森のささやき
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オスカー視点
森の木々の合間の地面に光が射している。
「ここも特に何も異常は無かったね」
僕とメイベルは案内人に先導してもらいながら王都の外れの森へ調査に来ていた。僕達の他にも魔術師団の隊員十数人がいくつかのグループに分かれて森に入っている。
「そうですね……。ただやっぱり植物が枯れている所がありますね。ここも、あ、あそこにも。この木は立ち枯れかけています」
メイベルは痛まし気に枯れかけの木に触れた。彼女の手からは白銀の光が注ぎ込まれ、心なしか木が息を吹き返したように思えた。
「何かの病気だろうか?」
「そうかもしれません。国境の森、王都の外れの森、そしてこのアッシュベリー侯爵領の森。それぞれで同じような現象が起こっていますけど……」
「病気だとしたら少し距離が離れすぎているね」
植物の伝染病のことはよく知らないが、恐らく違うのではないかと思われた。
「他のグループと合流して帰還しよう」
メイベルをエスコートしようとしたけれど、いつものように断られてしまった。中々距離が縮まらないな。彼女は歩きにくい森の中の道をずんずん進んでいく。
「ベルナール殿下には同じような現象が起きていると報告するだけになってしまいますけど……はあ……」
「疲れた?」
「いえ……。学園に通えないのが辛いんです」
メイベルは先ほどよりも深いため息をついた。
「学業が遅れちゃうね」
「いえ!それはどうでもいいんです!」
「そ、そうなの?」
「ベルナール殿下に頼めば卒業はさせてくださるでしょうし、就職も決まっていますし。そんなことよりも!ルミリエ様との学園生活の時間が減るのが嫌なんです!」
「そ、そうだったね。じゃあ早く帰ろうか」
メイベルは不思議なくらいネージュ伯爵令嬢に固執している。
「はい!」
メイベルは嬉しそうに力強く頷いた。
案内人の後について森を出た僕とメイベルは待たせておいた馬車に乗り込んだ。
他のグループの隊員達もすでに森の入り口に戻ってきていた。ざっと報告を聞いたところ、僕達と同様特に異常は見つからなかったようだ。
新しく立ち上げた組織は未だ知識、経験が共に不足している。隣の大陸の国々には同じような組織があり、それを参考にしているが人員の育成には時間がかかる。対魔物戦闘に関して我々はまだまだ素人なのだ。その中でも魔物との戦闘を経験したベルナール第二王子やノエル・サフィーリエ公爵令息、現在留学中のシモン・マルクール侯爵令息、聖魔術を使う事ができるメイベル・クロフォード嬢は貴重な戦力だ。
そして、おそらく彼らよりも更に強大な力を持つと思われるルミリエ・ネージュ伯爵令嬢。彼女に至っては精霊を従えている。
「ネージュ伯爵令嬢なら何か分かったんだろうか……。彼女が来てくれれば心強いんだけどね」
つい本音を呟いてしまった。
「そんなことをおっしゃったらサフィーリエ様に殺されますよ」
「ははは。そうだね。でもネージュ伯爵令嬢はそんなに体が弱いようには見えないんだけど」
「ネージュ伯爵家のご令嬢といえば、病弱で領地のお屋敷から出てくることがない幻の令嬢と有名だったそうですよ」
そうなのか。ならば婚約者の彼がネージュ伯爵令嬢の入隊を許さないのは当然だな。
「ノエル君は本当に彼女が大切なんだね」
「今までどんなご令嬢にも見向きもしなかったのにって、学園の貴族令嬢様方が嘆いておられました」
メイベルは興味無さそうに車窓に頬杖をついた。
「そうだね。僕もかなり意外だったよ。彼は無表情なことが多かったから。彼女の前ではあんなに表情豊かになるなんて」
「それほどルミリエ様が魅力的なんです!」
メイベルは瞳をキラキラさせて両手を胸の前で組んでいる。どうやらメイベルの瞳にもネージュ伯爵令嬢は一番魅力的に映っているらしい……。
「うん、そうだね……。道は遠そうだ」
「王都までは半日もかかりませんよ?」
「……うん。そうだね」
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サフィーリエ公爵家の領地は王都に近い場所にある。広大な土地で北方に雪を冠した山々が見える。広い森もあって散策するのにとてもいい所なんだ。三年生初の定期試験が終わった後、ノエル君に連れてきてもらった。
「あ、あそこのお花、綺麗!」
「本当。綺麗ねぇ。街中と違って空気が澄んでるわ」
ローズちゃんはとても気持ちよさそうに、木々の間を泳ぐように飛んでる。
「ルミリエ、足元気を付けて」
ノエル君と私は明るい光が射す森の中を手を繋いで散歩していた。
森の中にはぽっかりと開いた広場のような場所があって小さな百合みたいな白い花が群生してる。見渡せば色々な花があちらこちらに咲いてるのが見えた。あれ?視界の端っこに何がが動いた?何か白いものが低木の葉っぱの影に入っていったみたい。
「これは……」
気になってキョロキョロと見回しているとノエル君の硬い声が耳に入った。振り向くと目の前には大きな木。きっと何十年も生きてきたんだろう立派な木。
「可哀想……枯れかけてる……病気かな?」
「精気を吸われてるみたいね」
ローズちゃんが降りてきて私の肩にちょこんと座った。
「精気?命の力?」
「そんな所ね」
「でもどうして?」
私はそっと木に触れようとした。
「待って!ルミリエ!!」
「え?」
「危険かもしれない」
ノエル君に手を引かれて大木から離された。ノエル君どうしたんだろう?ちょっと大袈裟じゃないかな?
「大丈夫よ、ノエル。この木からは悪いものは感じないわ」
ローズちゃんの言葉に頷く私。その時小さなささやき声が私の耳に届いた。
助けて欲しい
って。
私はその大木に触れてみた。すっと力が抜ける感覚がして大木に少し活力が戻ったみたい。
「さすがね。ルミリエ。ちょっと元気になったみたいよ」
「そうなの?ローズちゃん」
ローズちゃんが言うならさっきの感覚は間違いないよね。それにしてもさっきの声はこの木の声だったのかな?
「……ここにも」
「ノエル君?どうしたの?顔色が悪いみたい」
「ルミリエ、今日は帰ろう」
「え?でも……」
「最近王国内のあちこちの森で同じように木や植物が枯れる例が報告されてるんだ」
「そうなんだ」
「動物の数も減っているらしい。調べてもどこも特に異常が無いんだけど、万が一にもルミリエを危ない目に合わせるわけにはいかない。すぐに屋敷へ戻ろう」
森の中は危ない感じはしなかった。でもノエル君がピリピリしてて、可哀想なくらいだったから私達はサフィーリエ公爵家のお屋敷に戻ることにしたんだ。
森を出る間際にまたささやき声が聞こえたような気がした。
助けて……
まだ足りないんだ……
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