シモンの帰国
来ていただいてありがとうございます!
夏休み明けにシモン様が留学を終えて隣国から帰国してきた。メイリリー学園の授業が再開する前日にサフィーリエ公爵家にいらっしゃるということで、私もお呼ばれされたんだ。
広くて豪華な応接室の中は人払いがされて、他の人達には聞こえない歓声が響いてる。
「その木の実のクッキーが食べたいぞ!」
「僕とランはその白い雲みたいなのがいいよね」
「私は全種類ね」
シモン様が持ってきてくれたたくさんのお菓子を精霊達が嬉しそうに囲んで見てる。
「ふ、増えてる……。ノエルから手紙を貰って知ってたけど、本当に本当だったんだ……」
「僕が君に嘘をついてどうするんだ?」
ノエル君はお茶を飲みながらため息をついた。
「そうだけど……。この目で見るまでは信じられなかったんだよ」
シモン様はずり落ちそうになる眼鏡をそっと直した。
「おお、お前は我らが見えるのだな。中々見どころがある」
翡翠の長い髪をふぁさりとかき上げて小さな女の子の姿の精霊がシモン様を見下ろしてる。翡翠ちゃんは何故か中空に浮かんで座ってる。高い所にいるのが好きなのかな?それとクッキーをいくつか持ってるからかなり気に入ったみたい。
「そうね。シモンはいい仕事をしてくれたわ。特にこの焼き菓子は絶品ね」
小さな手でお菓子を次々と吸収していくローズちゃんは満足そうに微笑んで、今度は紅茶に手を伸ばした。
「ああ、うん。僕がいた機関の食堂でよく出されてるデザートなんだ。レシピを教わって来たよ」
「あら!ルミリエ、うちの料理人にレシピを渡しておいてね」
「あはは、そのお菓子かなり気に入ったんだね、良かったねローズちゃん。シモン様ありがとうございます」
ローズちゃんが今食べてるのはマカロンに似たお菓子だった。白の王国では見ないお菓子だけど隣の大陸にはあるんだ。やっぱりちょっと気になる……。ぜひその『機関』に行ってみたい!とくに食堂に。
「美味しいね、ラン」
小さな男の子の姿の精霊の白ちゃんは黒いウサギの姿の精霊に笑いかけた。私が思いつきで決めた藍墨っていう名前は難しかったみたいでみんなからはランって呼ばれてる。ランちゃんはこくこくと頷いてクリームたっぷりのケーキを抱えてる。この二人(?)は月の光の精霊と月の影の精霊なんだそう。とても仲良しの精霊でいつも一緒にいるんだ。
いつも一緒にいるのはローズちゃんだけなんだけど、翡翠ちゃんや白ちゃんやランちゃんは結構頻繁に遊びに来てくれるお友達になった。「契約」って言ってもそんなに縛り付けるようなものじゃないみたい。それから他の精霊さん達も時々私の部屋に現れたりするようになって、私の周りはとても賑やかになったんだ。今日はシモン様が精霊さん達に会いたいって言ってくれたからみんなに声をかけてみた。シモン様は驚いた後、瞳を輝かせながらみんなに質問して回ってた。
「はい、これ二人に」
ひとしきり質問をし終わって気が済んだらしいシモン様が渡してくれた袋に入っていたのは二つの石だった。
「勾玉?!」
「まがたま?」
そう、お揃いの勾玉のような石。
「まがたま?ルミリエ嬢のいた世界ではそう言うの?」
シモン様は私が別の世界にいたことを知ってる人なんだ。
「これは守護石だよ。魔法がかけられていて結界を張ってある程度の物理攻撃を防いでくれるんだ。機関にはこういうものを研究してる人がいるんだよ」
「そうなんですか。ありがとうございます、シモン様」
「ルミリエ、まがたまって?」
「あのね、私の世界にあった大昔の装飾品?の形に似てるの。違うものだと思うけど」
「そうか……。なんだか不思議だね。新婚旅行に行った時に少し調べてみようか」
貰った勾玉をしげしげと眺めながら、ノエル君が呟いた言葉に恥ずかしくも嬉しくなる。新婚旅行だって!
「ありがとう!ノエル君!」
「そうか、来年にはみんな卒業、そして君達は結婚式なんだね」
シモン様はしみじみと呟いた。
「シモンは卒業後は魔術師部隊に入るんだろう?シモンがいればモーネ王国は安泰だね」
「そんなことはないよ。でも定期的に機関へ行って知識を吸収しながら頑張るつもりだ。ノエルは文官だっけ?ベルナール殿下が、その、困っていたよ」
シモン様が私をチラリと見た。
「シモン」
ノエル君はシモン様を睨みつけた。ノエル君は魔術師部隊には所属しない。そして私も。私は『リュシアン』の姿で入ってもいいって思ってたんだけど、ノエル君が許してくれなかった。ただ、正式には入隊しないけど時々お手伝いすることになってるんだ。
「分かってるよ!時々手伝ってくれるだけでありがたいと思ってるから!」
「そ、そうだ!今年の魔術大会はどうするの?僕は向こうでの研究成果を見せるつもりだよ!」
焦った様子のシモン様は少し強引に話題を変えた。
「そういえば、何も考えていませんでした……」
何だか最近忙しくてすっかり忘れてたけど、そろそろ内容を決めて準備をしなくちゃ。魔術大会。
「忘れてたよ。去年は散々だったからね……」
ノエル君は綺麗な指先でこめかみを押さえた。
「そうだったね」
シモン様もお茶を飲みながら苦笑いしてる。
「今年は何もない事を祈るよ」
「私、できるならノエル君と一緒に何かやってみたいです」
「ルミリエ……」
「あ、でも戦闘大会に出るから無理ですよね」
ノエル君は毎年魔術の戦闘大会に出場していた。魔術大会は原則全員参加だし、発表は準備に時間がとられてしまう。ノエル君は王宮のお仕事を手伝ったりしてるから忙しいんだよね。やっぱり無理かな。
「今年は出ない!!ルミリエと一緒に発表をやるよ。今決めた!」
「ええ!?」
ちょっと言ってみただけだったのに。私の我がままをきいてくれるの?
「あんなに面倒だって言ってたのに、発表のほうをやるんだ…」
シモン様はお茶のカップを持ったまま呆気にとられてる。
「ルミリエの誘いなら断らないよ。面倒だなんてとんでもない」
ノエル君の笑顔にホッとした。私が言い出したことだけどノエル君の負担になっちゃってたらと思うと怖かったんだよね。
「嬉しいです!」
「なら、早速何をやるか考えよう」
「はい!」
「愛の力ってすごいな」
「本当よねぇ」
いつの間にかシモン様の肩に乗っていたローズちゃんがちょっと呆れたように同調してた。でも私は楽しみでワクワクしてる。だってノエル君と魔術大会で一緒に何かできるなんて思ってもみなかったから。
ちなみに私達の会話を聞いているのかいないのか、精霊達の楽しそうなお茶会はその後もしばらく続いてた。
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