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パンケーキとシロップ

来ていただいてありがとうございます!



「ルミリエ!もういいんじゃない?」

「うーん、もうちょっと!表面がちょっと乾いてから」


「そろそろじゃない?」

「そうだね、ローズちゃん、えいっ」

私はパンケーキをひっくり返した。

「あらー!綺麗な焼き色ね!」


「……こんな所で二人して何してるの?」

ノエル君の少し呆れたような声に私とローズちゃんは振り返った。




メイリリー学園は冬休みに入った。


「パンケーキが食べたい!!ホットケーキミックスってないかしら?」

ってそんなのこの世界には無いよね。でも幸い小麦粉や卵や牛乳やバターはあるんだ。ちょっと名前が違うけれど、それと同じもの。実はお父様がマーロシロップっていう樹液のシロップを手に入れてくれたんだ。それがメープルシロップに似てたから、急に食べたくなっちゃったんだよね。


実はこの世界にも同じような食べ物があって、それをアレンジしたらなんとか出来たから、今日はローズちゃんと一緒にパンケーキを焼いてるんだ。ネージュ家の厨房の空いた時間を借りて二人で作ってるんだけど、他の人から見たらきっと私一人で大騒ぎしてるみたいに見えるんだろうな。ノエル君にも連絡してもらってお茶の時間に来て欲しいって頼んでおいた。



そんなこんなでお皿の上には何枚かのパンケーキ。もうすでにローズちゃんが少し食べちゃってるけどね。

「あ、ノエル君!もうすぐできるから一緒に食べよう!」

「うん。ああ、二人でケーキを焼いていたんだね。顔に粉が付いてるよ」

近づいて来たノエル君は私の頬をそっと拭ってくれた。アイスブルーの瞳が優しく細められた。あれ?ノエル君、また背が伸びたかも。何だかちょっとドキドキしちゃう。

「あ、ありがと、ノエル君」

「ほら!ルミリエ!焦げちゃうわよ!」

「ああ!大変!!」

この世界の厨房は少し使いづらいんだよね。あ、でもちょうどいいかも。このくらいの焼き色の方が私好み。焼きあがったパンケーキをお皿に乗せて、ワゴンで茶器と一緒に小さな応接室へ運んだ。うちの屋敷には大きいのと小さいのと二つの応接室があるんだ。


「一人二枚ずつね。切ったバターをのせて、マーロシロップをたっぷりかけて、はい、どうぞ!」

ローズちゃんとノエル君にパンケーキを勧めてから急いでお茶を淹れた。パンケーキはあったかいうちじゃないとね。バターを溶かして、シロップと一緒に口へ運んだ。

「……ああ~美味しい。久しぶり……!」

「本当だ。あったかいケーキって美味しいね」

「良かった」

ノエル君は公爵家の人だから、私の料理を食べてもらうのは緊張するよ。前世では一応お母さんの代わりにご飯を作ることがあったから、不味すぎることはないとは思うんだけどね。


「んー。あと四枚くらい食べたいわ」

小さく切ったパンケーキを一つずつ小さな手のひらで吸収しながら、ローズちゃんは嬉しそうに笑ってる。

「ローズちゃんは焼き立てをけっこうつまみ食いしてたよね?」

「シロップをかけた方が断然美味しいもの!」

「あはは。お父様に感謝しないとだね!」

「このシロップはネージュ伯爵が?」

ノエル君はパンケーキの食べ方も綺麗だな。

「そうなの!なんでもかなり遠い国の商品で、なかなかこの国へは入ってこないらしくて」

「そうか……。ルミリエはこのシロップが好きなんだね」

「ノエル君は知ってたの?」

「前に一度王宮で食べたことがある。風味が変わってるなとは思ったんだけど」

「王宮?そっか……高級品なんだね。私の世界ではこれに似たシロップが安くはないけど手に入りやすかったんだ」

蜂蜜もメープルシロップも大好きだったなぁ。懐かしい。あ、瓶の半分くらい使っちゃったから、後はお父様達にとっておこう……。一応私にお土産ってくれたんだけど、そんなに貴重品なら一気に使っちゃうと勿体無いよね。今度お父様とお母様にも食べてもらおうかな。お茶に入れても美味しいよね。



「マーロシロップか。灰の王国の交易相手国から入って来る商品だったかな」

ノエル君はシロップの入った瓶を手に取った。お皿の上のパンケーキは無くなってる。全部食べてくれたんだ。嬉しいな。

「ねえ、ノエル君、結婚したら時々私が料理をしてもいい?」

「…………」

ゴトリと瓶がテーブルに置かれた。あ、嫌かな?やっぱりちゃんとした料理人のご飯の方が美味しいもんね。それに私が厨房を使うのはお父様にもあまり良い顔されないんだよね。でもやっぱり時々前世の食べ物が恋しくなるんだ。無理かな?


「あら、ノエルったら顔真っ赤よ?そんなに嬉しいの?」

「ローズ!」

あれ?もしかして好感触?

「ノエル君は貴族令嬢が料理をするのは駄目じゃない?」

「ルミリエがそうしたいなら、好きなようにしてくれた方が嬉しいよ……」

ちょっと俯き加減で呟くノエル君。

「違うでしょ、ノエル。あのねルミリエ、ノエルはあなたから「結婚」って言葉が出たのが嬉しいのよ」

「ローズ!!」


え?あ、そうか!私さっき「結婚したら」って言った?思い出すとちょっと恥ずかしいかも。でも一年くらい経ったら私、ノエル君と結婚するんだよね。最近は結婚式とか新居の具体的な話も出てきてるんだ。わっ、少し緊張してきちゃった……。


「…………」

「…………」

ちょっとの間沈黙が降りる。


「えっと、そんなにそのマーロシロップが好きなら、もっと国内に流通するように働きかけてみるよ」

「え?そんなことできるの?」

「うん。特に必需品という訳ではないから力を入れてないけど、ちょっと調べてみる」

「わあ!ありがとう!ノエル君!」

「……溺愛ねぇ……甘いわぁ」

ローズちゃんは小さく切ったパンケーキの最後の一かけらを吸収して満足そうに笑った。




「灰の王国かあ……。ねえノエル、今オスカーがこの国にいるんでしょう?」

ローズちゃんがマーロシロップの瓶を見ながら頬杖をついた。さっきノエル君はこのシロップが灰の王国から入って来たみたいなこと言ってたっけ。産出国から直接買えたら少しは安くなるのかな?

「ああ。今回の件で白の王国は灰の王国に対して有利な立場に立ったから、主に交易や関税に関して色々な条件を呑ませたらしい。けど相手もなかなかしたたかだよ。廃嫡だの追放だの言ってオスカー王子をこちらへ送り込んで来た」

「魔物との戦闘技術やら()()()()を盗ませるためね」

ローズちゃんの言葉にノエル君の顔が険しくなった。


え?そうだったの?てっきり国に居づらいから出奔してきたか、させられてきたんだと思ってた。お茶のおかわりを入れながら、ローズちゃんにはクッキーもお皿に出してあげた。


国同士の駆け引きとかは私には良く分からないけど、逃げた魔人がどこへ行ったのか分からない以上、周辺国が協力して警戒するのは悪い事じゃないと思うんだよね。盗ませるとかじゃなくて、一緒に戦えるようになるといいのに。メンツの問題とかがあるのかな?


「ルミリエやローズには申し訳ないけれど、僕やシモン、そしてクロフォード嬢とで魔人と戦ったと報告してあるんだ」

ノエル君が申し訳なさそうに私を見てる。

「え?それって間違ってないよ?私はローズちゃんに助けてもらって防御してただけだもの」

魔人を追い払ったのは聖女様とそれを守る勇者様達だったもんね。

「ただ、ローズちゃんも頑張ってたのにね」

「人からの評価とか、どうでもいいわ」

「そっかぁ……」


「…………。まあ、いいや。とにかくルミリエは今後魔物関連の事やオスカー王子に接触しないようにね」

「うん。分かった」

ノエル君に安心してもらいたくて即答した。ノエル君は私の事をとても心配してくれるから、いつも申し訳なくなっちゃうな。私は普通の貴族令嬢の皆さんよりはたくましいんじゃないかなって思ってるから。それに私はお城へ行く機会なんてそうそうないから大丈夫だと思う。うん。

「相変わらず過保護ねぇ……」

ローズちゃんは苦笑しながらクッキーを一枚吸収した。その小さい体のどこに入るの?パンケーキとクッキー。





「ルミリエ、そろそろその……ドレスの準備を始めよう」

ノエル君が帰り際に少し口ごもりながらそう言った。

「ドレス?えっと雪灯祭の舞踏会の?」

「……婚礼衣装のドレスの方」

「あ……!うん……!」

顔が熱くなってきちゃった……。

「年が明けたら、デザイナーを屋敷へ呼ぶから。来年は兄上とアマーリエ王女殿下との婚礼もあるし忙しくなるけど、僕達の予定もずらしたくないから少しずつ着実に進めて行こう」

「はい。よろしくお願いします」

「じゃあ、また明日」

ノエル君はそっと私に口付けると夕暮れの中、馬車に乗って帰って行った。


「もうちょっと一緒にいたかったな……」

「明日にはサフィーリエ公爵家にお呼ばれしてるんでしょ?またすぐ会えるじゃない。それに結婚したら、ずっと一緒じゃないの」

ローズちゃんがちょっと呆れたように私の肩で笑った。

「それもそうだね」


嬉しかったり、切なかったり、楽しかったり、寂しかったり、ノエル君といると色んな気持ちでいっぱいになる。結婚なんてしたらどうなっちゃうんだろう?毎日ドキドキしっぱなしかも……。












ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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