捕縛
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黒い圧力が高まる。みんな動けずに押し付けられるようにしゃがみ込んだ。オスカー王子は嬉しそうに顔をゆがめた。
「私は魔人と呼ばれる存在だ。魔物ではない」
「魔人だって?!」
シモン様が酷く驚いた、焦ったような声を上げた。
「昔、力の強い魔術師と戦って、不覚にも追い詰められ宝石に封じられ更に砕かれて各地に封印された。
愚かな収集家が研究の為に宝石を集め始め、私は力を取り戻した。
私はオスカーの手に渡り、魔力がそこそこ強かったこの男を利用する事にした。この男は自分を特別だと思っていたようだがな。
コア(脳)がオスカーの力を吸い取り、黒い靄という触手(神経)を伸ばし、体のもと(生命力)を集め始めた。オスカーや職人を操ってブレスレットとして力を集めてきた。
当初私はこの国で力を集めるつもりだった。まずは私の形を取り戻す命の力を。しかしオスカーの意思が影響してか、自国に被害を出さないために白の王国に私の分身のブレスレットをばらまくことになった」
オスカー王子、ううん、「魔人」って言ってたっけ。魔人が夢見るように話し続けてる。
「酷い……。白の王国ならどうなってもいいの?」
メイベルさんが苦しそうに呟いた。
「そこでまずメイベルを見つけた」
魔人がメイベルさんを見た。
「うげっ」
メイベルさんが可愛い顔に似合わない声を上げた。
「美味しい餌として。そして更にもっといいものが近くにあった。それがルミリエ、君だよ。最初はメイベルのおまけとして、精霊がそばにいるのを目撃し気になるようになった。そして魔術大会で確信したのだよ。君の力はメイベルよりも強い。その力を取り込んでもっと強くなろうと考えるようになった」
「ルミリエを呼び捨てにするな!」
ノエル君が立ち上がった。え?怒るとこ、そこ?
「そうよ!ルミリエ様は餌じゃないわ!」
メイベルさん?そもそも最初はあなたを餌扱いだったよ?
黒い靄が部屋中に充満した時、シモン様がお部屋の四方に仕掛けた魔術道具が発動した。ノエル君が気を引いてる間にこっそりシモン様が動いてたんだ。私が魔法でシモン様の姿を映して誤魔化してた。
「何だ!これは!」
光の檻が出現して大きく靄ごとオスカー王子ごと取り囲んだ。
「よし!成功だ!」
シモン様が嬉々として話し始めた。
「これはね!魔物の魔力に反応して封じ込める魔術道具なんだ!魔術の研究機関って本当に対魔物に関する魔術道具が多いんだよ!」
キラキラした目で楽しそうに説明するシモン様の声に呼応するように、光の檻が狭まって小さくなっていく。黒い靄は檻の中にどんどん凝縮されていった。そしてオスカー王子の体が光に包まれた時、隣の部屋や廊下で待機していた兵士さん達がなだれ込んできた。アマーリエ王女殿下にお話をして灰の王国の王太子殿下に説明してもらってたの。でもまさか、魔人の本体がオスカー王子の中にいるなんて思ってなかったから、驚いちゃったよ。
「私に触れるなっ!」
兵士さん達がオスカー王子の体を押さえた。
「信じられない。この目で見てもまだ」
兵士さん達を率いて来た灰の王国の王太子様は、オスカー王子の様子を見て言葉を失った。いつも穏やかな表情だった姿は影をひそめて、同一人物とは思えない程の恐ろしい顔でこちらを睨みつけている。
「私達にできるのはここまでです。さすがにこれ以上は不敬でしょう。後の対処はそちらにお任せします」
ノエル君が王太子殿下に告げると、王太子殿下は少し困ったような顔をした。
「しかし、これを一体どうしたらよいのか……。ひとまず貴族牢か離宮に閉じ込めておくか。サフィーリエ殿、提案があるのだが……」
「恐れながら王太子殿下、その提案はお受けできません。先程のオスカー王子殿下のお話ですと貴国の王子殿下が我が国に危害を加えたことは明白です。これ以上の話し合いや協力の要請は国家間のやりとりで行われるべきと愚考いたします」
「…………そうだね。失礼した」
王太子殿下はメイベルさんと私に視線を向けると兵士さん達に命じてオスカー王子を連れ出させ、ご自分も部屋を出て行った。
「王太子殿下はクロフォードさんとルミリエ嬢に浄化もしくは魔人を倒させようとしてたってことか」
私達以外がいなくなった部屋の中でシモン様が腕を組んだ。
「助けてあげたいですけど、難しいかもしれません」
「そうですよね!だって、魔人に取り込まれた人を一人解呪するだけでも大変だったのに!その本体なんて無理です!」
メイベルさんが憤慨してる。
「その通りだ。ルミリエの気持ちはわかるけど危険すぎる。僕達の仕事はここまででいい。あとは当事者が何とかすべきだ」
私の魔法は意外と何でもできちゃうのかもしれない。魔力も前世の妹のおかげでたくさんあるみたい。でも、その魔力を扱う体力が持たないんだ。大きな井戸があって水が豊富でもポンプが無ければ汲める水の量が限られちゃうみたいな感じかな?大きな魔法、強い魔法を使うとあっという間に体力が持って行かれちゃうんだよね。特に今回の魔人相手はそれが顕著だった。いつもの楽しい魔法なら全然平気なのにな。
「さあ、疲れたでしょ、ルミリエ。今夜はもう休もう。明日には帰国だからね」
「大丈夫でしょうか……」
私はなんだか不安が消えなかった。
「とりあえずは魔術道具が抑えてくれてるから、その間に機関や赤の王国と連絡を取れば対処法は分かると思うよ」
シモン様が明るく答えてくれた。
「そうですよ!私達は頑張ったのであとはお任せしましょう!」
シモン様やメイベルさんが部屋に戻った後、ノエル君が部屋まで送ってくれた。
「じゃあ、今夜はゆっくり休んで」
「待って!ノエル君」
私はノエル君の袖を引っ張った。
「ルミリエ……?」
「もう少しだけ一緒にいたいんだけど、ダメ?」
無理なお願いだけどだめもとで言ってみたんだ。本当はノエル君も疲れてるはずだから休んで欲しい。でも不安で仕方が無かった。
「……わかった。いいよ」
ノエル君はそっと抱きしめてくれた。
「今度は僕の理性と戦ってみるよ」
「え?」
「冗談だよ」
部屋の中は暗くて誰もいなかった。
「あれ?メイドさんがいないね?」
部屋付きのメイドさんが誰もいなくて不思議な感じがした。着替えは一人でもできるから大丈夫だけどなんだか変な気がする。ドレスを手早く脱いで動きやすい服に着替えた。あ、もちろん隣の部屋でね!
「おかしいな。人がいなくなったみたいに静まり返ってる。まだ舞踏会が終わる時間じゃないのに」
窓から外を見ていたノエル君が訝し気な顔をしていた。
「ノエル君……」
「僕から絶対に離れないでね」
ノエル君は私を抱き寄せ、私もノエル君にしがみついた。窓から見える外は闇が深い気がする。
けたたましいノックの音が響いた。
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