薄紅色の花が散る頃
来ていただいてありがとうございます!
「すっかり春ですねぇ」
私は頬杖をついてぼんやりと窓の外を眺めた。桜に似た淡いピンクの花が咲き終わろうとしてる。一月ほど前に入学式も終わって私はメイリリー学園高等部の二年生に進級した。前世の日本の高校と同じで三年制なんだ。
「なに惚けてるのよ、ルミリエってば」
「シモン様は留学。リンジー様は王子妃教育。ノエル君はお城でお仕事があって凄く忙しそうで大変みたいだし。寂しいよ、ローズちゃん……」
私は肩に座ってる精霊のローズちゃんと小声で話してる。今はお昼休み。メイリリー学園の食堂の窓際の席で一人でランチをとっていたんだ。今日のランチはトマトみたいな野菜の具沢山のシチューだった。美味しかった。
「それはノエルに言ってやりなさいよ」
「はぁ……」
「締まらないわねぇ……勉強と筋トレは?」
「もちろんやってるよ?」
成績は二年生で十位以内に入ったり入らなかったりを繰り返してる。留学中のシモン様がいたらもっと順位は下がってしまうはず。ノエル君を筆頭に固い岩盤の地層みたいな成績上位十位の方々がいるから、はっきり言って今以上の順位に行くのは厳しいんだよね。頑張るけど……。
「ほら!ちょっと散歩でもしましょう?午後の授業までまだ時間があるんでしょう?」
ローズちゃんは植物がたくさんの庭が好きなんだよね。体力づくりの為にも歩いてこようかな。
「うん。そうだね。行こうか」
私は立ち上がって空になったお皿がのったトレーを持った。
「あなたみたいな平民がどうしてわたくし達と同じ学園にいるのかしら?」
「…………」
「まあ、お話もできないの?」
校舎裏に出ようとしたらそんな声が聞こえてきた。えっと、なんの乙女ゲーム?それに既視感あるなぁ。視線の先、学園の中庭で一人の淡い茶色の髪の女子生徒が何人かの女子生徒に囲まれていた。どちらも見覚えがある。同じクラスの人達だ。
「……すみません。でも私は……」
「口答えなさるおつもり?」
「貴族に平民が逆らうなんてあり得ないですわ!!」
「…………」
ええ?話せとか話すなとか、言ってること無茶苦茶じゃないかな?うーん、どうしよう。よしっ!
「あっ!こんな所にいらしたんですね!先生がお呼びになってますよ?教職員室へご一緒しましょう!」
私はササっと近づいて絡まれてた女の子の手を掴んで校舎の方へ走った。
「皆様、ごきげんよう」
って言いながら。
まだ、胸がドキドキしてる……。あれで大丈夫だったかな?少し強引すぎた?小説とかの主人公みたいにかっこよく言い返すとか私には無理だし、これぐらいしかできない。校舎の中、人影のない廊下まで一緒に走って逃げてきた。
「たっ助けていただいてありがとうございます……。ルミリエ・ネージュ伯爵令嬢様」
おずおずと声を掛けてくれたその子をよく見たら、ふわふわの茶色の髪にお花の髪飾り、伏し目がちの淡い緑色の瞳、白い肌のとってもかわいい女の子だった。怖かったのか頬が紅潮してる。大丈夫かな?
「私の名前、ご存知なんですか?」
「はい。同じクラスになれましたし。それに……えっと私の前にあの方々に目を付けられていらっしゃいましたよね?ノエル・サフィーリエ様のご婚約者ということで」
え?あ、そういう知られ方なんだ……。ちょっと複雑……。それにしても私、まだクラスメイト全員を把握してないんだよね。ダメだなぁ。初等部からの持ち上がりで自己紹介とかもないし、一年生の時に一緒だった人は分かるんだけど、今まで貴族の交流とかってできてなかったからまだ覚えきれないんだ。
「私は運よく一年生の時は大丈夫だったんですけど、貴女がリンジー・マルク―ル侯爵令嬢様と仲良くなられて以来あの方達、手を出しづらくなってしまって、次のターゲットが私に……」
「え?そうなのですか?私、何も知らなくてごめんなさい」
うわあ、そうだったんだ……。確かにノエル君に相応しくないとか結構言われてたけど、いろんな人から言われてたから気が付かなかった。そういえばいたかもしれない。今の人達……。勉強とかで必死だったし、ノエル君やリンジー様が一緒にいてくれてたから最近は随分静かだったんだよね。
「人間ってくだらないわね……」
ローズちゃんがぽそりと呟いた。うう、そういう人もいるだけなんだよ、ローズちゃん……。精霊さんに呆れられてしまった。
「改めまして、私はネージュ伯爵家のルミリエでございます。貴女のお名前を教えていただけますか?」
「…………私はメイベル・クロフォードと申します」
メイベルさんの顔は何故か更に真っ赤になってる。恥ずかしがり屋さんかな?
その夜、ネージュ家の王都の屋敷にノエル君が訪ねて来てくれた。なんだかとても疲れてるみたい。
「はあ……」
「魔物対策のお仕事、大変なの?」
ノエル君は以前の魔物事件の時に居合わせたので、協力者としてお城から呼ばれてるんだ。
「ああ、意見がまとまらなくてね。会議だけが長引いてる感じだ。ルミリエが足りない……」
「あはは」
小さめの客間のソファで並んで座って話してたら、ノエル君に抱き締められた。私もノエル君が足りなかったから嬉しい。
ノエル君は学園に来られない時はこうして夜に訪ねて来てくれる。そして今日会ったことをお茶を飲みながら話すんだ。
「今日は?何か変わったことあった?」
「えっと、クラスメイトと知り合いになったんだ」
「ん?クラスメイトって元々知り合いでしょ?……女の子だよね?」
「そう。うーん、私は途中から高等部からの外様だからあまり仲良い女の子っていなくて。クラス替えがあったし今まで交流がない人ばかりだし」
「ルミリエ、何か嫌な事されたの……?」
ノエル君の顔色が変わった。
「ううん。そんなことないよ。ただ、なかなか友達って呼べる人は出来づらいというか……」
「ああ、まあそんなものかもね。僕もシモンや殿下くらいだからね。腹割って話せるのは」
「何かあったのはその子の方。ご令嬢様方に囲まれちゃってて。ちょっと助けに入ったんだ」
私はノエル君に今日あったことを説明した。
「相変わらずくだらないことをする奴らがいるんだな。……で?良い子なの?名前は?」
「メイベル・クロフォードさん」
「クロフォード……ああ、魔術道具職人の娘の。治癒魔術を使えるらしいね」
それきりノエル君はメイベルさんのことには触れなかった。
それから話題はベルナール殿下とリンジー様の婚約披露の為の舞踏会の事になった。
「今回のドレスも僕が贈るから。楽しみにしててね?」
「あ、前に言ってたノエル君のデザインの?」
「うーん、まあそんなところかな」
ノエル君が嬉しそうに笑ってる。どんなドレスなんだろう?舞踏会は苦手だけど、リンジー様達の事お祝いしたいし楽しみになって来た。
「名残惜しいけど今夜は帰るよ」
夜も更けてお屋敷のエントランスまで見送りに出た私にノエル君は少し厳しい表情を見せた。
「そうだ。ルミリエ一人で街へ行かないようにね。最近おかしな魔術道具が出回ってるようなんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、魔力の少ない人間でも安定して使える道具らしい」
「それは便利ないいものなのでは?」
「うん。そうではあるんだけど、ちょっと気になることがあるから……。そもそも、街へ僕以外の人と出かけちゃ駄目だからね?」
「うん。今度ノエル君と一緒に出掛けられるの楽しみにしてるね」
「……っ。ああ、もう!ますます帰りたくなくなってきたよ」
ノエル君は私にそっと口づけして名残惜しそうにお家へ帰っていった。
ちょっと寂しい……。もうちょっと一緒にいたかったな。でも廊下の向こう、花瓶の陰でお父様がじっとこちらを見てるから無理だな……。
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