紅葉狩り
来ていただいてありがとうございます。
うちのおじいちゃんは空手の道場をやってた。母方の祖父母の家は都会と田舎の間ぐらいにあって、よく夏休みとかに遊びに行ってた。電車で一時間くらいかな。妹と一緒に着替えなんかを入れた大きなバッグを抱えて泊りに行ってた。空手を教わることもあったんだけど、私はあまり長続きしなかった。妹は運動神経が良かったので楽しそうに稽古を続けてた。
祖父母の家は日本家屋。過ごし方も食事も純和風。畳に正座、お花を生けたり、掃除は雑巾がけだったりしたな。厳しいけど優しい人達だった。
季節の行事も楽しかった。お正月には羽根つきとか双六とかかるたとかコマまわしとか。昔のおもちゃが大切にとってあった。
春にはお花見したり、夏は花火したり、秋はお月見、冬は雪だるまつくったり、おばあちゃんに編み物を教わったり。
「紅葉狩りも秋によく連れていってもらったんです」
「紅葉した木々を見ながら、食事をするんだっけ」
ノエル君は私の前世の話をよく聞きたがる。紅葉狩りという言葉に反応したのはちょうど秋の季節で、木々の葉っぱが色づいてきたからかもしれない。
「はい。おばあちゃんのお弁当はとっても美味しいので、私と妹はとても楽しみにしてました」
都合が合えばお母さんも一緒に来て、私も妹もとても嬉しかった。
「今週末、紅葉狩りに行こう」
ノエル君に提案されたので私はお弁当を作って持っていくことにした。といっても全部を一人でつくるのは無理だったので、ネージュ伯爵家の料理人の人達に助けてもらった。
お米が手に入ったので、ご飯を炊いてみたんだけど、おにぎりにするには向かなかったから今回は諦めた。うーんちょっと残念……。どっちにしろ海苔はないし、まあいいかな。
卵焼きと鳥肉のからあげをなんとかつくることができたので、それを持っていくことにした。三雲家卵焼きは甘い味なんだ。おしょうゆは無かったけどスパイスを組み合わせて近い味にしてみた。後は定番だけどサンドイッチとか果物とか焼き菓子。
お母さんが忙しかったから、私も妹も家事を分担してたんだ。だから料理も少しならできる。夏休みとかにはおばあちゃんに教えてもらったりしてたしね。お母さんとかおばあちゃんには全然届かないけど。
出来上がったお弁当をバスケットに詰め終わって一息着いた頃、ノエル君が迎えに来てくれた。屋敷のエントランスで、
「お嬢さんをお預かりします」
って私の母に向かってにこやかに挨拶してる。
今世の私の両親、ネージュ伯爵夫妻はとても優しくて温厚な人達。お父様とサフィーリエ公爵様、つまりノエル君のお父様は学生時代からの親友なんだって。以前、病弱だった私と治癒魔術師のノエル君のお兄さんとの縁談のお話があったのはその為だった。
「お待たせしました」
私が持ったバスケットを自然に持つと、
「ごきげんよう、ルミリエ。今日もかわいいね」
と指先に口付けた。
「ノ、ノエル君っ!」
毎回こうしてくれるんだけど、私は慣れることができない。両親とか他の人の前ではちょっと恥ずかしいのだ。両親や、見送りに出てきた屋敷の人達は微笑ましそうに見てくる。私は頬が赤くなるのを自覚しながら
「行って参ります」
と言って馬車にのせてもらった。
「最近のルミリエはリンジー嬢とばかり一緒にいてつまらないよ」
ノエル君はそう言いながら、馬車の中で私の肩を抱き寄せた。
「ごめんなさい。魔術大会の打ち合わせと準備で慌ただしくて」
「演劇をやるんだっけ?」
「はい。演劇っていうよりはショーのようなものですけれど」
「派手好きなリンジー嬢らしいね」
ノエル君は苦笑した。
リンジー様と私は、リンジー様のご友人の方々と一緒に舞台をすることになった。私は幻影魔術で舞台装置と照明の係だ。魔術大会は魔術を使う文化祭と体育祭みたいなもので、メイリリー学園の秋の一大イベントなんだそう。外部からもお客様がたくさん見にいらっしゃるんだって。
馬車は小一時間走ると動きを止めた。ノエル君との話に夢中で外を見ていなかった私は、外に出て驚いた。
「山が真っ赤!」
王都の近くにこんな場所があるなんて。少し開けた野原に赤や橙に紅葉した木々が生えてる。そして少し遠くには赤い山々。さらに遠くには雪をかぶった嶮しい連峰が見えた。私には木の種類は良く分からないけれど、紅葉、楓だっけ?の葉っぱよりずっと大きな葉がハラハラと風に散って来ている。
「すごいです!こんなにすごい紅葉は見たことが無いです!」
「それは良かった。連れてきて良かったよ」
御者の人が布を広げてくれて、私達はちょっと早めのお昼ごはんにした。
「これとこれは私が一人でつくりました。あとは私はお手伝いしただけです」
卵焼きとからあげ、そして前日に焼いておいたフィナンシェに近い焼き菓子を指さして説明した。
「うん。どれも美味しいな。特にこれが好きだ」
そう言ってノエル君がフォークで刺したのは甘い卵焼きだった。ノエル君は結構甘いものが好きみたい。一緒に来てくれた御者の人達にもおすそ分けして、ノエル君と私はのんびりと景色を見ながら食事を楽しんだ。
「ルミリエ、寒くない?」
ポットに入れてきた温かいお茶を飲んでると、ノエル君がそう言って薄手のブランケットをかけてくれた。
「ありがとうございます。ノエル君」
ノエル君は本当に優しい人だ。頭も性格も良くて、いろいろな才能があって、とても綺麗で……。時々考えてしまう。もし私がここに転生してこなかったら、ノエル君にはもっといい人がいたんじゃないかなって。私の心の中の小さな棘。でも、それでも私はノエル君と一緒にいたいから頑張るしかない。とりあえず当座の目標は魔術大会で良い成績を修めること。魔術大会の結果は成績にも反映されるから、みんな気合を入れているのだ。
「ノエル君は魔術戦の方に出るんですよね?」
前にもそう言っていたけれど、ノエル君は魔術大会自体が面倒らしい。ノエル君くらい成績が良ければそんな風に思うんだろうね。だって試験は毎回ぶっちぎりで学年トップなんだもの。すごいなぁ。
「うん。まあ、今回は少しだけ頑張ってみるよ」
「はい!楽しみにしてますね!ノエル君なら少し頑張ったら優勝しちゃいそうですね。そうなったら私何でもしちゃいますよ!」
私はノエル君のかっこいいところが見られるかも、と嬉しくて浮かれて調子よく言ってしまった。
「……なんでも?」
ノエル君の雰囲気がちょっと変わった。
「あ、えと、私のできる範囲でですけれど……」
前にも頑張ったご褒美が欲しいと言われてたので、深く考えすに言ってしまったのだけれど、なんとなくまずかった?でもノエル君だしそんな無茶なことは言わないよね?
「……うん、なんかやる気出てきた」
夕焼けをバックにノエル君は不敵に笑った。
「さあ、名残惜しいけどそろそろ帰ろうか。随分寒くなって来たし」
そう言ってノエル君と私は手を繋いで馬車へ戻った。屋敷に到着する直前に馬車の中でキスをすると私の耳元に囁いた。
「約束、忘れないでね」
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