緊張
来ていただいてありがとうございます!
「そんなに怖い顔で睨まないでください。ノエル・サフィーリエ殿」
一人でバルコニーへやって来たオスカー王子殿下は私達から距離を取って立ち止まり両手を肩の位置まで上げた。降参のポーズみたい。
「いえ、これが私の普通の顔ですよ」
微笑んだノエル君のアイスブルーの目が笑ってない。私達は礼を取ったけど、オスカー王子殿下は必要ないというように手を振ったので私達は立ち上がった。
ノエル君と私に緊張が走ったけど、ん?良く考えてみたら、オスカー王子殿下は別に悪人でも犯罪者でもない。お嫁さんを探しててメイベルさんを気に入ってるだけの普通の隣国の王子様だよね。そんなことを考えて私が肩の力を抜いた瞬間だった。
「今日もあの小さな精霊はいないんですね」
「!」
ちらりと私の方にオスカー王子殿下の視線が飛んできた……!び、びっくりした……!そうか、この方も精霊が見える人なんだ……。ちなみに最近のローズちゃんはお留守番の事が多い。
「何のことでしょう?」
ノエル君がオスカー殿下の視線を遮るようにゆっくり私の前に進み出た。思わずノエル君の背中にしがみついちゃった。
「隠さなくてもいいですよ。私も見える方の人間なだけですから。あなたがたにも見えているのでしょう?」
にっこりと笑うオスカー殿下に悪意は無さそう。
「私の国にも精霊がたまに現れるんですよ。ルミリエ・ネージュ伯爵令嬢」
「私の名前を……」
「もちろん存じ上げておりますよ。彗星のように現れて氷の貴公子の心を攫っていった謎のご令嬢ですからね」
オスカー王子殿下は楽しそうにその灰色の瞳を細めて笑った。反対にノエル君の表情は厳しいものになった。
「謎……ですか……?」
確かに私はつい最近まで体が弱くてお母様と一緒にお茶会に行ったりとかは出来てなかった。最近ようやくお母さまや、サフィーリエ公爵家のお、おかあさま(前にこう呼んでって言われたんだ)に時々お茶会に連れて行ってもらえるようになったんだよね。確かに正体不明かも。
「それで、どういった御用でしょうか?」
ノエル君!いつもより声が冷たいよ?隣国の王子様だからもう少し優しい声の方がいいんじゃないかな……?私は内心ヒヤヒヤハラハラしてた。
「こんな所にいらっしゃらないで、あちらの明るい方へ行かれては?貴方に話しかけてもらいたいご令嬢方がたくさんいるようですよ?」
ノエル君が手で示した舞踏会会場の広間の方では、何人もの着飾ったご婦人達がこちらを見てる。ああ、みんな綺麗なドレスだなぁ。ってそんな場合じゃなかった。私は気を引き締めた。だってノエル君の緊張が背中から伝わってくるから。
「我が国でも魔物の脅威が確認され始めているのです」
「え?」
「……それは存じ上げております。今回はその対策の為の視察だと伺っております」
そうだったんだ。あの魔物の壺が灰の王国でも出回ったってことなのかな?
「魔物の壺事件の事は私も聞き及んでおります。実際の対処に当たったというノエル・サフィーリエ殿にも是非お話を伺ってみたいと思っていたのですよ」
そう言って穏やかに微笑むオスカー王子殿下。そっか、それでメイリリー学園にも視察に来てたんだ。
「そうでしたか。しかしあの事件については詳細な報告書を城にあげてあります。それが全てです」
実際に戦った人の話を聞きたいって思うのは自然、かな?あ、ノエル君の背中から少し力が抜けたみたい。
「ええ、読ませていただきましたよ。でもね」
ここでオスカー王子殿下はまた私を見た。今度はしっかりと。
「報告書には載っていない事実があるでしょう?精霊を従えられるほどの魔力の持ち主のお嬢さんのお話とか……ね」
「残念ながらあの事件にルミリエは関与していません。彼女は病弱であの時は学園を休んでいましたから」
「……そうでしたか。それはお気の毒なことですね。今はお元気そうにお見受けしますが……」
心配そうに尋ねるオスカー王子殿下につられて私は答えてしまう。
「おかげさまでここ最近は寝込むようなことは減ってきております」
っていうか、もう全然元気なんだけどね。筋トレのおかげで体力もついてきたし!
「それは喜ばしいことですね。貴女からも是非お話をお伺いしたいですね。貴女の魔術や従えてる精霊の事なども」
なんだろう?オスカー王子殿下はとても穏やかそうな方なのに、なんだか話していると怖くなってくる。
「ルミリエは精霊を従えてなどおりません」
ノエル君が答えてくれた。そう、私はローズちゃんを従えてなんていない。ローズちゃんは友達だもの。ノエル君の言葉に私は力強く頷いた。
「それに彼女は私の大切な婚約者です。いくら王子殿下といえども二人でお話になるということは看過できません。彼女への話であれば代わりに私が承りましょう」
「大切な婚約者」ってノエル君が言ってくれた!嬉しい気持ちと、またノエル君に庇ってもらっちゃてることに申し訳ない気持ちとが入り混じる。心がジェットコースターに乗ってるみたい。
「へえ……精霊を従えていないんだ……」
オスカー王子殿下は低い声で呟いた。そういえばオスカー王子殿下って何歳くらいなんだろう?私達よりは少し年上に見えるけれど。
「一体何を……」
「いえいえ、ノエル・サフィーリエ殿からお話を聞かせていただけるのでしたらそれで十分ですよ。ではまた後日お話できるのを楽しみにしております」
オスカー王子殿下はそう言って微笑むと、満足そうに舞踏会のフロアに戻って行った。そしてあっという間に待ち構えていたご婦人ご令嬢方に取り囲まれてしまった。
「やっぱりルミリエに目をつけていたのか……」
「え?わっ!ノ、ノエル君?」
私はノエル君に強く抱きしめられていた。
「ごめん。僕が迂闊だった……。でも安心して。ルミリエの事は必ず守るから」
「ノエル君……」
ノエル君の苦し気な表情に私は何も言うことが出来ないでいた。
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