何寝ぼけたことを仰っているのですか、殿下!!
「ミオ、お前は不思議だな。普通の平凡な娘なのに、こんなにも俺を惹きつける」
「そんな……ダメです、殿下! わたしはただの男爵令嬢、貴方に相応しくありません!」
「そうだとしても、お前が欲しい」
誰もいない中庭のガゼボに二人の男女。見目麗しい青年があどけない少女の顎を掬い、顔を近づける。木漏れ日が差し込む幻想的な雰囲気の中で心ときめくラブロマンス。乙女ゲームであればスチル発生間違いなしである。
「何寝ぼけたことを仰っているのですか、殿下!!」
「グボアッ!!!」
青年にフルスイングのビンタをかます美女が現れなければの話だけれど。
「何をするんだエリザベート!!」
「何をするんだじゃありませんわ、ユリウス殿下!! 今、ミオさんになんて仰いましたの!?」
唐突に現れてこの国の第一王子ユリウスの顔面にビンタをかましたのは、彼の婚約者エリザベート公爵令嬢だ。ベンチから落ちてひっくり返るくらいの攻撃を受けたユリウスはすぐに立ち上がり、頬を押さえながらエリザベートに怒鳴りつけるが、彼女も負けじと声を荒げる。両者、高貴な身分とは思えない言動である。急な事態についていけないミオ男爵令嬢はベンチに座ったまま二人を見上げる。
「ミオに惹かれていると言ったのがそんなにおかしいか!? 確かに平凡な容姿だが、お前と違って心根の優しい娘だ」
「全然、全ッッッ然違いますわ殿下!!! 本当に全然違います!! 貴方の目は節穴なんでございますか!?!!?」
「節穴だと!? ミオが裏表のある計算高い女だとでも言いたいのか!?」
「だから!! そうじゃありません!! もう!!! 殿下は目を開けて生活していないのですか!!?」
エリザベートは呆けたままのミオをビシッと指さす。あまりに不躾で貴族らしからぬ行動だが、頭に血が上っているユリウスはそんな細かい事を突っ込む余裕はない。
「では分かりやすく説明して差し上げます。今から私がする質問をよく考えて答えてください」
「よく分からんが、いいだろう」
「では、まず。ミオさんの瞳をどう思いますか?」
「ふむ。ローズクォーツのような輝く瞳だ。他の令嬢の倍はあるんじゃないかと思うくらい大きい。少し垂れ目がちなのも可愛らしいな。それから、二重だな、涼やかな一重も好きだがぱっちりとした平行二重は愛らしさがある。両目は近すぎず遠すぎず丁度良い。あぁ、まつげも長い、特に化粧をしている様子はないのにいつも上を向いているな」
「では鼻はどうですか?」
「鼻筋がしっかりと通っている。小鼻は小さくて控えめだ」
「次に、口は?」
「口紅は使っていないのかうっすら桃色で愛らしい。元々口角が上がり気味なのか、いつもニッコリと笑って見えて好印象だ。笑顔を浮かべた時に見える歯は真っ白で歯並びも綺麗だな」
「輪郭はどうでしょう」
「丸顔だが顎はほっそりと細い、幼くも見えるがそのあどけなさは悪くないな。それから、小顔だ、だから余計に瞳が大きく見える」
「肌は?」
「いつ見ても白く艶やかだ。できものの一つでもできた所など見たことはない。血色がよく、程よく染まった頬が愛らしい」
「それじゃあ、髪は?」
「柔らかそうな亜麻色のセミロングをいつも綺麗に結い上げている。瞳と同じ色の髪飾りがよく似合っている」
「最後に。殿下はミオさんをどう思いますか?」
「ミオは絶世の美少女ではないか!?」
「そう!!! その通りです!!! ミオさんは類まれなる美少女なんです!!! 決して平凡な娘などではありません!!!」
今の今までユリウスはミオのことを他の令嬢に埋没する平凡な容姿の娘だと思っていた。だが、エリザベートに問われるがままにミオの顔をよくよく見てみれば、どのパーツをとっても美しい作りをしており、そのパーツは完璧なバランスで配置されている。何故気づかなかったのかが不思議なほど美少女である。
そして、急に褒めちぎられたミオはついていけずにポカンとしている。
「気づいてくださって良かったです。こんなに輝かんばかりに可愛らしいのに、殿下も含めて殿方はみなミオさんを平凡だとおっしゃるのだもの」
「自分でも不思議だ、何故気づかなかったのだろうか」
「まるで、何か逆らえない力が働いていたみたいですわよね。
それでは、お二人の逢瀬を邪魔してしまって申し訳ありませんでした。私はここまででお暇致しますわ」
「あぁ、それなら俺ももう帰ろう」
「え!? ゆ、ユリウス殿下!?」
自分の婚約者なのに他の女といちゃつくことを許して去っていこうとしたエリザベートも大概だが、先程まで愛を囁いていたくせに急に興味を失ったようにユリウスもその場を離れようとして、さすがにミオも正気を取り戻して驚く。
「あの、え? わ、わたし、のことは?」
「あぁ、また明日」
「また明日!? え、殿下!?」
「では、帰ろうかエリザベート」
困惑するミオを他所にユリウスはエリザベートをエスコートしてガゼボを後にしてしまう。
「殿下、よろしかったのですか? ミオさんのことを愛していらっしゃったのでしょう?」
「そのつもりだった。平凡なのに惹きつけてやまず、これは真実の愛なのだと思って、お前との政略結婚を止めて愛に生きようとした。だが、よく見てみればミオは絶世の美少女だったわけだ。ははは、俺は面食いだからな、見た目に釣られてしまっていたんだな」
「まぁ、だからと言って手放してしまうのは勿体ないのではなくて? 私も殿下に負けず劣らず面食いですから、もし殿下が愛妾を持たれるのでしたら、ミオさんくらいの美少女が良いわ。見ていて楽しいもの」
「そうだな、俺も愛妾はミオくらいの美少女が良い。だが、何度も言うが面食いだからな。近くに置いてしまえば俺は絶対に手を出すぞ。正妃より先に愛妾に子どもができるのはまずいだろう」
「確かにそれは政治が荒れますわね」
「そうだろう。だから、即位して俺とエリザベートとの間に男児が生まれるまでは愛妾は持たない」
「真面目なんだか、不真面目なんだかわかりませんわね」
ふふふ、ははは、と二人は笑いあうが、次期国王と王妃というにはいささか頭が悪い話題である。
その後、ミオは数々の有力貴族の令息たちと関係を持ち大規模な婚約破棄騒動が起こった結果、その令息たちと共に国外追放され、ユリウスとエリザベートはミオを愛妾として迎えられなかったことを非常に残念がった。
しかし、即位したユリウスは後に賢君として讃えられるほどの治世を行い、エリザベートとの間にも二人の男児と一人の女児をもうけ、多くの美しい妾を持ち、それはそれは幸せな一生を過ごしたそうだ。
乙女ゲームのヒロインって平凡とか言われても、どう見ても絶世の美少女だよねってだけのお話でした。