漫画家への道
漫画を描く上で大切な事がある。
まずこの漫画がどういう物語なのかと人に話す時、
「ふ~ん」と言われたら、そこで一敗である。
「面白そうじゃん」と言ってもらえれば、まずは一勝である。
そこの勝敗はとても大きな差になる。
簡単なあらすじだけで、人を惹きつけられないようなら爆発的なヒットはない。
ピロタは漫画入門書の文字を目でさらに追う。
だが、あなたは読者全員に話しかけることは不可能である。
だから、まずタイトルと絵柄で好みか否かのふるいにかけられる。
好みじゃなければ、そのまま読まれることなくスルーされることもある。
読者のファーストインプレッションはタイトルと絵柄なのだ。
それからの物語、あらすじなのである。
ピロタは本を閉じ、Gペンを手に取り、漫画の続きに取り掛かる。
漫画の面白い設定何ぞ、もう出されに出され、出涸らしの状態のように思える。
もはや似たような展開を繰り返している。
マンネリのマンネリである。
だが結局、それがウケるのだ。
ピロタの筆が止まる。
今日だけで既に8時間、漫画を描くことに費やしていた。
もっと楽に作業が出来たなら...
デジタル画?
そんなものは邪道である。...とピロタは思うのだが、
本音としては買うお金がないのだ。
もはや手書きの原稿は古いものになってしまっているのだろうか?
そんな事を考えていると、
ピッ!!
「......あぁっ、もう!!」
ピロタのペン先が滲んみ、渾身の戦闘シーンのページ、それも主人公が繰り出す技のところに大きなインク跡がついた。
「はぁ...まただ...」
修正しなくてならない。
ピロタはこれまで6回ほど、出版社が主催する新人漫画賞に応募したが、何の返事もなかった。
箸にも棒にも掛からなかった。
そのことはピロタのプライドを傷つけた。
ピロタは昔、自信過剰であった。
漫画のアイデアが思いつく度に、天才過ぎてごめんなさいと口にしていた。
クラスで一番絵がうまかっただけで、この世で一番絵が上手い、天才だと割かし最近まで勘違いしていたのだ。
出版社に送った漫画は渾身の出来だと思っていた為、尚更傷つき、それが何年も続いた。
何がダメで、何がいいのかがわからない事に関して、一人もがき苦しんだ。
ページ数が限られたもので何が描けるのだろうか?
いや、限られたもので表現できる力の方が大事なのだろうが...。
ピロタは手早く修正を終わらせ、再びペンを走らせた。
この作品が7度目の挑戦となる漫画だった。
だが、設定はこれまでの6回とそんなに大きく変わらないものだった。
それはこの設定がピロタにとって最高のものだと信じていたからだ。
よくあるものだが、悪くない設定のはずだ。
設定はこうだ。
魔法使いが存在するある世界があった。
だが、長年、魔法使い族は他の民族から追いやられていた。
そして、平和に暮らすある魔法使いの村に、
政府から、刀狩りならぬ、
魔法杖狩りの命令が下され、ついに魔法使い族の存続に危機が迫る事となった。
「私たちが何をしたっていうんだ!!」とある魔法使い族の村の村長は
杖を没収に来た政府の役人たちに向かって言う。
だが、聞く耳を持たない役人たちは力づくで杖を奪おうと、
「おれたちに手を出せば、投獄だぞ」と言う言葉を繰り返しながら、一方的に武力攻撃を仕掛けてきた。
その時、ある役人の一人が、村長の孫娘、杖狩りに対し必死に抵抗しているリーゼに手を出した。
それを見た、村の若者の孤児、12歳のセヌリッヒが役人に飛び掛かってしまった。
すると村人たちが加戦し出し、事態は大きくなった。
一旦事態が落ち着くと、それは明らかに政府への反逆行為と見なされ、
何人かの村人は捕まり、村全体には数日後、制裁をくだすこととなった。
役人たちが去った後、自分のせいだといたたまれなくなったセヌリッヒは、
全ての責任を一人で負うことにし、自分の魔法の杖を持って、村から出て行った。
そして、無謀なことに、政府に直談判にしにいくことにしたのだ。
改めて、政府がある場所を調べると、なぜだか
政府の中枢機関はとある山の上にあった。
そして、セヌリッヒが行く道中で、
汚れた服を着た謎の少女、レルベッカと出会うことになった...。
正直、この話を読み切り漫画としてまとめるのは難しいかもしれない。
あまりに膨大な展開である。
そんなことはピロタにも分かっていた。
だが、自分の絵の表現を最大限見せれるのは、この設定が打って付けだと思っていたし、
これが受賞すれば、このまま連載に続く可能性もあると思っていた。
だから、おれの才能を見抜けない編集者が悪いとピロタは責任転嫁をしていた。
「...あぁ!!!まただ...」
ピロタはさらなるミスをおかしてしまった。
下書きにはなかった線を思わず描いてしまった。
ピロタは深夜二時になっても、眠気に襲われながら漫画を描いていた。
実はここにきておきながらも、ラストの数ページの話のオチはまだ決まっていなかった。
ネームを何度も書き直したが、これだ!!というものに出会えていなかった。
もう少しで締め切りだというのに...。
...。
次第にスタンドライトに照らされた原稿用紙がぼやけて来た。
「今日はもう疲れた...。次のページで最後にしよう」とピロタが思った時、
ガクッと身体が睡魔に襲われバランスを崩し、机に置いておいたコップを肘でついて倒してしまった。
するとコップの中にあったコーヒーが、机の端に置いていた完成した原稿用紙にかかった。
「......やばっ!!やばっ!!!」
慌てたピロタは背筋を伸ばし、ティッシュ箱を探そうと辺りを見渡した。
「ない!ない!...待て!!まずは完成した原稿用紙の確保だ」
そう思考を切り替えると、ピロタは原稿用紙を手に取った。
そして、被害がどの程度、出ているのだろうか?と確認するために、
数枚の原稿用紙をパラパラと見てみた。
「あれ...意外と大丈夫そうだ...良かった...。」
だが、その行為は二次被害を生んでいた。
ピロタの手の中にあったGペンが、追い打ちをかけるように完成したはずの原稿用紙数枚に緩やかな線を引いていた。
ピロタは固まった。
何十時間も掛けて作った作品に傷がついたのだ。
残り5ページで完成なのに...。
新人賞への締め切りはまだ数日あったが、
ピロタの頭は真っ白になった。
「おれは何をやってもダメだ...。ダメなんだ」
天才を自称していたピロタに、その烙印がまた押されようとしていた。
ピロタは戦意喪失になり、
スタンドライトの電源を切って、万年床の布団に身を投げた。
ピロタは42歳で無職であった。
ピロタは長年勤めた会社を35歳の時に退職した。
退職理由はこれから漫画家になるという夢を追いかける為だった。
今の仕事は夜勤のビル清掃のアルバイトだった。
貯金は貯まるどころか、時期に底をつく。
「もうおしまいだ...」
ピロタの疲れ果てた思考はすぐにシャットダウンになった。
「これからどうすればいい...おれは...」
チュン、チュン、チュン。
鳥が鳴いている...。
......
ピロタは薄目で外が明るくなった様子を見ると次に、
「起きて、ねぇ起きて」
と一人暮らししているはずのアパートの部屋の中で、女性の声が聞こえて来た。
「...えっ...?」
ピロタは目をはっきりと開け、声が聞こえて来た方向を見てみた。
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