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シンシアの自己愛

 ◇

 シンシアがバンデルク国の王都にあるスノーラン伯爵の邸宅に着くと、出迎えの者は執事とメイドだけだった。

(なによ、無作法ね。それとも私が軽んじられているのかしら)

 大きな居間に通されると、家族はお茶を飲みながら談笑していた。


「ごきげんよう」

「あ、ああ、シンシアかよく来たね」

 小太りで背の低い伯爵が立ち上がって近くに来て握手を求めた。

 シンシアはスカートの両すそをつまみ、左足を後ろに伸ばすと、優雅に頭を下げた。

 伯爵はバツが悪そうにゆっくりと出した手をおさめた。


「両親のことは残念だったね。

 ダスカルとは随分会っていなかったが、こんなことになるとは……。

 まあ、自分の家だと思って暮らすといい」

「ありがとうございます。こちらに呼んでくださったこと本当に感謝いたします」


「遠路はるばる、ようこそ。 ご両親のことはお気の毒だったわね」

 伯爵夫人は仕方なさそうにソファーから腰を上げ伯爵の横に並んだ。

(なんて古めかしいドレス)


「ソフィア、いらっしゃい」

「はーい、お母様」

(そばに座ってるなら呼ばれなくても来るべきでしょう。親子そろって鈍そうね)

「シンシアです、よろしくお願いいたします」


「私はアンナ、こちらは娘のソフィアよ。15歳だからあなたと同じ歳ね。

 長男のリカルドは今軍の寄宿舎にいるの……そんなところかしらね」


(想像はしていた。伯爵が遠縁でも奥方は赤の他人だ。

 自分もそうだけど立場が優位であればあるほど威張りたくなるし相手をさげすみたくなる。

 みてらっしゃい、あなたたちなんかに私は負けない。

 格の違いを見せつけてやるわ)


 シンシアの高飛車な態度や人をコケ下ろす物言いは、良い悪いではなく気持ちが良いからやってしまうのだった。

 止めたいとも思っていないし、ののしりや嫌みの合戦では負ける気がしなかった。

 シンシアは自分は他人とは違いなんでも抜きんでている特別な人間なんだと思い込んでいる。

 常に注目や称賛を求め続け、そのための努力はおしまない。

 そんな性格になってしまった背景には、幼い頃に目にしたリアナと母の仲の良さがある。

 私もかまって欲しいという気持ちを悔しくて口にできず、たまっていった感情がゆがんだ結果、家族に対する愛情もよくわからなくなってしまった。

 家族をきっと愛しているはずだが、自分の方が大切である、自分を優先すべきである……という強烈な自己愛をもち、他者への配慮や思いやりに欠けた、自己中心的な性格になってしまった。


(あの人たちを負かすためにも、作戦を立てないと)

 あてがわれた部屋は、メイド部屋が少し良くなったような場所だった。

 高価な調度品もなく、燭台もみすぼらしい。

 頭にきたが、この程度のことで文句を言っても、今手に入る見返りは少ないと思った。

 ノートを取り出すと、今後の人生の予定を書き始めた。


(少し前なら王妃になりたかったけど……。

 今は、そうね、権力もお金もあって、私を守ってくれる本当の力強さがある人がいいわ。

 んー、将軍かしら? 軍の階級のことはよくわからないわね)


『1、将軍に嫁ぐ』

(さっきいたソフィアに勝てればあの夫人にも痛手を負わせられる。

 本人を責めるより子供を責めましょう。ソフィアでは絶対無理な結婚をしてやるわ)

『2、学校で好成績、そして人気者になる。

(私の魔力や魔法の能力は上級生でも一目置くほどすごいものよ。

 この能力があれば、ここの授業でもきっと目立てる)

『3、社交界で目立つ』

(積極的に貴族の友達を作って、たくさんのパーティーに出席して目立たないと。

 所作は完璧だし、ダンスも自信がある)


 書き留めたノートを引き出しの奥に隠して、伯爵夫妻には何1つ文句を言わずに歯を食いしばって努力をした。

 結果、魔法授業はクラスでトップになり、クラスメイトには優しくて親切な人というイメージが定着した。

 多くの貴族のパーティーにも呼ばれ、どんどん人脈ができていった。


 リアナやデイビッドのことは思い出す暇がなかった。

 それでもとても疲れてしまったときは、家族で過ごした日々をなんとなく回想するのだった。

 卒業後は王宮にある魔法研究所の職員となり、人望も厚く公私ともに尊敬される人物になった。


 そして伯爵が困り果てるほど婚約の申し込みが殺到した。

 ソフィアにはこない良縁がシンシアにばかりくることに伯爵夫人は苦虫を噛み潰したような顔で悔しがった。

 それを涼しい顔で見ながら、シンシアは人目のないところで大笑いをするのだった。

 もう1人前なんだから出て行けばいいのにと聞こえよがしに夫人が言うのだが、シンシアは意に関せず、結婚相手が見つかるまではここから絶対出ないと決めていた。


 そんな折、国から諜報部への移動の話がきた。

 シンシアにとって仕事をする理由は、人脈作りと馬鹿な貴族令状と一緒に見られないためである。

 伯爵家の養女という不本意な立場になってしまったため、他の令嬢よりも自分を高く見せるためにはその付加価値として仕事という道具が必要だった。


(諜報部って……自分を犠牲にするような乱暴な仕事なんかしていられないわ)

 一時はそう思ったシンシアだったが、それが第2王子ルルクスの直属の部隊だと聞くと目の色が変わった。

(これはチャンスだわ!将軍より王子でしょう!)


 配置されたのは、主に分析や人事などを行う場所だった。

(良かったわ内部の部署で、危険はなさそうね)


 美人で品があり仕事もそつなくこなす。

 それにつけて気立ても言いとなれば、評判にならないはずもなく、かくして第2王子ルルクスに声をかけてもらえるようになった。

 やがて2人はお忍びで出かけたり、ルルクスはグチや国政の話までもシンシアにするようになった。

 そして頭の良いシンシアの助言を真剣に聞くようになっていった。


「婚約者選びがあるんだ。シンシアは大事だけれども、結婚はできない」

 そんなことを言われれば、並みの令嬢ならば涙ぐんだり立ち去ったりするだろうが、シンシアは表情ひとつ変えなかった。

「王子ですから国益にむすびつく結婚を選ぶべきでしょう」


 ルルクスはにっこり笑うとシンシアの手を取った。

「だから君が好きなんだ」

 その言葉に、シンシアも満面の笑みで答えてみせる。

 だが心中は穏やかではなく、何か手はないものかと頭をフル回転させていた。

(あれよね……王妃が亡くなれば側室でも王妃になれるわ。

 結婚相手はどうせ甘やかされた令嬢。嫌がらせをして精神的に追い詰めれば追い出すって手立てもありそうね)


「でも本当は……わたくしはお慕いしているあなた様のそばでお仕えしたいのです。

 側室でもかまいませんから居場所を作っていただけませんか?」

 その言葉に感動したルルクスはシンシアを抱きしめて言った。

「約束しよう。かならず君の居場所は作る」


 王子の約束をとりつけ、仕事をしていても思わず笑みがこぼれそうになるシンシアだった。

 そんなとき諜報部にもたらされた情報にシンシアは驚愕した。

 ルルクスの暗殺計画の情報だった。


 暗殺計画の首謀者、実行者ともに不明。いずれも爆発物の設置による暗殺未遂。

 複数犯、あるいはおおがかりな組織での犯行も疑われ、王子のその日の移動経路や立ち寄り先などの情報を伝えるスパイが内部にいるものと思われる。

(私の人生の邪魔をしようとしている者達がいる。何がなんでも阻止しなくちゃ)

 このとき、シンシアの人生の歯車は違う歯車に組み変わってしまった。


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