雪灯祭② 一日目
来ていただいてありがとうございます!
「わあ、賑やかですね」
小雪が舞う中、王都の城下町はたくさんの人で賑わってた。お城に一番近い泉のある広場にはたくさんの小屋が建てられ様々な店が並んでる。雪灯祭の二日間は学園はお休みになる。
領地の町でも小さな広場にお店が並んでたっけ。みんな楽しそうにしていたのを屋敷から遠目で見ていたけど、数は十にも満たないくらいだったように思う。さすがは王都。規模が全然違うんだ。
「やっぱり温かい飲み物や食べ物のお店が多いんですね」
温かいシチューやドライフルーツやスパイスの入ったお茶、お酒、煙をあげる串焼きのお店もある。
「そうね、寒いし、そういうものの方が売れるわよね!」
「今年は当たりの魔術具あるかなぁ?楽しみだな!」
リンジー様とシモン様はキョロキョロと周りを見回してる。お二人とも目的は違えど今日をとても楽しみにしてたみたい。白の王国のこの冬のお祭りは他の国でも有名で、外国から見物に来るほどらしい。祭りのためにわざわざ遠くから物を売りに来る行商人も来る程なのだそう。みんな寒さと雪で動きがとりづらい日々の鬱憤をはらそうとお財布の紐が緩くなるので稼ぎ時なんだって。
「わたくしたちは今日一日しかありませんから、効率よく回りましょうね!」
「姉上!絶対に私から離れないでくださいね。最悪、護衛達の首が飛びます……」
買い物リストと書かれた紙を持って気合を入れるアマーリエ王女殿下と、もう疲れたような表情のベルナール殿下。お二人は一応貴族っぽい変装をしてやって来た。きっと周りのどこかにはお城から派遣された護衛の方々がいるんだね。
「ルミリエもはぐれないようにね。あと、路地にも店が出てるけど許可を得てない怪しい店の可能性もあるから行っちゃ駄目だよ」
ノエル君は私の手を繋いだまま言い聞かせるように人差し指を立てた。
「はい。わかりました。ノエル様」
「…………」
「どうかしましたか?」
「ううん。何でもない。行こうか」
何か言いたげなノエル君の様子が少し気になったけど、すぐにワクワクするお祭りの雰囲気に気を取られて忘れてしまった。
お城を中心にして放射線状に、大小の道が伸びていく。そしてその所々に広場があったり公園があったりする。お城の周辺の大通りには高級なお店があり、外側に行くにつれてお店の規模やお客さんも庶民的になっていく。
お城から東へ行けば港があり、他国との貿易も盛んな町がある。そしてその周辺にはものづくりの工場地帯があり職人たちの住居も多い。外国から来た人が許可を得るまで滞在する場所もこちら側にある。西側と南側は農業地帯。北はいくつかの町はあるけどほぼ荒地で、春夏の間だけわずかな牧草で牧畜を営む人々がいる。
お祭りは国中で一斉に行われる。道に積もった雪は不自由なく歩ける程度に雪かきや火の魔術でなくなってる。家々の軒先には雪で形作られたランタンが並び、朝から火が灯されてる。この火は二日間のお祭りの間中消されることがない。
「ランタンはちっちゃいかまくらみたいなのが多いんだ……」
中には凝った雪像を作って置いてある家やお店もあって見てると楽しい。
「あ、あっちのは雪だるまみたい!面白い」
「かまくら、ゆきだるまって何?」
ノエル君が不思議そうにしてるけど、私は説明に困ってしまった。
「あ、えっと……、雪だるまっていうのは大きな雪玉をつくって二つ重ねて、野菜とかで人の顔をつけて……」
「?」
「うまく説明できないので今度作ってみますね。かまくらは雪で作ったおうちです」
「雪で家を建てるの?」
ノエル君がまたまた不思議顔。こういう表情のノエル君ってかわいい。
「いえ、本当に住む家じゃなくて、その中で遊んだりするんだと思います。ごめんなさい。私も詳しくは知らなくて。こんな形で大きいものなんです」
私は近くにあった雪のランタンを指さした。そう、知識で知ってるだけなんだよね、かまくら。こっちも作ってみようかな?雪ならいっぱいあるから。ん?今ランタンの灯りが分裂して空へ昇って行ったように見えたんだけど……?気のせいかな?もう見えなくなっちゃった……。
「そうなんだ。面白いものがたくさんあるんだね。ルミリエ、ましろの世界の事はなるべく他の人には言わないようにね。今のままでも君の力に興味津々の人達が結構いるから」
「そ、そうですね!気を付けます!」
私はハッとして口を押えた。ちなみにシモン様はお目当てのお店へ走って行ってしまったし、アマーリエ王女殿下とリンジー様はやっぱりお目当てのスイーツのお店へ走って行ってしまったし、ベルナール殿下もそれを追いかけてる。だから、今の会話は他の方々には聞かれてない。良かった……。私はなるべく前世のことについて口に出さないようにしなきゃって反省した。
「やっと追いついた。ああ、ここだったか。ちょうど良かった」
ノエル君と三人を追いかけてついた先には子供たちが働いてるお店があった。夢の魔物につかまったあの男の子がいる。ずいぶん背が伸びてる!
「ノエル君、あれは孤児院のお店ですか?」
「うん。子ども達がつくった雑貨とかアクセサリーを売ってるんだ。中には腕のいい子もいて、職人として雇われるようにもなってるよ」
「それもノエルが城と職人組合と孤児院に働きかけて進めたんだよね。就業支援と孤児院の資金を稼ぐ目的で」
いつの間にか後ろに来ていたシモン様が誇らしげに説明してくれた。手には箱を持ってて、中には光る液体が入った瓶や奇妙な文字が書かれた石版や守護石のようなものや古い本等ががたくさん入ってる。戦利品のようで、シモン様の顔がほくほくしてる。
「ノエル君!すごいです!」
ノエル君は孤児院の支援をずっと続けてくれていたんだ。
「あと、マウティ商会の仕入れていた薬の輸入と安価での販売もノエルの提案で、王国主導で行うことになったんだよ」
シモン様が続けて説明してくれた。
「治癒魔術師をあちこちに派遣してはいるけれど、手が回らなくてね。病気や怪我の辛さを除くのは魔術でも薬でも早い方がいいからね」
あの夢の魔物がとり憑いた人達の中には病気や怪我の痛みや苦しみから逃れたいと思ってる人達もたくさんいた。お金が無くて治癒魔術師を頼れない人達にとっては価格が低い薬はとても大事だ。ノエル君はちゃんと覚えててくれて対策をしてくれてたんだ。やっぱりノエル君はすごいなぁ……。
「ノエルは凄いよ!以前の無気力無関心な君はどこへ行ったんだい?」
「全てルミリエのおかげだよ」
ノエル君とシモン様が私を見る。え?私、なんにもしてないよ?
「え?そんなことは無いですよ?ノエル君が凄いのはノエル君が頑張ってるからですよ!」
そう、私なんて何にもできてない……。ノエル君と真綾のおかげでやっと元気になれて、お父様やお母様やみんなに心配かけなくて済むようになれたんだもの。これからお役に立てるようになりたいな……。せめて今日は子ども達のお店で何か買わせてもらおうって思った。自分の稼いだお金じゃないけどね。
それから私達は城下のお店を見て回ってたくさん楽しんだ。夕闇が近づいてランタンの灯りが幻想的な光景を作り出す頃、解散になった。
「じゃあ、明日迎えに来るから。今日はゆっくり休んで」
私を送ってくれたノエル君はそう言うと、私の頬に口づけてサフィーリエ公爵家に帰っていった。
「そういえばこんなに外にいたのは初めて……!楽しかった」
自分の部屋の机の上に今日の思い出を並べた。ノエル君に買ってもらった髪飾り。自分で買った小さな刺繍入りのハンカチ。リンジー様お勧めの七色の飴が入った小瓶。シモン様が教えてくれた守護石……。アマーリエ王女殿下は食べ物メインで買い物をしてて、私にも色々教えてくれた。ベルナール殿下と護衛の人達が毒見をしてて大変そうだった。私はやっぱりフルーツ入りの香茶が一番好きだなぁ。うちでもつくってみたい。髪飾りとハンカチは子ども達のお店で買ったもので、私もノエル君にもタイピンを買って贈ったんだ。
「孤児院はどんどん良くなっていってるみたいで良かった。私は自分の事でいっぱいいっぱいなのに、ノエル君はやっぱり凄い……!」
私も自分に出来ることを見つけよう、と決意して明日の舞踏会に備えて早めに眠ることにした。ベッドに入る前に窓の外を眺めると雪が勢いを増していて明日はちょっと大変そうだ。あれ?時折ちらちらと光が明滅してる。
「ランタンの灯りが不安定なのかな?雪のせい?」
不思議に思いながらもカーテンを閉めてベッドに潜り込むとすぐに睡魔がやってきた。体は大丈夫になったとはいえ、まだまだ体力不足みたい……。色々頑張らないと……。
コツコツコツコツと窓に当たる雪の音が暗い部屋の中に響いていた。
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