王子様の視察
来ていただいてありがとうございます!
「きゃあ、いらしたわ!オスカー様よ!」
女子生徒達の小声の歓声が聞こえた。
今日は何度目かになる魔術の合同授業の日だった。今回はただの的当てじゃなくて、連続していくつの的に当てられるかをみんなで競う形式で行われることになってるんだ。ゲームみたいでちょっと楽しそう!ただ、隣国グラオ王国(通称灰の王国)の王子様が視察にいらっしゃるってことで、学園の先生達やお城から派遣された人達や近衛騎士様達がグラウンドにずらりと並んでいて物々しい雰囲気になっちゃってる。
当の王子様はにこにこしながら女子生徒達の熱い視線に答えて手を振ってる。確かにとても美形な王子様だ。短い黒髪と灰色の瞳。黒い狼みたいな感じの人だ。中には王子様に向かって小さく手を振り返しちゃったりしてる女の子達もいる。
ん?ブレスレット……?女子の何人かがブレスレットを付けてる。メイリリー学園は制服はあるけど、アクセサリーや髪型は自由だし、靴の制限も無い。何なら制服をアレンジするのもありなんだ。だからブレスレットを付けてるのはいいんだけど、よく見たら十人を下らない人数の人が同じようなブレスレットを付けてるみたい。
「街で流行ってるのかな?でもこの前はあんなの見かけなかったような気がするけど……」
「どうしたの?ルミリエ」
肩に座ったローズちゃんがそっと尋ねてくる。今日は隣国の王子様を見たいからって、朝からずっと一緒なんだよね。
「なんだかみんな似たようなブレスレットをしてるから、今流行ってるのかなって。可愛いような気がするんだけど、私はあんまり好みじゃないっていうか、全然欲しいって思えないんだけど……」
「…………本当ね。気が付かなかったわ。いいえ、よく見ないと見えないわ、私には」
「え?見えないの?」
「ううん。言い方が難しいわね。存在を薄くしてあるっていうか……」
「気配が無いとか?」
忍者みたいな感じかな?
「そう!そんな感じだわ!ルミリエ、凄いわね!」
えへん、褒められちゃった。
「何を話してるの?独り言を言ってるみたいでちょっと怖いよ、ルミリエ」
ノエル君が呆れたように声を掛けてきた。
ローズちゃんは他の人達には見えないから、なるべくみんなから離れて小さな声で喋ってる。でも誰かに見られてたら不気味だよね。……それにしても、あの、ノエル君、学園内ではあまり肩とかは抱かない方がいいと思うんだけどな。ほら、遠くからみんな見てるよ?
「ブレスレット?そんなもの……。本当だ。つけてる人間が多いな。気が付かなかった。どうしてだろう」
ノエル君にみんながつけてるブレスレットの事を伝えたその時だった。
わぁっ!!
突然歓声が響いた。生徒の一人が放った炎の矢が的のいくつかを全焼させて、更に空中で燃え盛っている。
「何だ?あの威力は……」
カトリーヌ様だった。カトリーヌ様の得意な魔術は火の魔術だけど、普段はあんなに大きな力を出せていないはず。
「急に魔力が上がったみたい?練習をすごく頑張ったのかな?」
「…………ルミリエ、魔力ってそういうものじゃないわ」
「そうなの?ローズちゃん」
「そうだね。元々の素質に拠るものだから、練習で鍛えられるものじゃない。伸ばせるのは制御力や精度だけだ」
ノエル君が訝し気な顔をしてる。そういえばカトリーヌ様は魔力があまり無いから魔術の授業は嫌いだってお友達に話していた気がする。
「見事ですね!」
パチパチと拍手が聞こえた。灰の王国の王子様がにこやかに私達の方へ近づいて来た。カトリーヌ様は笑いかけられてとても嬉しそうだ。それを見た他の女子生徒達も魔術を放ち始める。しばらくの間王子様は熱心にその様子をご覧になったり、生徒達に話を聞いたりしていた。
「おかしいな……」
ノエル君の呟きに私も思い当たることがあった。
「皆さんいつもよりパワーアップしてますね」
そう。カトリーヌ様だけじゃなくて他にも魔術の威力が上がってる人達がいる。
「たぶんみんなあのブレスレットを付けてるわ。服に隠れて見えづらいけど」
ローズちゃんの言葉にノエル君が眉をひそめた。
「魔術道具か……。っ!ローズ、隠れろ」
「え?どうしたの?ノエル君?」
ノエル君の声と同時にローズちゃんは私の髪の中に隠れてしまった。私はいきなりの事で戸惑ってしまって訳が分からない。いきなり肩を抱く力が強くなった。ノエル君を見上げると珍しく焦ったような表情をしてた。
「ノエル君?」
「あいつ、今、こっちを見てた」
「あいつ……?」
「オスカー・ガル・グラオ」
え?王子様が?
「一瞬、ルミリエを見て驚いたような顔をしてた」
その後、私は体調が悪くなったことにしてノエル君と一緒に医務室へ行くことになった。ちょっと気温が高い日だったから具合が悪くなった生徒が先に何人か休んでた。
ちょっと大袈裟なのでは?と思ったりしたけど、ノエル君が深刻な顔で考え込んでるのを見てたらそんなことは言えなかった。でも、どう考えても王子様が私なんかに興味を示すはずは無いと思うんだ。そんな物好きはきっとノエル君だけだと思う。
私は呑気にそんなことを考えてたんだ。
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