーやメイベルと共にアッシュベリー侯爵家の領地へ調査に向かったメンバーだった。


魔術師部隊は選抜された人員がいくつかの小隊に分けられ、力や適正のある者が小隊長に任命されている。リチャード・アッシュベリーはその小隊長の一人だ。ベルナール王子の指揮の元それぞれが小隊長の指示で動くという編成になった。というかノエルが主にその編成を担ったのだ。


「そういえば、ネージュ伯爵令嬢は以前の学園での騒ぎの時もクロフォード嬢と一緒にいらっしゃったようですねぇ。一体どんなご活躍をなさったのでしょう」

リチャードはメイベルを引き合いに出してルミリエを貶めようとしているようだった。


ノエルの表情は変わらなかったが、周囲の温度が下がったようにベルナールには感じられた。ノエルが何かを言いかけたその時、彼らの後ろから高い声がかかった。

「ベルナール殿下!報告書が完成しました!」

「クロフォード嬢、ありがとう」

ベルナール王子は少しホッとしたような表情を浮かべてそれを受け取った。


「これは、クロフォード嬢!お仕事がお早いですね。流石です」

「ありがとうございます……」

リチャードの分かりやすいお世辞にメイベルは作り笑いで答える。その表情を見たオスカーの顔に汗が浮かんだ。この面子の中では比較的付き合いの長いオスカーにはメイベルが怒っている事がすぐに分かった。


「僭越ながらアッシュベリー様に申し上げます。ルミリエ様の事をお知りになりたいんですよね?」

メイベルは一度深く息を吸うと一気に話し始めた。

「ルミリエ様はとても控えめでとてもお優しくてとても素敵な方です。学業もトップクラスで魔力量もとても多いのです。魔術の授業ではいつも先生が褒めていらっしゃいます。魔術のコントロールがとても繊細なんです!お体が弱いのであまり表立っての活躍はされておられないですけど、昨年のメイリリー学園での魔術大会では特別賞をいただくほどの成果を出されています!本当にあの幻影は美しくて……!微力ながらお手伝い出来てとても光栄でした!」

メイベルの表情が怒りのそれから恍惚へと変わっていく。ベルナール王子の顔がやや引きつり始め、それを見たオスカーが焦り始める。ノエルは何やら思案するようにメイベルの言葉を聞いていた。


「今はその魔術を活かしてドレスのデザインにも携わっておられるんです!ルミリエ様のデザインされたドレスは社交界でも評判なんだそうです!私も今度ルミリエ様にドレスをデザインしていただけるとお約束していただいていいて、とても楽しみなんです!そしてそして、何よりもルミリエ様はとても可愛らしいんです。艶やかな黒い髪はとてもサラサラで全てを包み込んでくれる優しい夜の闇のよう、雪のように白いお肌は見るからにすべすべでそれはもう……!そしてあの見る者全てを魅了する琥珀色の瞳は……んむ」

「はい、そこまで」

オスカーはメイベルの口をそっと両手で塞いだ。メイベルは不満そうにオスカーを見上げる。


ちょっと!何するんですか?これから良い所なのにっ!


とメイベルの目がオスカーに訴えている。


「よ、良く分かりました。ありがとうクロフォード嬢。では我々は訓練に行って参ります」

何か恐ろしいものを見たかのようにリチャード達は引きつった笑いを浮かべながら部下達とともに部屋を出て行った。



「そうか……。ライバルは男ばかりとは限らないんだな。油断は禁物ということだね。良く分かったよ。これからは肝に銘じよう……」

決意を新たにしたように拳を握りしめ、ぶつぶつと呟くノエルを見たベルナール王子は額に手を当て、そっとため息をついた。


「どうやら、一触即発の事態は避けられたようだね……」

ベルナール王子の顔には濃い疲労の色が浮かんでいた。














ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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