シモン
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ルミリエ嬢は新しい世界への扉だ。
最初にシモンに紹介された時は不信感でいっぱいだった。ネージュ伯爵家の令嬢は小さな時から病弱で領地の館から外へ出たことが無いと聞いていた。
それに最初はノエルの兄である、サフィーリエ公爵家の次男フランシス様との縁談が持ち上がっていたのだから。
それがどういう訳かノエルの婚約者に収まったのだ。いくらフランシス様とアマーリエ王女殿下の婚約が決まったとはいえ変わり身が早すぎると思った。初対面での僕のルミリエ嬢への態度はお世辞にも良いものとは言えなかったと思う。
でも、彼女は想像とは本当に違っていた。
勤勉で、謙虚で、真面目で、大人しくて、控えめで、そして本当に体が弱いようだった。それに何よりあのノエルが溺愛していた。これには本当に驚かされた。ルミリエ嬢が何かノエルの弱みを握っているのではと疑ったぐらいだった。
あのノエルが……。
ノエルは何事もそつなくこなすことができるせいか、何事にも無関心なところがあった。その美貌と優秀さで適齢期のご令嬢方には物凄く人気があったのだけれど、ノエルは見向きもしなかった。「サフィーリエ公爵家の氷の令息」とまで呼ばれていたほどだ。そのノエルの全開の笑顔を向けられる女性がいるとは。
ノエルの変わりようはそれだけでは無かった。積極的に勉強にも取り組むようになり、元から優秀だった成績はつねにトップを取るようになったのだ。そして孤児院や養老院への視察、寄付などといった活動にも力を入れるようになった。
一番驚かされたのは魔術大会での優勝だった。あれこそノエルが一番好まない場だっただろうに、力とルミリエ嬢への愛情を学園中に見せつけてみせた。おそらくはルミリエ嬢を守る為に。あの場には学園の生徒だけでなく、その関係者や外部の者達も大勢訪れていたのだから、その効果はてきめんだ。ルミリエ嬢との婚約が発表された後もノエルには縁談話が多く来ていたから、ノエルはかなり腹に据えかねてたのだ。
そしてルミリエ嬢は、びっくり箱のようだった。
学園を魔物が襲った時、最初僕は体が動かなかった。学園の授業や本で知ることと実践は違うのだとつくづく思い知らされたものだ。すぐに動くことができたのは一部の教師以外ではノエルくらいだったと思う。そのノエルでも魔物を倒すことはできなかった。生徒達の避難の時間と城の騎士や魔術師達の到着までの時間を稼ぐので精一杯だっただろうと思うんだ。
けれど記憶を取り戻したルミリエ嬢が現れた。何というか幽霊のような姿だったけど、彼女の指示でノエルはあの魔物を倒してしまったのだ。彼女の力を借りて。彼女の力は、一体何だろう?魔術というには、その力はあらゆることを超越しているように思えた。属性を変えるなんて!これはまるで本で読んだ魔法使いのようだ。僕はルミリエ嬢に更なる興味を持った。
それからは僕はルミリエ嬢を目で追うようになった。彼女の力について少しでも知りたいと思ったからだ。何度もサフィーリエ公爵家を訪れてはルミリエ嬢に質問を繰り返した。もちろん、彼女はノエルの婚約者だからノエルがいる場所で。僕はきちんと分かっているつもりで、分かっていなかったんだ。
精霊の道でノエルが消えてしまった時、一瞬だけノエルがもし帰って来なかったらと考えてしまった。
その時に僕はやっと自覚したんだ。自分の気持ちを。
最悪だ。
僕はノエルの親友なのに。すぐにノエルを探しに行くための手段を講じるべきだったのに、情けないことに頭が働かなかった。
それに比べてルミリエ嬢は強かった。すぐにノエルを探しにいくと決め、それを実行した。大人しくて儚げな彼女の姿はなく、強い意思を浮かべる琥珀色の瞳。魔物を二度も退けたルミリエ嬢の本当の姿がそこにはあった。
そしてルミリエ嬢の真実の一端を知ることになる。
精霊の道から帰った後、彼女は別の世界の人で、転生してここへやって来た人だと説明された。彼女が元居た世界を僕も見た。魔術や魔法は無い世界だと聞いたけれど、それでも僕達の世界とは違うかなり進んだ文明を築いている世界だと判断した。
そんな世界を捨ててノエルに会う為だけに戻って来たのだと泣いていた彼女。かなわないと思った。
僕は初めての恋を自覚してすぐに失った。
一瞬とはいえ酷いことを考えてしまった僕には相応しい、当然の結果だ。
まだほんの少しだけ残っていた留学への躊躇いは消えた。なんとなくノエルとルミリエ嬢の周りにはこれからも騒動が起こるんじゃないかっていう予感がある。その時に僕は力になりたい。そう思えるようになったからだ。春になったら僕は隣の大陸にある魔術の研究機関が運営する学園へ留学する。フランシス様も留学していた学園だ。そこでたくさんの事を学んで来ようと思ってる。一年後にはもっと強くなって帰って来るつもりだ。
そして来年の春が来る頃には二人をもっと温かい目で見守れる自分になる。そう信じて。
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