一番寒い冬 リンジー視点
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雪、また結構積もったわね。ホワイトリリー学園の校舎の一階の廊下は底冷えがするように感じるわ。朝だというのに空は暗く曇ってて今にもまた雪が降り出しそう。実際には校舎全体に魔術がかかっててそこまで寒くないはずなんだけど。春みたいなぽやんとしたルミリエがいないせいね。……って、変なの。一年前の冬まではルミリエと知り合ってすらいなかったのに。今までで一番寒い冬みたいに感じちゃうわ。
ルミリエが私の事忘れちゃったのよ。知らない人を見るみたいに私を見るの。悲しかったわ。楽しみにしてた冬の休みが終わってしまったわ。勉強が大変になっちゃったけど、私も一緒に勉強会しようと思ってたのに。できなかったわ。新しい年を迎えたけれど、気持ちは全然上がってこないのよね。ホワイトリリー学園の授業が再開されたけれどルミリエはまだ一度も来てないの。
寂しいわ。
「え?ルミリエが体調を崩したの?どうして?」
シモンが暗い顔で伝えてきた。シモンはノエル様と特に仲が良くて、今回のルミリエの件も色々協力してたみたい。捜査上の秘密もあるんでしょうけど水臭いわよ。妹の私にはちょっとくらい教えてくれたっていいじゃない。ルミリエの記憶、戻るかしら。不安で時々八つ当たりみたいなことをしちゃう。そんな自分が嫌でますます気分が沈んでいくのよ。色々調べているんだけど、記憶を取り戻す方法が見つからないの。
「休むように言ってるんだけど、勉強を止めないんだって。無理をしないように言ってるけど、聞いてくれないって。どうしてそんなに必死になってるんだろう?」
それって「あの約束」が影響してるのよね、きっと。
「うっすらと記憶が残っているのかしら……」
思わず呟いてしまったわ。慌てて口を覆ったけど遅かったみたい……。
「リンジー?記憶が残っているってどういうことなの?」
耳聡いシモンが追及してくる。でも、これに関しては私は何も言えないのよ。王女殿下のご命令だもの。
「何?何か知ってるの?」
いきなり後ろから声をかけられて驚いてしまったわ。始業前でまだ教室前の廊下には生徒達の姿もある。振り向くとノエル様が立っていた。顔色が悪いみたいだわ。……当然よね。
「ノエル様!いらしたのね。あ、えっと……」
私から何かを話す訳にはいかないわよね。どうしようかしら。口ごもっているとノエル様の視線が鋭くなる。シモンも何が言いたげだわ……。
「リンジー?」
「何か知ってるなら教えて。このままじゃ記憶を戻すどころじゃない……」
「二人ともリンジー嬢を責めないであげて。姉上のせいなんだよ」
助け舟を出すように会話に入ってこられたのはベルナール殿下だ。いつの間にいらしたの?二年生の教室は二階。ここは一年生の教室がある一階なのに。
「どういうことですか?」
ノエル様が不審げな表情になってる。大丈夫かしら?いくらいとこ同士とは言え、相手は王族だからあまり失礼な態度をとる訳にはいかないのに。ハラハラするわ。
「姉上がルミリエ嬢にノエルとの婚約の条件をつけたんだ」
「?」
「はあ?!」
ベルナール殿下からの説明にノエル様とシモンは驚き呆れた。そうよね、私もおかしいなって思ったもの。
「ごめんなさい。他言無用と仰られたので言えなかったの」
私はノエル様とシモンに謝ったわ。ルミリエが無理するのは分かってたけど、言えなかった。
「リンジーは悪くないよ!どうりでね。おかしいと思ったんだ。僕にテストの予想問題なんで作らせるなんて。しかも勉強なんて全然してないし……」
「お兄様ったら失礼ね!私だって少しはやってるわ!」
ほんとに少しだけど。ルミリエと一緒に頑張ろうって思ってたんだから!
「そういうことか……」
ノエル様から表情が消えたわ……。
「ごめんね。ノエル。姉上は何か誤解してるみたいで……。何度も説明をしたのだけれど聞いてもらえなくてね。……それで事件の事は聞いているけれど、ルミリエ嬢の様子は」
ベルナール殿下はルミリエの事を心配して来てくださったんだわ。
「もう、結構です。御前失礼いたします」
ベルナール殿下の言葉を遮ってそう言うとノエル様は背を向けて去っていった。もうすぐ授業が始まるけど、それどころじゃないわ!
「まずいよ。あれは本当に怒ってる時の目だよ!」
シモンが慌ててる。確かにノエル様、氷みたいだった。ちょっと前までのノエル様みたい。無表情で無気力で。ルミリエと婚約する前のノエル様。ううん、それよりもっと酷いかも……!
私達はノエル様を追いかけた。
ノエル様は学園の出入り口に向かってる。どこへ行くつもりかしら?ルミリエのところ?もう!歩くの早いわね!
え?!嘘!タイミング悪いわ!何でアマーリエ殿下がいるの?あ、ノエル様が捕まっちゃたわ!ノエル様早まっちゃ駄目よ!
「ノエル!久しぶりね!忙しいのかしら?新年の挨拶にも来てくれなかったわね!今度の新年を祝う舞踏会には絶対に参加しないと駄目ですからね?いくら温厚なわたくしでも怒っちゃうわよ?もう!って、え?……どうしたの?」
「どうかなさいましたか?アマーリエ第一王女殿下」
「ど、どうしてそんなに怒ってるの?いつもみたいにアマーリエでいいわよ?ここは学園内だし、公式の場では無いのだから……」
「お心当たりはございませんか?アマーリエ第一王女殿下」
「!分かったわ!ルミリエさんね!やっぱりノエルに泣きついたのでしょう?卑怯な子!ノエル!あの方はやめた方がいいわ!わたくしの前では承諾しておいて、結局勉強が辛いからって努力もしなかったんだわ。事件の事は聞いているし気の毒だと思っているけれど……」
「姉上!いい加減にしてください!ノエルに話したのは僕ですよ!ルミリエ嬢じゃありません」
「ベルナール!あら、あなた方もいたのね。……そうなの?」
アマーリエ様は全く悪びれない。ノエル様は怒らなかったけど私が怒りそうになったわ。シモンが私の腕を掴んでなければちょっと危なかった。
ノエル様は長く長く息を吐いた。そして静かに話し始めたの。降り始めた雪を見ながら。
「一年ほど前にこの国に魔物がやって来ました。人の夢に入り込み、命の力を吸い取る魔物でした。魔物は次々と自分の分身をつくって広がっていきました。この国の多くの人々が危険に晒されました。それはこの国の危機でもありました」
ノエル様が何か夢を見てるみたいに遠くを見てる。どうしちゃったのかしら。
「ノエル?一体何を?」
ベルナール殿下は私達と同じように不思議そうな顔をしてらした。
「やっぱり、ノエル!」
アマーリエ殿下だけが何故か嬉しそう?
「誰も気付かなかったその危機を一人の少女が僕に教えてくれました。その時は不思議な生き物の姿をしていたその子は不審がる僕を説得して力を与えてくれました。彼女がいなかったらこの国はその魔物に滅ぼされていたでしょう」
「え?」
「ノエル、それって一体何の話なの?」
ノエル様の瞳は誰も映していなかった。
「アマーリエ第一王女殿下をお救いしたのは僕でも、兄フランシスでもない。僕のましろ、ルミリエです」
「え?え?」
「ノエル?一体何を言ってるんだ?」
「ええ、そういう反応になりますよね。僕も自分で経験していなければ到底信じられないでしょう。でもそれで良かったんだ。僕だけが分かっていればいいと思ってた。僕は守れてるつもりだった」
ノエル様の握りしめた手から血が流れ始めた。
「ノエル、手がっ!」
シモンがノエル様の手を開かせようとしたけど、ノエル様は振り払った。
「そしてルミリエを縛り付けたのは僕だ。これはその罰だ……」
ノエル様は静かに怒ってて静かに絶望しているみたい見える。ノエル様が言ってる「少女」ってルミリエのことよね?ルミリエ、ルミリエがここにいれば。そうは思ったけどいつものルミリエじゃないと駄目なんだわ。きっと。ノエル様が溺愛してて、静かに笑って受け止めてたルミリエじゃないと。
ノエル様はふらりと校舎を出て行こうとした。
学園内に轟音と振動が響いた。止めようとした私達を阻むように。
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