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あの光景が頭を離れない

来ていただいてありがとうございます!



リチャード・アッシュベリーは悩んでいた。


あの魔人が封印された後、リチャードもまた追いかけて来た魔術師部隊の隊員達と共に、紫の野原で他の欠片が無いか捜索した。結局のところ他の欠片は発見できず、その付近での捜索はその後打ち切られた。


灰の王国では弱体化して逃げた魔人を血眼になって探していたというのに、魔人は分裂して我が国に潜んでいたというのは皮肉なことだ。


おかげで我々は大変だったが……。



リチャードは事件の報告に来ているネージュ伯爵令嬢をちらりと見た。今もあの事件の時もリュシアン・ブランという幼さの残る少年の姿だったが、リチャードには彼がルミリエ・ネージュ伯爵令嬢その人だということがわかっている。


「それにしてもあのリュシアンという少年は役に立たなかったのですね」

「そうそう!サフィーリエ公爵家の推薦だというのに」

「腰が抜けて座り込んでいたんでしょう?」

「魔物の捜索にも参加せずに、なあ?」

リチャードの小隊の隊員達が口々に言い合っている。

「黙れ!」

リチャードは瞬時に沸騰した。そして慌ててベルナール王子と話してるリュシアンの方を見た。幸いなことに広い部屋の中、彼らの声は届かなかったようだった。彼らは気にした様子もなく会話を続けている。リチャードは胸を撫で下ろした。頑張った者が報われないという事がリチャードは嫌いだった。


「い、一体どうなさったのですか?リチャード様」

「陰口はやめたまえ。君達は見ていないが、リュシアン少年はしっかり任務を果たしていた。彼の働きがなければ我々は魔人を発見、討伐できなかっただろう」

「そうだったのですか?」

「それは申し訳ありません……」

「いや。わかってくれればいい……」

魔人を結界に閉じ込め、融合しかかった精霊を助け出し、魔人の攻撃から自分達を守ってくれた。そんな詳細を口外することはベルナール王子から止められていたが、この程度ならいいだろうとリチャードは考えた。


あの温かい虹色の力。あれがルミリエ・ネージュ伯爵令嬢の力。あれだけのことをしたのだから、疲労困憊で立てなくなっても仕方がない……。そしてあの姿が、あの光景が頭から離れない。


紫の花の中、精霊達に慕われて笑いあうあの姿が……。とても美しかった。温かい光景だった。


リチャードはルミリエに酷い言葉を投げかけたことを酷く後悔していた。


何が大した才覚の無い令嬢だ!私の方がよほど役に立たなかったじゃないか!灰の王国での魔人はもっと強かったはずだ。間違いなくネージュ伯爵令嬢が皆を守ったのだろう。事件後寝込んだというのも恐らく魔力を使い果たしたからだ……。それなのに私は……。


リチャードは再びベルナール王子の方をちらりと見た。リュシアン(ルミリエ)はノエルに伴われて部屋を出ていくところだった。


また謝罪しそびれてしまったな……。


リチャードは唇を嚙んだ。事件からすでに七日が経過していたが、どうにも合わせる顔が無く謝罪に行く事ができないでいたのだった。リチャードは悩んでいた。


すまない。エリザベス。私は純粋にお前の味方をすることができなくなってしまった。ルミリエ・ネージュ伯爵令嬢は素晴らしい女性だ。サフィーリエ公爵家に相応しい。彼らが愛し合っているのなら、エリザベスの出る幕は無い……。



リチャードは悩んでいた。ルミリエの真の姿に触れてしまい、それを忘れられずに。妹を応援したい気持ちを捨てることができずに。やや自嘲気味に笑いながら。







⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆⋆





ノエルは安堵していた。無事に魔人を封印できたことにでも、精霊を救い出せたことにでもない。


ルミリエが無事で本当に良かった。以前に一時昏睡状態になったルミリエの姿がノエルの頭を離れなかった。


事件後、現場に来たベルナール王子に報告を済ますと、ノエルは疲れて立てないでいるルミリエ(リュシアンの姿)を抱き上げてすぐにその場を後にした。花畑の中で精霊たちと笑い合う姿は微笑ましいものだったが、ノエルとしてはルミリエの姿を衆目に晒す危険を恐れたのだった。


アッシュベリーの他にもリュシアンの正体がルミリエだと見破る人間が出てくるかもしれない。


「ごめん、ルミリエ……。今回もこんなにルミリエにばかり頼って……」

馬車の中、二人きりになったところでノエルは切り出した。厳密にいえば、ローズや白や白が抱いている黒ウサギもいるから二人きりではないけれど、彼らは身内のようなものだから問題ないだろうとノエルは考えていた。

「え?そんなことないよ!それより一緒に戦えて嬉しかった。良かったね。とりあえずは解決だよね」

ルミリエは白と黒ウサギを見て笑った。


ああ、笑顔が可愛い。


ノエルは隣に座ったルミリエの肩を抱き寄せて頭を預けた。はたから見れば少年を抱き寄せているのだが、中身は愛しい婚約者だし、ルミリエの笑顔は脳内再生が余裕だったし、馬車の車窓のカーテンは閉めてあるからこれらもノエルには無問題だった。


「まだ完全に安心はできないけど、後は任せておけばいいよ」

「でも他に魔人の欠片が残ってるかもしれないよね?」

「うん。それもベルナール殿下が手を打ってくれてるから大丈夫だよ」

「そうなの?」

「シモンに頼んで魔法道具を送ってもらうことにしたんだ」

「ああ!あの魔力探査装置?」

「そう。随分改良して精度が上がってるそうだよ」

「シモン様、結局留学が延びて、夏休み明けに帰っていらっしゃるんだよね?」

「うん。シモンも頑張ってるよね。でも正直早く帰ってきて欲しいよ」

「ほんとだね。研究機関(向こう)の技術って凄いよね。いつか行ってみたいな」

「そうだね。じゃあ新婚旅行で行こうか」

「え?ノエル君、覚えててくれたの?」

「当り前でしょ」



やっと、こういう話がゆっくりできる。



嬉しそうなルミリエの顔を見たノエルは他の誰にも見せることのない優しい表情をしていた。
















ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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