森の辺のお屋敷
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朝、目が覚めると白いウサギがいた。
ベッドに寝てる私を覗き込んでる。
「?」
えっと……昨夜はサフィーリエ公爵家の領地にあるお屋敷の一つに泊めてもらったんだよね。森の近くにあるお屋敷に。私は起き上がると見上げてくるウサギを見つめ返した。
「ローズちゃん……この子って」
困り顔のウサギを抱き上げて、朝の散歩から帰って来たローズちゃんに聞いてみた。
「あら、いつかの精霊ね。いつの間に?どこから来たの?ここの森には精霊の姿は無かったのにねぇ」
「もしかして、君は昨日森にいた?」
白いウサギの精霊の赤い目を見つめて問いかけたけど、首を傾げただけ。言葉はわからないみたい。
「うーん……この子って……?精霊……よね?うーん……それにしては力が弱いような……?」
ローズちゃんも首を傾げてる。
「ローズちゃん?どうしたの?」
「この子ちょっと変なのよねぇ。こんな姿を取れるなんて結構力が強い精霊だと思うんだけど、それにしては感じる力が弱いのよ……」
「そうなの?」
「それになんだか……変な精霊だわ……」
ローズちゃんは首をひねったまま考え込んでしまった。
コンコンコンッ
ノックの音がして返事も待たずにノエル君が部屋へ入って来た。寝間着のままだった私は慌ててかけ布団を肩まで引き上げた。
「ノ、ノエル君!私まだ着替えてない……」
ノエル君、どうしちゃったんだろう?いつもは寝室に入ってくることなんて無いのに。そういえば昨日も森から帰った後はずっと……その……いつもより距離が近くて、夜も一緒に眠ろうとしてきたんだよね……。ローズちゃんが止めてくれたけど。
「ごめん。中々起きてこないから、疲れてるんじゃないかって心配になって。ん?なにそれ?…………ウサギ?」
近くまでやって来たノエル君は、布団から顔を出した白ウサギ精霊を見て驚いた顔をした。
「あ、この子は精霊さんなんだって」
「どうしてローズ以外の精霊がルミリエの部屋にいるの?」
ノエル君の顔が険しくなる。
「分からないんだけど目が覚めたらここにいたの。あっ」
ノエル君は白ウサギ精霊を布団から放り出してしまった。そして私の隣に座ると肩を抱いた。
「ルミリエに近すぎ!」
「……精霊にまで嫉妬しないでよ。まるで子どもね」
ローズちゃんは呆れたようにため息をついた。
ノエル君は白ウサギ精霊を睨んでいたけど、着替えるからって言ったら白ウサギ精霊を連れて部屋を出て行った。
「そいつ、男なんじゃない?」
ノエル君とローズちゃんと一緒の朝食の後、居間のソファにノエル君と一緒に座ってお茶をいただいた。白ウサギ精霊は私の膝にちょこんと座ってる。どうやらこのお屋敷には他に精霊の姿が見える人がいないみたい。人払いをしてもらって、今はノエル君とローズちゃんと私と白ウサギ精霊しかこの場にいない。
「そうなの?白ウサギ精霊さんは男の子?」
私を見上げて首をかしげる白ウサギ精霊。うーん白ウサギ精霊だと呼びづらいなぁ。
「そうだ!あなたの事「白ちゃん」って呼ぶね。白ちゃんは男の子なの?」
やっぱり首を傾げるだけの白ちゃん。耳がぴくぴくって動いた。精霊って性別があるのかな?ローズちゃんは女の子の姿だから、女の子の精霊だって思ってたけど、もしかして違ってたりして?
「ああ!またそんな名前なんて付けて!喜んでるわ!ややこしいことになるわよ!」
ローズちゃんが頭を抱えて叫んだ。
「そうだよ!今のうちに森に帰してきた方がいいよ」
ノエル君はこの子が嫌なのかな?結構かわいいと思うんだけど。
「うーん。私が拾ってきたわけじゃないんだけど……君はあの森から来たの?」
私は窓から見える森を指さした。でも白ちゃんはやっぱり首を傾げるだけ。うーん、この子どうしたらいいんだろう?
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ノエル視点
書斎で調べ物をしていた僕の所へローズがやって来た。
「試験が終わったのにまだ勉強?」
「休んでいた間の課題だよ。もうすぐ片付く」
僕はローズと話しながらも本をめくり、用紙にペンを走らせた。
「ふーん。人間って大変ねぇ……。ルミリエが力を与えたあの大木。今朝は元の青々とした状態に戻ってたわよ」
「……そう」
僕は内心ほっとしていた。あの森の中に他に人がいなくて良かったと心底そう思った。誰かに見られていたらルミリエが聖女だの、女神だのに祀り上げられてしまう所だった。やっぱり彼女を僕の仕事に関わらせることはできない。僕は改めてそう思い直した。
「周りの木も心なしか昨日より元気になってたみたいね」
ローズはどこか誇らしげに話し続ける。ルミリエの力は思いの具現だ。優しい心が紡ぎ出す優しい力。ローズはそのことに気付いている。だからこそローズはルミリエと契約を結んだんだと思う。決してルミリエの力を権力者に利用させてはならない。悪用なんてもってのほかだ。
「……。あの精霊はまだルミリエのそばにいるの?」
「ええ。離れる気配はないわねぇ。ルミリエの事を気に入ってるみたいだし」
「悪いものではないんだよね?」
「……ええ。たぶん」
「なにそれ。はっきりしないんだね。やっぱりルミリエから引き離した方がいいね。今すぐに!」
僕はペンを置いて顔を上げた。立ち上がろうとした僕をローズは慌てて止めてきた。
「ちょっと待ちなさいよ!ルミリエはあの精霊を気に入っちゃってるのよ。なんか親近感が湧くんですって」
「……それは……。僕もそうだけど」
「え?そうなの?なんでよ?」
「ちょっとね。以前ウサギと一緒に暮らしたことがあるから」
「ウサギと一緒に暮らしてたの?」
「ほんの一時期だけね」
僕はローズに詳しく説明しようと思って止めた。ウサギのような姿で現れたルミリエの事。魔物との戦いの事。前世の事。長くなるだろう説明が面倒だったのもあるけれど、それとは違う思いがあった。
それはとても、とても大切な思い出だから。
ルミリエがローズに話すこともあるかもしれない。もしかしたらもう話しているのかもしれない。でも僕の口からは話さない。あの時の僕の気持ちは僕だけの大切な宝物だから。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




