ラベンダーとセージの野原②
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明るい月夜の晩に二人の精霊が出会った。ひとつは月白の光。もう一つは藍墨の光。藍墨を光というのは変なのかもしれないけれど、夜の闇の包み込むような優しい光みたいって私には思えた。
「僕は月の光から生まれた。君は何から生まれたの?」
「…………」
「そう、月が照らした葉っぱの影から生まれたんだね」
「…………」
「うん。よろしくね」
高い木の上で二つの光がささやきあう。
「今日は何して遊ぼうか」
「…………」
藍墨の精霊の言葉は聞こえないけれど、楽し気な雰囲気が伝わってくる。夜の森の中一番高い木の上でくっついたり離れたりを繰り返してる仲が良い精霊達。
でもある日、禍々しい赤黒い石をみつけてしまう。
「…………?」
「待って!触らない方がいい!!あっ!」
「!」
触れてしまった。それが悲劇の始まり。
暗くて深くて悍ましい赤い闇に囚われて、苦しい。薄れていく心をつなぎとめてくれていたのは白い月の光。それもついには途切れて、沈んでいく。闇に落ちていく。
気が付くと私もその闇の中に一人で立ってた。怖い。でも早く白ちゃんの仲間を探さないと。焦ってあっちこっち走り回る私の肩に温かい光が灯る。一つは青白い光。ノエル君?そしてもう一つは薄紅色の光。これって……。
「ルミリエ、この闇は危険よ」
「ローズちゃん?来てくれたの?」
「当り前でしょ。急ぎなさい!どんどんルミリエの力を吸い取ってるわ」
「うん。さっきから力が抜けていくのが分かる。けど、どこにいるんだろう?」
視界に淡く小さな月の光が現れた。
「思い出して。僕の事」
「…………」
「負けないで。悪いものに」
「……………………」
「消えないで。置いていかないで!」
「………………っ!!」
白ちゃんの言葉に反応する微かな光。何だろう。私まで切なくなる。こんな声を前に聞いたことがあるような……。
「ルミリエ!見て!!」
記憶の海に落ちそうになってた私をローズちゃんが引き戻してくれた。魔人の中で曖昧になっていたその境界が金環食のようにはっきりしていくのが見えた。
「今だ!!」
私は月の影の精霊を虹色の光で包み込んだ。そしてそのまま渾身の力で、黒ウサギを悪い闇の中から引っ張り出した。
「よいしょーっ!!」
「何その掛け声……」
文句は聞こえないよ。
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「ふふふ、ははははっ!みなぎってくる!私に力を提供してくれるのか!」
魔人は虹色の結界に閉じ込められながら不敵に笑ってる。
「ルミリエ……!」
目を閉じた少年姿のルミリエは黒ウサギの胸の辺りに手を当てたままだ。額には玉の汗が浮かんでる。魔人を押さえる結界を維持しながら、意識のない精霊に呼びかけ続けているんだ。消耗が激しいんだろう。ウサギの姿の魔人はルミリエの力を吸収してどんどん大きくなっていっている。このままでは結界を破ってしまうのではないかと思われた。苦しそうなルミリエの表情を見るたびに精霊ごと魔人を切り伏せてしまいたい衝動に駆られている。けれどルミリエが頑張っているのだから、僕が諦めるわけにはいかない。
長い……。魔人の憎々し気な笑いが癇に障る。クロフォードとオスカーは固唾をのんでルミリエを見守っている。
「サフィーリエ殿!このままでは、魔人が復活してしまうのではないのか?」
焦れたように話しかけてくるリチャード・アッシュベリーにイラつきを覚えたけれど、表情に出すのは堪えた。
「…………。大丈夫だ。彼女を信じろ」
「そうよ!あの子がこんなのに力負けするはずないんだから!」
「ローズ?」
薄紅の光が闇色に染まった結界の中へ飛び込んでいった。
次の瞬間、魔人の顔に驚愕が浮かんだ。
「よいしょーっ!!」
「???」
ルミリエから変な掛け声が……。
「何その掛け声……」
ローズに同感だけれど、それよりも一体何が起こった?虹色の結界からルミリエの両手が離れて何かを……ぶん投げた?
「今何かが飛んでったようだが……」
リチャード・アッシュベリーが顔を引きつらせて空を見てる。クロフォードとオスカーも同様にしてるけれど、オスカーは胸ポケットに手を入れながらすぐに魔人へ向き直っていた。
「待ってー!!」
白が長い耳をゆらゆらさせながら慌てて追いかけて行った。
「もしかして、あれが白の仲間の精霊なの?」
僕は白の後ろ姿をちらりを見ながらルミリエに尋ねた。
「そうなんだけど、勢い余ってすっぽ抜けちゃった……」
「力加減を覚えなさいな……」
ローズは呆れているけれど、えへへと笑うルミリエが可愛い。いやそうじゃなくて……。
「もう精霊は大丈夫なんだね?」
「うん。ほら」
ルミリエが指さす方を見ると、こちらへ向かって白が走って戻って来ていた。大事そうに小さな黒いウサギを抱いている。よく見るとそれは虹色の光で包まれていた。
「なら、もう思いっきり戦っても」
「うん。大丈夫だよ」
「わかった。ルミリエはそこで休んでて」
僕は剣を構え直した。
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一閃。ノエル君が光の剣を振るうと、紫色の花弁達がふわっと舞い上がった。
大きな影みたいになってしまった魔人は精霊と切り離されてもウサギの形を留めていた。もう木や花から力を吸収できなくなっていたけど、私の力をたくさん吸収してしまって、結構手ごわくなってしまってた。とうとう魔人は私が閉じ込めていた虹色の球体を打ち破って外へ出てきてしまったんだ。力強すぎ!魔人が触手を伸ばすのが分かって咄嗟にみんなの前に、ローズちゃんに助けてもらって虹色の盾を出現させた。疲れていたけど頑張ったよ。ノエル君、メイベルさん、オスカー様、アッシュベリー様が力をそいでいって、ようやくノエル君が魔人を倒してくれた。
魔人は手のひらサイズの赤黒い靄になって紫色の野原の上に揺蕩っていた。オスカー様が上着の胸ポケットから何かを取り出し、魔人に投げつけた。それに吸い込まれるように消えていく魔人。
「オスカー様、今のって、魔物の壺ですか?」
「そう。以前に手に入れたものを改良したものだよ」
オスカー様は草むらに落ちた魔物の壺を拾い上げた。
「こいつは、魔物を閉じ込めておくのにも便利なんだ。メイベルが持ってた欠片の方もこっちに入ってる」
オスカー様はそう言って、もう一つの魔物の壺をポケットから取り出して見せてくれた。藍墨の精霊を助け出した後すぐにメイベルさんにある程度浄化してもらって封印したんだって。
「魔物や魔人を捕獲したら、隣の大陸の魔術の研究機関へ送ることになったんだ。ごめん。説明してなくて……」
ノエル君が申し訳なさそうに教えてくれた。魔物討伐のノウハウを教えてもらう条件なんだって。そんな約束になってたんだね。
「そうなんだ」
「魔人とか魔物についての研究に使われるんですよ!ル、リュシアン様」
「シモン様が喜びそう……ですね」
メイベルさんにリュシアンって呼ばれて初めて気が付いた。魔術師部隊の人達が私達に追いついて来ていたことに。ベルナール殿下もその中にいて、ノエル君達は報告しに行ってしまった。
「ルミリエは行かないの?」
ローズちゃんが私の肩の上に腰かけて尋ねてきた。
「立てないの……」
そう。今回は気を失うようなことにはならなかったけど、座ったまま動けなくなっちゃったんだ。体力無くて情けないなぁ。野原や森の中を捜索してる隊員さん達をぼんやり眺めてた。
「ルミリエ、ありがとう」
白ちゃんが私のそばにしゃがみ込んだ。
「白ちゃん!お友達は大丈夫?」
私は白ちゃんが抱っこしてる黒ウサギを覗き込んだ。
「うん。今は眠ってるだけ」
「そっか。藍墨ちゃんも無事だったし、魔人もやっつけられたし、本当に良かったね」
「また、そんな名前つけて……ってあら、珍しいわね」
いつの間にかさっき手を貸してくれた風の精霊達も集まって来てた。野原のあちらこちらでひょいっと花の影からこっちの様子をうかがってる精霊達の姿もある。
「おいで、おいで」
手招きすると嬉しそうな気持ちを伝えながらこちらへやってきた。
「魔人の欠片が怖くて隠れていたんですって。ルミリエにお礼を言ってるわよ」
「そうなの?どういたしまして!でも魔人をやっつけたのは他の人達なんだよ。藍墨ちゃんを助けられたのは白ちゃんとローズちゃんのおかげだしね」
「…………何いってんのよ」
呆れたようなローズちゃんに頬を引っ張られた。
「痛いよ……ローズちゃん」
周りの精霊達がひらひらと光を揺らして笑ってる。私も一緒になって笑った。笑い声が聞こえたのか白ちゃんの腕の中の藍墨ちゃんも目を覚ました。
「本当に良かった!」
こうして魔人の事件はやっと終わったんだ。
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藍墨→藍墨茶色




