灰の王国
来ていただいてありがとうございます!
「ここは灰の王国の……。僕の部屋か。帰って来たんだ……」
僕の右手には赤い石。左手には薄紅の石。
「来ては駄目だ…………。いやいや、来てもらわなくては困るよ。ね?精霊さん?」
僕の意識はまた深く深く沈み込む……
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馬車の列が灰色の石畳を走る。
「灰の王国はまだ温かいですね」
「そうだね。白の王国はもう晩秋というか初冬だけど、こちらは秋真っ盛りというところだ」
「灰の王国は白の王国と南の国境で接しているからね。季節の進みがゆっくりなんだろうね」
私は馬車に揺られながら、メイベルさんとノエル君とシモン様の会話を聞いていた。灰の王国の王都の街はお祭りの賑やかな喧騒に満ちていた。華やかな装飾、楽しそうな人達の笑顔。とても人が多くて賑やかな国だ。
灰の王国は白の王国よりも東の大陸との交易が盛んで技術が入って来る。主な交易相手の赤の王国は魔術道具の開発が盛んで、その赤の王国はシモン様の留学先の魔術の研究機関の最大のスポンサー国でもある。ローズちゃんみたいなはぐれ精霊を従わせる魔術道具なんかもあるのかもしれない。
「ルミリエ?大丈夫?顔色が悪いよ」
「あ、はい。大丈夫です」
私は慌ててノエル君に笑って見せた。いけない。ローズちゃんを心配してるのは私だけじゃない。しっかりしなきゃ!
「ローズは精霊だ。滅多なことにはならないよ。きっと」
ノエル君がそう言って手を握ってくれた。優しい笑顔を見てると安心する。
「ローズは鉱石の精霊だから、ああ見えてかなり長く生きてる。その分力が強いと思う。精霊は長く生きてる方が強力な力を得ていくと向こうで学んだんだ。だから大丈夫だよ」
シモン様が人差し指を立てて説明してくれた。
「ありがとうございます。シモン様」
「…………やっぱりルミリエ様って凄い……!氷のサフィーリエ様は勿論ですけれど、マルクール様も難攻不落って言われてるのに……」
メイベルさんがぽそりと呟いた。
「何の話?」
「え?僕?」
ノエル君は不機嫌そうに、シモン様は心底意外そうに聞き返してる。その表情がなんだかおかしくて私は思わず小さく笑ってしまった。ああ、ダメだ!気を引き締めないといけないのに!ちょっと反省!
「ようこそ、アマーリエ王女殿下、そしてご婚約者殿。皆様も!」
「お招きに預かり光栄ですわ。王太子殿下」
灰の王国の王城に到着後、アマーリエ王女殿下とフランシス様の灰の王国の王太子殿下との挨拶が行われた。その後、みんなで灰の王国の王宮の中に用意してもらったノエル君の部屋に集まった。
「緊張しましたね、ルミリエ様」
「ええ。本当に」
メイベルさんも私もアマーリエ王女殿下の後ろにいたんだけど、いただけで凄く緊張しちゃった。外国の王室なんて一生縁が無いと思ってたから。今日はオスカー王子は姿を現さなかった……。ローズちゃんの事をすぐに聞けるかと思ってたから、気が抜けちゃった。
その後はお茶を飲みながら、灰の王国のお城の人にこの後の日程を説明してもらった。まず明日は私達は収穫祭の見物。二日目の夜に舞踏会出席と他の王族の方々にご挨拶。三日目に帰国。チャンスは二日目の夜だ。オスカー王子に会ってローズちゃんの事を聞けるのはたぶん舞踏会のタイミングだけ。
「何か意図があるのなら、向こうから接触してくるだろう。ローズという餌を用意してルミリエを呼び出したんだから」
「……え?私?」
ノエル君の言葉にすごく驚いた。
「…………ルミリエ様鈍すぎです。少し心配になります……」
え?私って鈍いの?メイベルさんの言葉に少しショックを受けた。
「うん。その……どう考えても今回のオスカー王子の狙いはルミリエ嬢だと思うよ」
シモン様もノエル君の言葉に同意した。変装の為に茶色に変えた髪をしきりに気にしてる。
「え?てっきり、私はメイベルさんのおまけだと思ってました」
「勿論クロフォードの力も欲しいと思ってるんだろう。でも、じゃあ、ローズの事は?」
「えっと、ローズちゃんみたいな精霊の力が欲しいのかと思って。私がローズちゃんと契約してないのを知って喜んでたみたいでしたし。でも無理やり連れて行ったのなら、助けてあげないとって思ったんです」
ノエル君とシモン様、そしてメイベルさんは顔を見合わせて困ったようにしてる。え?あれ?そっか、ローズちゃんの力が欲しいなら、ローズちゃんを黙って連れて行けばいいんだ。わざわざ私に知らせる必要もない。おびき寄せられたんだ。私、バカだ……。
「たぶん、オスカー王子は気付いてる。ルミリエの力が特別なものだと」
「うん。魔術に詳しいのなら、間違いなくそうだろうね」
ノエル君とシモン様は厳しい顔で頷き合った。
「そうなんですか……」
何の為に私の力が要るんだろう?疑問は残るけれどオスカー王子がローズちゃんを連れて行ったのが私のせいなら、尚更ローズちゃんを助けなきゃって強く思った。
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ルミリエとクロフォードが休むためにそれぞれの部屋へ戻った後、僕とシモンはまだ話を続けていた。
「それにしてもノエル、よくルミリエ嬢がこの国に来ることを許したね」
「たぶん止めてもルミリエは聞かないだろう。それに僕は招待を断れない。ベルナール殿下の名代だからね。僕がいない間にルミリエに何かされるかもしれない。なら、一緒にいてもらった方がいい」
「そうか、確かにそうだね」
シモンは腕を組みうんうんと頷いている。シモンは今回招待をされていないが、少しだけ姿を変えて僕の従者としてついて来てもらった。髪の色を茶色に変えて前髪で目を見えなくしているだけだが、随分と印象が変わるものだ。
「それにローズはルミリエの友人であり、僕らの仲間だから意思を曲げられているのなら助けたい」
報酬は支払ってるけれど、シモンとの連絡などローズのおかげでかなり助かっている。それにローズはルミリエをとても大切に思っているのが伝わって来ていた。
「うん。そうだね。ローズにはとても助けられてるし」
シモンもどうやら同じ思いのようだ。
「オスカーは絶対にルミリエに接触してくる。おそらく舞踏会の夜だ。だけど僕はルミリエをあいつに会わせるつもりはない」
「え?そんなことできるの?」
「ちょっと考えがあるんだ」
僕はシモンに笑い返した。
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なんだか落ち着かなくてメイベルさんの部屋に遊びに行ってしまった。メイベルさんも同じだったみたいでとっても喜んでくれた。私達の部屋は王城の二階の東の端にあって、綺麗な庭園が見渡せる景色の良いお部屋だった。一部屋空けてノエル君とシモン様のお部屋も同じ階にある。
メイベルさんと一緒にお庭を眺めて咲いてるお花の事なんかを話していたんだ。その時。
「あ、あそこ!オスカー王子がいらっしゃる!」
私はすぐにでも外へ飛び出して行きたいって思ったけど、オスカー王子は一人じゃなかった。
「他の国からの招待客のお相手でしょうか?」
メイベルさんの言う通り、外国の人達にお庭を案内してるみたい。
「ええ。民族衣装のような服装をしてますね。綺麗な刺繍……。あれ?」
オスカー王子の体が変だ。私はもっとよく見ようと窓に貼り付いた。
「ルミリエ様、どうしました?」
「えっと、黒くないですか?」
「ええ、確かにオスカー王子の髪は黒髪ですね」
「いえ、そうじゃなくて……。黒い影が……」
目を凝らすメイベルさん。
「…………あ!」
メイベルさんにも見えたみたい。オスカー王子の体の輪郭から黒い靄のようなものが出てるように見える。前はこんな風には見えなかった。何だろう、あれは。魔術大会とか、白の王国のお城でみた魔物に似てる気がする。
「ノエル様達に伝えに行ってきます!」
「待って下さい!私も行きます!」
メイベルさんと私は二人でノエル君のお部屋へ向かった。
なんだか凄く嫌な感じがする。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




