第十一話 亀島の夜
伝八さんが迎えに来た船まで手漕ぎのボートで向かっているのですが、忍さんは真白先生の隣にいる私の事を意識しているのか真白先生の方へ顔を向けずに横目で見ているのでした。
最初は幽霊である私が怖いのかなと思っていたのですけど、後でこっそりと真白先生のアレを全部飲んだのが恥ずかしくなってしまって真白先生の事を直視出来なくなっていたという事でした。私には経験のない事なので想像するだけになっちゃうんですが、確かにそんな事をした直後に正面に座っていたら恥ずかしくて顔を見ることも出来なくなっちゃうかもしれないですね。
「どうだった、美穂子やばあさんはいたのか?」
やはりというか、伝八さんは気にしていないそぶりを見せていたはずなのですが気にはなっていたようで、私が最初に見た忍さんのお母さんかおばあちゃんなのかと思えるような人影の正体が知りたかったようですね。
「ううん、お母さんもばあちゃんもいなかった。鳥島には幽霊はいないみたいだよ。だから、鵜崎先生と一緒にいる幽霊さんが見たのは違う人だったのかもしれない」
「違う人って、あの島には誰も住んでないだろ。鵜崎先生がやってきた時だってみんな漁に出たり加工場にいたはずだ。あの島に行ってる人なんて誰もいなかったって。いたとしても、一人じゃあの島に行けないんだから誰かが協力しなくちゃなんないってのに、そんな事してる人なんて誰もいなかっただろ」
「そうなんだけどさ、私もあの島にお母さんもばあちゃんもいないってのは確認したんだよ。鳥島の頂上にある鳥居の中にいる人もお母さんじゃなかったし」
「鳥居の中って、何言ってるんだ?」
「何って、頂上にある八角形に設置されてる鳥居の中に女の人がいたんだけど。僕の腰よりも低い高さの鳥居がその女の人を囲むように設置されてるでしょ」
「どうした。何か変な物でも見たのか。鳥島の頂上に八角形に設置されてる鳥居なんて無いだろ。頂上には水神様の社があるだけで鳥居はお社に続く石段の手前までしかないだろ。頂上に八基も鳥居があったら水神様も困っちゃうだろが」
「でも、僕も鵜崎先生も鳥居に囲まれた空間の中に女の人がいるのを見たんだよ。お母さんともばあちゃんとも違う人だったけど、女の人がいるのを見たんだよ。ねえ、鵜崎先生も見たよね?」
「うん、確かに見ましたよ。鳥居をくぐってたどり着いた頂上に何かを守るように八角形に設置された腰くらいの高さの小さな鳥居の中に女ん人がいるのを確認しました。こっちの声は聞こえているようでしたけど、向こうの声は一切聞こえなかったですが」
「本当に先生も見たんですか。嘘ではなく、見たっていう事なんですか。ちなみに、鵜崎先生は亀島と鳥島に来る前に何か説明はされたり調べものをしたりしてましたか?」
「聞いている事と言えば、直行便が無いので船を乗り継いでいかないといけないってのと、新鮮な魚が食べられるってことくらいですかね。私は仕事をする前に変な先入観とかを持ちたくないんで調べものはなるべくしないようにしているんですよ。何か情報を入れちゃうとどうしても偏った味方になっちゃいますからね。そうなると問題の解決に時間がかかっちゃうこともありますんで、出来ることならフラットな状態で取り掛かりたいって思ってるんです」
「船の上で話すにはちょっと長い話になると思いますので、いったん亀島に戻りましょうか。竹下さんの家で料理の用意もしていますし、詳しい話はそちらで竹下さんのところのばあ様がしてくれると思いますので」
真白先生も忍さんも伝八さんもそれ以上は何も言わないまま船はまっすぐ鳥島から亀島へと向かっていった。太陽も徐々に海へと沈んでいっているのだろうが、途中から鳥島の陰に隠れてしまって辺りも若干薄暗くなっていっていた。ただ、真白先生を見つめる忍さんの目は少し潤んでいて僅かな明かりを反射して輝いているようにも見えていたのだった。
竹下さんのお家は二十人近くの人が集まっているというのに窮屈さを感じさせることはなった。たくさん並べられた料理はどれも美味しそうに見えるのだけれど、私には実際に食べることが出来ないのでどれくらい美味しいのか判断することも出来ない。ただ、普段は食にそれほど興味を持たない真白先生も目を輝かせているところを見ると、本当にどれも美味しいのだろうという事は理解出来た。
伝八さんを中心に男性たちはお酒をどんどんと空にしているのだけれど、真白先生は仕事の途中という事もあってお酒は口にすることも無かった。普段ならそう言う風に断ることは無いのだけれど、ここの用意されているお酒はどれも強いお酒ばかりだったので真白先生も若干躊躇して断ったんだとは思う。
「あの、ヒナミさんの分は取り分けとかなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。なあ、ヒナミは何か食べたいのあるかい?」
『真白先生は意地悪ですね。どれも食べたいなって思いますけど、私はここにあるもの食べられないって知ってるじゃないですか』
「という事なんで、忍さんの気持ちだけで大丈夫だよ」
「そう言うもんなんですね。それじゃあ、朝と夜にお母さんとばあちゃんの仏壇にご飯を供えてるのも食べてもらってないって事ですか?」
「それは食べてもらえてるんじゃないかな。ヒナミは他の幽霊さん達と違って特別だからね。他の幽霊が出来ないことが出来る代わりに他の幽霊が出来ることが出来なかったりするからさ」
『私だって別に好きでこうなったわけじゃないですからね。本当なら、私もお供え物とか食べたいですし、他の幽霊みたいに真白先生に触れてみたいって思いますもん。でも、私の事が見える忍さんなら触れることが出来るかもしれないですね。ちょっと触ってみてもいいですか?』
私が見えるって事は私を認識してくれているって事なんですよね。真白先生は私を認識していても触る事なんて出来ないですけど、真白先生以外の人だったら私を認識した瞬間に触れることが出来るようになってるって話ですからね。その感じで行けば、私は忍さんに触れることが出来るって事になると思うんですよ。だから、こうして手を伸ばせば忍さんに触れることが出来るって
「忍ちゃん、危ないって」
私が忍さんに触れる直前になっておばあさんが私から忍さんを守るように抱きしめていた。おばあさんは忍さんを抱きしめる直前に私の手を払いのけたのだけれど、私の手はそのおばあさんの手に払われてしまっていた。
あれ、このおばあさんも私の姿が見えているって事は、真白先生がこのおばあさんにも精液を飲ませたって事ですか?
いや、さすがにそんな事はしてないと思いますし、そんな事をしている姿も見てないですよ。
じゃあ、なんでこのおばあさんは私の事を認識しているんでしょうか。とても気になりますね。




