舞踏会の夜
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「ルミリエ、大丈夫?疲れてない?」
「うん。平気」
「行こう。僕から離れないで」
「うん」
灰の王国での三日目の夜。王家主催の「秋の恵みを祝う舞踏会」が開催される夜。
ノエル君と私はドレスと正装に着替えて煌びやかな舞踏会の会場へ足を踏み入れた。
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明かりを落とした部屋の中、待ち望んだ姫君がソファに横になって眠っている。彼女がデザインしたというドレスは彼女にとてもよく似合っている。魔術だけじゃなく、そういう才能もあるのだ。素晴らしい。月明りの中でその蠱惑的な琥珀色の瞳が開いた。
「やあ……。虹色の姫君。お目覚めかな?」
「どなたかとお間違えでは?私は伯爵家の娘です。オスカー王子殿下」
身を起こした彼女はこの状況に全く動揺していない。とても肝が据わっているようだ。それどころかこちらを冷たい目で睨みつけてくる。
ルミリエ・ネージュ伯爵令嬢。彼女をこの部屋へ連れ込むのは案外簡単だった。ノエル・サフィーリエはこの灰の王国でも人気で、すぐに令嬢達に囲まれてしまったし、ルミリエ嬢は一人でいたところにあの精霊の話をちらつかせたら、簡単について来たから。後は魔術道具で眠らせてここへ運び込んだ。今頃あの愚かな婚約者殿は慌てている頃だろう。こんな、上質な……宝物から目を離す方が悪い。
「そんな毅然とした態度がいつまで続くかな?ふふ。こんなところに私と二人きりなんて。この状況は彼に知られると良くないよね?ねえ、このままこの灰の王国に留まってくれないかな?」
私はルミリエ嬢に近づき、透き通った薄紅色の石を掲げて見せた。
「君のお友達もここにいるから寂しくないよね」
「ローズ……ちゃん?鉱石に?」
「そう。引きこもってしまって困ってるんだ。力を貸してもらおうと思ってるのに。勿論君にもメイベル嬢にもね。どうかな?ノエル・サフィーリエは確かに美しく優秀だ。だが、魔術においては平凡だ」
「なにが仰りたいのですか?」
「君には稀有な才能がある。特殊な力、そして精霊を従えられる才能。僕と同じだ。ルミリエ嬢、君には私の方が相応しい。そして私には君が相応しい」
「そのようなことは……」
私はルミリエ嬢の頬に手を伸ばした。
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「ノエル君に触らないで!」
私はオスカー王子の手から薄紅の石を奪い取り、オスカー王子を突き飛ばしてノエル君も奪い返した。だって気持ち悪くて我慢できなかったんだもん。だってオスカー王子、私を押し倒そうとしてるんだよ?
「ありえませんっ!私にはノエル君しかいませんっ!!」
「あっ!こら!ルミリエ!出てくるなって言ったでしょ?ったく!」
ノエル君に小突かれた。痛くないけど。
「ルミリエ嬢が二人?なんだ?どういうことだ?今、ルミリエ嬢はどこから現れた?」
あ、オスカー王子、混乱してる。そりゃそうだよね。今この部屋には私が二人いるように見える。私は幻影の魔法を使ったんだ。二人の私のうち一人はノエル君が化けてる。そして魔術の研究機関から借りたっていうフード付き透明ローブを着たシモン様とメイベルさんもここにいるんだ。
あのね、透明ローブって何?どこかで聞いたことある魔術道具だよね?私はいつか絶対に魔術の研究機関に行こうって決意したよ!私も透明になる魔法を必死で練習してたんだけどなぁ。私ができないって思ってると私の魔法は発動しないみたい。これ、新たな発見だった。
「ローズちゃん!」
私は胸に抱いたローズクオーツに話しかけた。石がほんわりと熱を持つ。答えてくれたみたい。
「ローズで間違いない?」
ローブを脱いだシモン様の問いかけに頷いた。
「はい。あったかいです」
不意に声が聞こえた。
気を付けて……オスカー、ただの人間じゃない……強い……
「ローズちゃん、うん、わかった……」
私はローズちゃんの石をポケットにしまった。
「ローズ?なんて?」
ノエル君はオスカー王子から目を離さない。
「ただの人間じゃないって。強いって言ってます」
「そうか……」
「見て下さい!……黒い靄が!」
メイベルさんが叫んだ。
混乱するオスカー王子は頭を押さえて苦しそうにしてる。
「やめろ、もうやめてくれ……!」
オスカー王子の体から黒い靄が噴出してくる。
「お前は黙っていろ!もうこれは私の体だ」
オスカー王子は自分を抱き締めて床に膝をついた。
「お前は力を欲したはずだ。私がその力を与えてやる。お前を見下していた連中を見返してやれ。王に相応しいのは自分だと!」
「そんな……ことは……僕はただっ……」
オスカー王子が一人で会話してる。その間にもオスカー王子の体は黒い靄にどんどん包まれていってる。「これは一体……?」
ノエル君が眉をひそめる。ああ、これ、たぶんよくあるやつだ。魔物に体を乗っ取られかけてるってことじゃないかな?
「オスカー王子の中に魔物がいるんだと思います……」
メイベルさんと一緒にオスカー王子を見かけた時、オスカー王子もあのブレスレットを持っているんだと思った。だから、ローズちゃんを取り返すついでに解呪できたらって思ってたんだ。だけど他の人と黒い靄の密度が違う。
「いつからそうだったのかわかりませんけど」
「私もそうだと思います」
メイベルさんも目を凝らしてオスカー王子を見てる。
「そんな……。だとしたらどうしたらいいんだ」
シモン様も苦しんでるオスカー王子を見て困惑してる。
「どこかにあの魔物の本体があるんじゃないかと思って探してたけど、まさか人間の中になんて……」
「…………悩む必要なんてないさ」
オスカー王子がすっと立ち上がった。
「君たちは灰の王国からは逃げられないのだから」
月明りを背にしたオスカー王子は真っ黒な靄に包まれていた。
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