飛び降り異世界
ピロタピロシは自作の漫画を抱えて、絶望の淵に立っていた。
運動神経が悪いピロタが、ちょっとでもバランスを崩せば、己の体を真っすぐに保つ事はできない。
ピロタは無表情で、これから地球の反対側へと出勤する太陽を見つめていた。
その日は夕焼けは、見事なまでに鮮やかなオレンジ色で、ピロタが42年間生きてきた街を綺麗に染め上げていた。
ピロタはそんな景色に向かって、「俺にふさわしい」と心の中で思い、少しだけ微笑を浮かべてみた。
だが、よく笑っていたのはピロタの膝の方だった。
ピロタの太く、短い両足は勢いよくぶるぶると震え出していた。
アウトオブコントロール。生まれたでの小鹿より震えていた。
だけど、そんな自分の足元を確認する事はできなかった。
視線を下になんか向けたら、気絶してしまうのは分かっていた。
なぜなら、ここは橋の上で、ピロタはこれから橋の上から飛び降りるつもりなのだ。
今朝、聞いたあの声は一体何だったのだろうか?
天使の声か、悪魔の声なのだろうか?
どちらにせよ、ここじゃない世界から呼ばれた気がしたのだ。
今ピロタが立っているこの橋は、川で阻まれた街と街を繋ぐ比較的大きな橋で、高さは恐らく、30メートル以上はある。
そんな場所で、ピロタは橋の鉄骨部分に掴まり、体勢を保っていた。
ぬるい風がピロタの頬をかすめると、自分の呼吸が荒くなっていたのに気が付いた。
手汗のせいで漫画が手に貼りつき、鉄骨に掴まっている手の方は今にも滑りそうだった。
傍から見れば、どうでみても不自然なこの状況。
だが、さっきから背中越しに車が通る音を何台も聞いているにも関わらず、
誰もピロタを引き留める様子はなかったし、アクセルを弱める気配もなかった。
「誰かこの不自然な状況に気づく者はいないのだろうか?」
「手を差し伸べてくれる人はいないのだろうか?」
「おれはここまで無視されるのだろうか?」
「誰も俺のことを気にしていないんだ。俺は悪くない、俺の才能が理解できない世の中が悪いんだ」
ピロタは42年間、抱いてきた不平不満を改めて思い出した。
そんなことを考えていると、ピロタの膝は更にガクガクと高速で震え出した。
しかし、その時、ネガティブ思考を途絶え差すように、
頭上でカラスの鳴き声が聞こえてきた。
一羽のカラスがカァカァと呑気な声で鳴き出した。
ピロタはカラスの声を聞くと、少しばかり我に返り、
「ちょっと待って、ちょっと待って。ちょっと一旦降りよう」と心の中で思った。
これじゃ呑気な気分になってしまう。と自分に言い聞かせた。
結局、怖気付いたのだ。
だが、ピロタはさらに沈んだ太陽は見つめたまま、動けなかった。
「えっ、この体勢から、どうすればいいの?」
少し身体を反転させ、歩道に飛び降りればいい。
それだけの事だが、パニックで頭が上手く働かないのだ。
「どうやって降りれば、いいんだっけ?」
ピロタの身体は震えて、言う事を聞かなかった。
「ヤバい、ヤバい。本格的にやばい」
そう考えていると、
横から「えっ!!」と短く、女性の悲鳴が聞こえた。
ピロタはその声に驚き、瞬発的に横を向いた。
「ちっ、違うんでっ!!...すぅ......」
その時、ピロタの視界がスローモーションに変わり、
体がそのまま、ゆっくりと前へと倒れていくのがわかった。
うわぁ、ベタベタな展開の走馬灯じゃないか...!!
ピロタ自身にも起こったのだ。
ピロタの視線の先の人、
声を上げたのは、ここからほど近い場所にある、市立高校の制服を着た女子生徒だと、ピロタは瞬時に理解できた。
そして、その時ピロタの身体は空中にあったのだが、
ピロタはその女子高生の顔に見覚えがあった。
なぜなら、その女子高生は、ピロタ自身が描いてきた6年連続落選作品のヒロインの一人にそっくりな容姿だったからだ。
「レルベッカ...?」
ピロタが丹精込めた描いた漫画が左手から離れ、パラパラと空を舞った。
不規則に空を泳ぐ、ピロタの漫画。
なぜだか意識が遠のいていく。
身体は重力によって勢いよく引っ張られている。
ピロタは目線は橋の方にやった。
「あれ?あの子がこっちを見ている」
女子高生は橋から身体を乗り出して、ピロタを見ていた。
が、次の瞬間、ピロタの漫画が邪魔をし、視線を遮った。
遮ったページは、取り掛かったままの戦闘シーンだ。
「あれ?こんなやつ描いたっけ?」
そして、次第にピロタの視界は真っ白になり、
鳥の羽音がやけに近くで聞こえた後、
大きな水しぶきを上げる音で全てが途絶えた。
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