春の日々
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たんぽぽが一斉に綿毛になって風にのって飛び立った。たくさんの綿毛で何も見えない。
いつの間にか白いウサギはいなくなっていた。
カタカタと朝の王都の石畳の道を馬車がいく。
「ルミリエ?大丈夫?今朝は少しぼんやりしてるみたいだね」
「え?そう?そうかな?」
昨夜の夢のことが気になってて考えこんじゃってた。メイリリー学園に向かう馬車の中、隣に座ったノエル君が心配そうに私を見てる。いつもは冷たい印象を与えるアイスブルーの瞳が、今はとても柔らかい光を湛えてる。
「あ、そうだ!今度のお休みはクロスご夫妻のアトリエへ行ってくるね」
ただの夢のことで心配をさせたくなくて、それには触れずに明るく言ってみた。
「う、うん。わかった……。僕も一緒に行こうか?」
ノエル君の顔が少し翳ったみたい。あれ?余計に心配させちゃった?
「ううん。ノエル君も忙しいだろうし、一人で大丈夫だよ」
「そう。………………ねえ、ルミリエ、やっぱり怒ってる?アッシュベリー侯爵令嬢の事……」
「え?ううん。シモン様やリンジー様、ベルナール殿下、アマーリエ王女殿下と同じでしょう?幼馴染」
「幼馴染って言いたくはないかな。本当に小さい頃に時々、茶会で会っただけだよ。彼らよりは交流ははるかに少なかったんだ。ただ、母親同士は子ども同士を婚約させようかって話してたみたいで。彼女はそれを真に受けたんだと思う」
ノエル君ははあぁって大きなため息をついた。
「ノエル君の小さい頃かぁ。可愛かったんだろうなぁ……」
「かわいいって……」
ノエル君は不本意そうに口をすぼめた。
「見たかったなぁ」
「ルミリエは……今の僕は嫌なの?」
「ううん。今のノエル君はすっごくかっこいいと思う!大好き」
「…………そう」
ノエル君、馬車の窓に頬杖ついてそっぽ向いちゃった。
「でも私ってノエル君の事あまり知らなかったんだなぁって思って……。このまま結婚しちゃっていいのかなって」
「っ!ルミリエ!まさか僕との婚約を後悔してるの?!」
バッと私の方を振り向いてノエル君が私の両手を掴んだ。早口でまくし立てるノエル君なんて珍しい。
「え?!そ、そうじゃなくて!ノエル君が前に私の事を知りたいって言ってくれたでしょう?私もノエル君の事もっと知りたいなって思ったんだけど……」
「……思ったんだけど?」
「ノエル君、今お仕事忙しいからまた今度でいいかな」
「仕事、辞める!!」
「えええ?!それはベルナール殿下が困るんじゃ……」
「かまわない!ルミリエ不足の方が深刻だから!」
モーネ王国騎士団魔術師特別部隊は人選がやっと終わって、隊員の編成と教育が進められてるんだって聞いたけど、大丈夫なのかな?
「プッ、あはははははははっ!」
私の肩に座って静かに話を聞いていたローズちゃんがいきなり笑い出した。びっくりした。
「振り回されっぱなしじゃない!ノエルって本当にルミリエが好きなのねぇ」
「っ!」
「ルミリエ、安心なさいな。ノエルはルミリエ以外眼中にないわよ!」
「ちょっと、ローズちゃん!からかわないでよ、もう!」
「……その通りだけどね」
「え?」
ノエル君の唇が私の頬にそっと触れて、馬車はメイリリー学園の前に到着した。
い、今の誰かに見られてない?は、恥ずかしいよ……。
「ごきげんよう!今日もお一人ですのね!」
あ、エリザベスちゃんだ。
「また来たわ……」
ローズちゃんが苦虫を嚙み潰したような顔をしてる。
ここの所毎日訪問(突撃?)を受けるから、昼休みは裏庭のベンチでお昼ご飯を食べることにしたんだよね。ローズちゃんも一緒に。ちなみにノエル君は生徒会のお手伝いに選ばれて、お昼は生徒会室に行くことが増えたんだ。生徒会長のベルナール殿下からリンジー様と一緒に副会長にって頼まれたけど断っちゃったんだって。裏庭といってもちゃんと花壇とかあって黄色いフリージアとかチューリップが綺麗に咲いてる。たんぽぽ……は咲いてないみたい。ちなみに花の形は同じでもこの世界での名前は別にあるんだ。
「あの、貴女ってその……」
ん?いつもなら「貴女はノエル様には相応しくありませんわ!」とか「わたくしの方がノエル様を良くわかってさしあげられるのよ!」とか言ってくるんだけど、エリザベスちゃんが口ごもってる……?
「今日はなんだかくねくねしてて気色悪いわね……」
お昼ご飯を邪魔されたローズちゃんのキツイ一言。気色悪いは言いすぎじゃないかな?
「今日はどうかなさいましたか?お腹でも痛いんでしょうか?大丈夫ですか?もしかしてお熱が……?」
「わたくしを小さな子どもみたいに扱わないでくださるかしら?!」
おでこに当てようとした手を振り払われちゃった。しまった。つい……。だって小さくて可愛いんだもん。
「こほんっ!その、貴女がこの前の舞踏会でお母様のドレスのデザインをなさったってお聞きしたのですけれど……、本当ですの?」
「え?この前……ああ!雪灯祭の。はい。クロスご夫妻のお手伝いをさせていただきました」
「あ、あのドレス、とても素敵だったわ!!お母様にとてもお似合いで!」
「それは良かったです」
そういえば褒めて下さった貴族のご婦人方の中にアッシュベリー侯爵夫人もいらっしゃったっけ。
「あ、貴女って意外な才能があるのね」
「意外って何よ?アンタよりずっとすごいのよ?ルミリエは!」
ローズちゃんがエリザベスちゃんの目の前に小さな指をつきつけてる。エリザベスちゃんには見えてないけどヒヤヒヤする……。
「私の魔術は光の魔術の応用で、幻影の魔術っていうんです。お好みのデザインや色のドレスを映し出すことができるんですよ」
「……思った通りのドレスを映し出せるの?」
「ええ。ちょっとやってみましょうか?」
「いいんですの?!」
「なにそれ。げんきんねぇ」
エリザベスちゃんの表情が少し緩んだのを見て、呆れるローズちゃん。
でも、私は嬉しい!やったー!着せ替え人形ゲット!!
「はい。アッシュベリー様にはこんな感じのドレスがお似合いになりそうですね……」
昼休みの残り時間の間だけだったけど、めちゃくちゃ楽しかったー!
「ルミリエってほんとにこういうの好きなのねぇ……」
ローズちゃんは夢中になってる私達を少し呆れたように見てたけど、お昼休みが終わるとどこかへ飛んで行ってしまった。お腹が満足して街へ散歩に行ったのかな?
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ノエル視点
「……そういえば、ノエルが第二王子に協力するのはルミリエを守るためなのに、仕事辞めるなんて無理でしょ?」
「…………」
「下手に優秀だと大変よねぇ……」
「…………」
「それにルミリエの力はものすごいからねぇ。そりゃあ、王家もチラチラ見てくるわよね」
「……っ」
いつものように授業時間中にローズにルミリエの様子を聞いていた。今日のローズはけっこうおしゃべりだ。菓子を渡すことを条件に、ローズには色々な仕事を頼んでる。最近では王都の外れの森へ行く途中の町で手に入れた焼き菓子を喜んでた。もちろんルミリエにもたくさん買い込んで来たけどね。ルミリエも喜んではくれたけど、どこか寂しそうな笑顔だったように思う。今度は二人で領地の森へ遊びに行こうと提案したら、今度は安心したように笑ってくれた。
それにしても、ただでさえ忙しいのに、やっと登校できた日の昼休みまで生徒会の仕事を手伝えなんて一体なんの拷問だ。でも最近はルミリエにも友人ができて、彼女達との付き合いも楽しそうだ。だからちょうどいいといえばそうなんだ。僕は無理矢理自分を納得させて、しばらくの間は我慢しようと決めた。もうすぐ魔術師団が本格的に始動する。そうすればまた以前のようにルミリエとの時間をゆっくりと取る事ができるんだから。
「そういえば、ルミリエはまたあの子どもに絡まれてたわよ」
「っ!」
「待ちなさい!どこ行くの?」
立ち上がろうとした僕にローズが制止の声をかけた。授業中、シンと静まり返った教室。教師の声以外にはペンを走らせる音以外聞こえない。この教室の中には精霊の姿を見たり声を聞いたりできる人間はいない。
『どこって、ルミリエの所に……』
僕も声ではなく目線でローズに訴えた。
「授業中でしょ!ルミリエもね!」
「…………」
「ルミリエは大丈夫よ。自分で対処できるって言ってたわ。慣れてるからって」
「…………」
「自分が人気者だっていう自覚あるでしょ?」
「…………ルミリエはずっと……」
僕は唇をかみしめた。ルミリエが学園に入学してからはなるべく一緒にいるようにしていたけれど、やはり完全に守る事は無理だったみたいだ。
「大丈夫よ。ルミリエはあれで結構強いんだから」
知ってる……。そしてルミリエは優しい。だから僕はもう……。
今すぐルミリエの顔をみたい。授業が終わると僕はすぐに立ち上がった。
「ルミリエは色々頑張ってる。勉強も対人関係も。病弱だった年数を取り戻すみたいに。もうこれ以上、余計なことに関わらせたくない」
「……それでルミリエを「仕事」から遠ざけようとしてるのね」
「静かで穏やかで楽しい生活をさせてあげたいんだ」
それが僕の心からの願いだ。
「……ルミリエはちょっと眩しいからねぇ……」
うーんと唸るローズに不穏なものを感じた。
「え?どういう意味?」
「何でもないわ。じゃあ、私は先にルミリエの所に戻るわね」
「ローズ?」
飛び去ったローズを追いかけて、教室を出ようとした僕に今の授業の教師が話しかけてきた。仕事で休んでいる間の分の課題についてだった。「後にしてくれ」なんて言うことも出来ずに話を聞くことになってしまう。ルミリエの事が気になるのに放課後までお預けを食らうことになった。
ルミリエの教室は同じ学年なのに階が違う。僕もローズのように飛んでいけたらすぐにルミリエの元へ行けるのに。早く……早く全ての色々な面倒ごとを片付けてしまいたい。ルミリエにいつも笑ってて欲しい。できるのならば、今すぐにでもルミリエをどこかに閉じ込めてしまいたい。でもそんなことはできない……。明るい春の光が届く窓際の席で、僕は埒もない事を考え続けた。
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