ラベンダーとセージの野原
来ていただいてありがとうございます!
木々や下草を枯らしながら、黒いウサギが森の中を走って行く。
「ただでさえ獣道なのにっ、これじゃあ全然追いつけないよっ」
苦しい息、悪い足場、走る獣、なのにあれ?見失わない?後ろを走るノエル君を振り返るとノエル君も不思議そうな顔をしてる。一歩が大きい?変だな、私こんなに速く走れたっけ?
「ルミリエ、上を見て!」
ローズちゃんに言われて上を見た。頭のすぐ上、うっすら明るい緑色の光が浮かんでる。
「え?もしかして精霊さん?」
「風から生まれた僕達の仲間」
私の前をジャンプするように走ってる白ちゃんが振り返った。白ちゃんは時々木の幹を壁走りするみたいに軽々と進んで行く。
「風の精霊が力を貸してくれているのか!」
後ろからノエル君の声が聞こえる。その後ろからメイベルさんやオスカー様の驚くような声も聞こえてくる。
「ありがとう!」
私は緑の光に向かってお礼を言った。光がふんわりと笑ったような気がした。
突然、視界が開けた。
「森を抜けた!魔人はどこだ?」
みんなで辺りを見回す。開けた場所にあるその野原にはラベンダーやセージの花々が満開に咲き誇ってる。紫色の絨毯みたい。その中に一本の細い道ができてる。
「お花が枯れた道が見える!」
「いたわっ!」
「見えた!」
上空からローズちゃんが、先頭を行く白ちゃんがそれぞれ叫んだ。
二人が指さす先、紫色の花々の中座り込む黒いウサギの姿。
「ほんとだ!」
私にも見えた!けど、あれ?手に何か持ってる?
「まずいっ!」
ノエル君が駆け出して行く。ニヤリと笑う黒ウサギ、ううん、魔人。パカッと真っ赤な口が開いて何かを飲み込もうとしてる……。あれって魔人の欠片?!その手元へ向かってノエル君の光の刃が飛んで行った。
「なっ!」
花の中に座り込んだウサギの小さな手からノエル君の光の刃が欠片を弾き飛ばした。すかさずローズちゃんが飛んで行ってそれをキャッチ!
「やった!ローズちゃん!」
「うわ!気持ち悪い!入って来る!なんとかして!ルミリエ!!」
「ローズちゃん!」
私は虹色の球体でローズちゃんを包み込んだ。ローズちゃんの手から落ちた欠片も同じように包み込んで魔人から遠ざけた。
「メイベルさん!浄化お願い!!」
「承りました!!喜んで!」
メイベルさんはそれを受け取って浄化を始めた。
欠片を取り戻そうとして赤黒い触手を伸ばしてくる魔人の攻撃をノエル君とオスカー様とアッシュベリー様(ちゃんと追いついて来てた)がいなしてる。
魔人のまわりの花がどんどん枯れてく。これって少しずつ魔人が力をつけてってるってことだよね。何とかそれを止められないかな?ん?私さっきやってたよね?欠片を虹色の力で包み込んで……!そうだ!防御じゃなくて閉じ込めればいいんだ!無意識にいい感じに魔法を使ってたんだなぁ。私っていい加減なのかも……。
「よーし!」
私は黒ウサギの姿の魔人を虹色の球体に閉じ込めた。
「攻撃が止まった……?」
ノエル君は光の剣を魔人に向けて構えたまま私に近寄って来た。
「何をしたの?」
「えーっと、魔人の魔力が外に出ないように閉じ込めてみたの」
「なるほど、作用を反転させた感じなんだね」
オスカー様も欠片を浄化してるメイベルさんを守るように剣を構えてる。普通の剣に魔力を流してるみたい。魔法剣っていうのかな?アッシュベリー様は剣を携えてはいるけど、使ってるのは魔術だけみたい。
「これからどうしよう」
「精霊を傷つけずに魔人を倒さなければならないのは厳しいね」
ノエル君と会話を交わす。うーん、こういうシチュエーションって小説とかアニメとかでよくあるよね?どうしたら良かったっけ……。頭が働かない。
「おい!あのウサギ、大きくなってないか?」
アッシュベリー様が焦ったように声をあげた。魔人を見ると相変わらずゆがんだ意地の悪い笑みを浮かべてて不気味だ。欠片を一個取り上げたのに余裕みたい。あれ?一回り大きくなってる?もしかして……。
「クロフォード!浄化を止めるんだ!!」
ノエル君が叫んだ。
「え?」
メイベルさんは魔術を止めた。欠片の浄化は進んでおらず、逆に闇を深めてるみたいに見える。
「メイベルの聖魔術を吸収して力に変えてる……?」
「そんな……こっちの欠片も浄化できないんですか?」
オスカー様とメイベルさんは愕然としてる。
「ハハハハハハハハ!残念だったな!」
更に醜悪な表情で笑い出す魔人。
「目を覚ましてよ!」
それまで何も言わずにいた白ちゃんが黒ウサギを包む虹色の光を抱き締めた。
「元に戻って!また一緒に遊ぼうよ!」
白ちゃんの瞳から一粒の涙がこぼれて虹色の光の上に落ちた。
「うう……」
一瞬、魔人の顔が苦しみに歪んだ。あ、これだ!思い出した!
「ノエル君!私、やってみたいことがあるんだ。名付けて他力本願作戦!」
私はノエル君に作戦を説明した。
「なにそれ……」
ノエル君は呆れてたけど、それしか無いって思ったんだ。つまりは体を乗っ取られてる精霊さん自身に追い出してもらおうってこと。最初は魔人の力を押さえこんでたんだもん、白ちゃんがやってたみたいに力を分けて自我を取り戻してもらうんだ。
「わかった。とりあえずルミリエに任せるよ。ただし、ルミリエが危険だと思ったら僕は魔人を攻撃するからね」
「ノエル君……」
「僕はなによりもルミリエが一番大事だから」
ノエル君の真剣な瞳に覚悟が決まる。
「うん。頑張るから。……それと、今は「リュシアン」だよ?ノエル様」
「あ、そうだったね」
私も油断してつい、普通に喋っちゃってたけど、事情を知ってる人しかいないから大丈夫だよね。
「白ちゃん、そのまま呼びかけていてね」
私は白ちゃんの隣に座って、虹色の光の中に両手を伸ばす。そして黒いウサギの体に両手を当てた。私の後ろに立っているノエル君の温かい手が肩に置かれた。うん、百人力。
意識が沈んでいく。深く深く……。
やがて月夜の森で遊ぶ精霊達の楽し気な姿が見えてくる。
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