お兄様、不毛よ
来ていただいてありがとうございます!
メイリリー学園のカフェテラス。少し奥まった観葉植物に遮られた一角に私達は席をとった。
「精霊関連の本を読み漁って来たんだ!」
肩から鞄を下げたシモン様が香茶を二つと今日のおすすめのバラのケーキを一つ載せたトレーをテーブルに置いた。
「お兄様、余裕ね。試験は大丈夫だったの?」
呆れたようなリンジー様はシモン様から香茶とケーキを受け取った。バラのケーキはちいさなカップケーキにクリームでバラの模様を絞り出してある可愛らしいケーキだ。クリームの色はピンク、赤、黄色の三種類があって、リンジー様のケーキは赤色のバラのクリームだった。
「ああ、大丈夫だ。僕のせいでルミリエ嬢に迷惑をかけてしまっているし。急いだんだ」
「あら!私ルミリエに迷惑なんてかけてないわ!失礼ね!」
ローズちゃんが私の肩の上でプンプン怒ってる。私もピンクのバラクリームのケーキを注文していた。ローズちゃんにぴったりだったから。
「はい。ローズちゃんどうぞ」
ローズちゃんにケーキを小さく切り分けてフォークで肩へ運んだ。ケーキはすぐに消えてローズちゃんのご機嫌も直ったみたい。
「シモン様、ローズちゃんはとても大人しくていい子ですよ」
「ねーっ?そうよね、ルミリエ」
私とローズちゃんは笑いあった。
「ちょっと聞いてもいい?まず一つ目なんだけど、精霊って?ローズちゃんって?ルミリエ誰と話してるの?ケーキ、消えちゃったけどどうなっちゃったの?」
不思議そうを通り越して訳が分からないといった感じのリンジー様。
「前に説明しただろう?リンジー。僕が持って行った魔術道具の中に精霊が宿ってる石があったんだよ」
「それは聞いたけど。精霊がルミリエに懐いちゃったんだっけ。え?今ここにいるの?」
「ルミリエの肩にのってるよ」
ノエル君が答えると、リンジー様の視線が私の肩に向かった。でもリンジー様には精霊は見えないみたい。
「えーっ!私には見えないわ」
リンジー様は唇を尖らせた。
「精霊の見える見えないは相性があるらしい。そこの精霊自身も言っていたし、文献にもそうあったよ」
シモン様はそう言うと数冊の本をて鞄から取り出した。そこからシモン様の精霊に関するお話が続いた。学園では授業や試験の勉強でやっとだった私にとってはそれ以外の分野の知識はとても面白かった。余裕が出たらまた色々な本を読んでみようかな。
前にもノエル君に少し教えてもらったけど、精霊はこのモーネ王国(通称白の王国)には殆ど目撃情報がない。海を渡った東の大陸にはたくさんいて、その大陸でも大きな山脈を越えた更に東方には大きな精霊の国がある。そこでは精霊と人間とが一緒に暮らしており、そこに住む人間の殆どが精霊魔法の使い手だ。
精霊魔法は通常私達が使う魔術よりもとても強い魔法で、精霊と契約することで精霊自身の力を借りることもできる。使える人は限られているけれど、東の大陸の山脈の西側、つまり私達の国に近い国々にも存在する。
「精霊がいっぱいの国……!」
更に異世界度が増した感じがする。異世界度って何?
「ふふ」
「どうしたの?ルミリエ」
突然笑い出した私をノエル君が不思議そうに見てる。
「いえ、楽しいですね。精霊がいっぱいの国!行ってみたいです!!」
「そうだよね!行ってみたいよね?!僕もそうなんだ!そしてできれば精霊魔法を習得してみたいんだよ!」
テーブルの向こうからシモン様が身を乗り出した。わあ、仲間だ。
「精霊魔法!いいですね!!私はできるなら色々な精霊さんに会ってみたいです!」
「やだ!ルミリエったら、お兄様の同類だったの?魔術おバカが増えたわ……」
「あはは……」
だってせっかく魔法の世界なんだもの!魔物は怖いけど、精霊とか妖精とかいるなら会ってみたい。
「ノエル君もリンジー様もみんなで一緒に行けたら嬉しいです!」
「ええー?私はいいわ。どうせ私には精霊なんて見えないんでしょ?」
リンジー様がムスッとしながらケーキを頬張る。あ、いつもは綺麗系の美人だけどそういうお顔だと可愛い。
「見えるかもしれないわよ。機関にはそういう魔術道具もあるもの」
私の肩の上に座って、ローズちゃんは足をユラユラ揺らしてる。
「ローズちゃん、それ本当?」
「ええ。使ってる人を見たことあるわ」
何かを思い出すように遠くを見る仕草をしてる。大人っぽい仕草。そういえばさっきシモン様がお話の中で精霊はとても長生きするって言ってたっけ。ローズちゃんは鉱石の精霊だから、ずっとずっと年上なのかも。
「ローズさん!機関って、あの魔術の研究機関の事?そこにはそんな魔術道具もあるんだ!」
「何々?どうしたの?精霊が何か言ってるの?」
「リンジーにも精霊が見えるようになる魔術道具があるんだって」
ローズちゃんの声が聞こえてないリンジー様の為にノエル君が説明してくれた。
「え?そうなの?お兄様っ!それ手に入れてきてよ!私も見たいわ!」
リンジー様がシモン様に詰め寄った。
「……うん。そのつもりだよ。でも今は少し迷ってて……」
「え?お兄様留学するって鼻息荒くずっと主張してたじゃない!どうしたのよ、一体」
「シモンは留学をやめるの?」
リンジー様とノエル君はとても驚いてる。
「シモン様、留学されるんですか?」
「ああ、ルミリエはまだ詳しくは知らなかったね」
驚いた私にノエル君が話してくれた。
前にちらっと聞いてはいたんだけど、シモン様は魔術の研究にとても熱心で、海を渡った隣国への留学を希望されてるんだって。ノエル君の二番目のお兄様も行っていた所で、魔術の研究機関が運営する学園へ。なんとこの春から!もうすぐなんだ。ずっとご両親を説得してて、ノエル君のお兄様からも話を聞いたりして情報を集めてやっと許可が貰えたんだって。
「凄いです!シモン様は本当に勉強熱心なんですね」
魔術の学園かぁ!小説とかゲームとかの舞台みたい。制服とかあるのかな?どんなのだろう?色々想像しちゃう。
「でもお兄様、迷ってるってどういう事?」
「うん……。ルミリエ嬢の事が気になってて……」
「え?」
リンジー様の質問のシモン様の答えに私はドキっとした。シモン様が顔を赤らめて私を見てるから。テーブルの下でノエル君が私の手を強く握った。
「ちょっとお兄様……?」
「だって!ルミリエ嬢の魔法についても研究したいんだよ!特殊な魔法なんだ!魔術道具の反応も僕達の魔力を流した時とは異なるし、魔物との戦闘の知識とか……、興味が尽きない!!」
シモン様が眼鏡の位置を直しながら熱弁をふるう。私の手を掴むノエル君の力が少し弱まった。
「ああ!でも、あちらへ行けばその謎も解けるかもしれないし!やっぱり、いや、しかし!!珍しい魔術道具が……」
頭を抱えて悩み続けるシモン様。結局は留学を取りやめない気持ちになったらしく、最後はすっきりとしたお顔でリンジー様と帰って行った。ああ、びっくりした。シモン様ってば紛らわしいよ?
「嵐のようだったわね」
ロースちゃんが本の上に座ってため息をついた。シモン様からお借りした精霊に関する本。試験も終わったし、今夜はこれを読んでみようかな。
「さてと、私はちょっと街を探検してから帰るわ」
「え?ローズちゃん、もうすぐ暗くなっちゃうよ?」
「あのねえ、ルミリエ、私は精霊なのよ?何の心配をしてるの?じゃあ後でね」
「あ、ローズちゃん?」
ローズちゃんはそう言って姿を消してしまった。
「僕達も少し散歩しようか」
試験勉強で忙しくて一緒に出掛けられてなかったから嬉しくて即答した。
「うん。嬉しい」
空になったカップとお皿を返して、ノエル君と私はカフェテリアを出た。
「散歩って言っても学園の庭園だけどね」
「ノエル君と一緒ならどこでも楽しいから!」
私達は手を繋いで歩き始めた。夕暮れの迫る学園内は人影もまばらで、庭園には誰もいなかった。冬枯れの庭園には緑も花もなく雪が積もった花壇があるだけ。道は除雪されてて歩きやすかった。
「寒くない?ルミリエ」
「ちょっと。でも手が温かいから大丈夫」
ノエル君は私が手に持ってる本をちらっと見て、手に力を込めた。
「今日は楽しそうだったね」
「うん。シモン様のお話とても面白かった。この本も読むのが楽しみ」
「……そう」
「実はみんな一緒にって言ったんだけど、精霊の国、ノエル君と新婚旅行で行けるといいのになって思っちゃった」
「しんこん旅行?」
「私がいた世界では、結婚式を挙げた後に二人きりで旅行にいく習慣があるんだよ」
こちらでは結婚式の後は挨拶回りをしたり、お披露目パーティーをしたりするんだよね。
「結婚式の後に?二人きりで?」
「うん。ハネムーンとかハニームーンとか言うんだけど、長いと一か月間二人だけで過ごすこともあるみたい」
実際はそんなに長くは仕事とか休めないから長くても一週間くらいかな?親戚のお姉さんはそのくらいだったと思うんだけど。
「一か月間……独り占めか……」
「新婚旅行は無理でも、いつかノエル君とゆっくり旅をしてみたいな。一緒に色々な景色を見て、話をして、ずっと手を繋いで、何日もずっと二人だけで過ごすの……いいなぁ。夢みたい」
「ルミリエもそう望んでくれるの?」
「うん。私も本当はノエル君を独り占めしたいんだよ?」
ノエル君は忙しいんだ。学園の勉強もあるし、お家のお手伝いもあるし、卒業後はお城へ上がってベルナール様の補佐をすることになってる。そうなったら、多分今よりもノエル君との時間は減ってしまう。みんなノエル君を必要としてる。これは我が儘なのは良く分かってる。結婚してもらえるだけで本当に嬉しいんだけど、欲張りになっちゃってる自覚ある。困らせちゃったかな、不安になってノエル君を見上げた。
「………っ」
思わず見惚れてしまった……。今までにこんなに綺麗なものを見たことない。それほど綺麗だって思った。ノエル君の切なげな笑顔。とっても綺麗な笑顔。なんて綺麗な人……。
「ノエル君……」
「……幸せだなって思って」
ノエル君は両手でそっと私の頬を包んだ。優しい手……。
「神様なんて信じたことないけど、今は本当に感謝したい気持ちだ」
アイスブルーの綺麗な瞳に私が映ってる。ノエル君の背中に腕を回した。
「今は私だけのノエル君だね」
「ずっとルミリエだけだよ」
ノエル君と私は今までで一番長くて優しい口付けを交わした。
その夜リンジーとシモンの会話
「お兄様不毛ですわ」
「誰に何と言われようと魔術の研究は止めないよ」
いきなり切り出したリンジーに即答するシモン。マルク―ル侯爵家のシモンの部屋は深い青色の壁紙などで統一された、冬の期間のやや長いこの国では寒々とした印象を与える部屋だった。
「……無自覚ですのね。仕方ありませんよね。ノエル様とは別方向でそう言ったことには縁がありませんでしたものね。シスコンでノエル様大好きっ子で」
「良く分からないけど凄く失礼なことを言われてる気がするよ、リンジー」
シモンはやっと読んでいた本から目を上げて双子の妹を見た。
「でも、良かったのかもしれないわ。突破口としては。趣味も悪くないことが分かりましたし」
「リンジー?何を言ってるの?」
「そう言った意味では少し安心できるわ」
「?」
「シモンお兄様、私、ベルナール殿下の求婚をお受けすることにしました」
「……そうか、それはおめでとう」
実はベルナール殿下から、事前に相談を受けていた。公式にマルク―ル侯爵家に申し入れをする前にリンジーの意向を確認したいと。最近のリンジーの様子から思い悩んでる様子は無かったから、心配はしていなかった。シモンは五分五分と見ていたが、そうか受け入れたのだなと、ただそれだけを思った。
「しぃーっ!まだお父様達にも内緒ですから」
「リンジーの声の方が大きくない?そっか、リンジーが王子妃か……」
「まだもう少し先の事よ」
「これかお互い忙しくなるね。しばらくは離れ離れだし」
シモンは一年間の留学。リンジーは王子妃としての教育が始まる。
「寂しい?」
「ちょっとね」
「私もよ……お兄様」
生まれた時から一緒だった双子はこの先それぞれ別の道を歩いていくことになる。シモンも学園の卒業後はベルナールの補佐として城へ上がることになっている。だから、リンジーと会う機会もあるにはあるのだが。それでも今までの様にはいられない。
「だからね、お兄様にも早く見つかることを祈ってるわ」
小さく呟いたリンジーの声はシモンには届かなかった。
「何か言った?」
「ううん。何でもないわ!そうだ!あのねお兄様………………」
双子は夜更けまで幼い頃からの思い出を語り合っていつの間にか一緒に眠ってしまった。
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