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二話

「陛下がお戻りになられた!」

 帰城すると出迎えの者達が笑顔で喜びを表し、獣人撃退の結果を聞いてくる。

「首尾はいかがでしたか」

「今回はすぐに終わったわ」

「お怪我などはございませんでしたか」

「私はね。でも兵はそうはいかなかった」

 言って私は城門の外に見える荷車に目をやった。そこには戦いで命を失った兵達が乗せられている。

「……後は頼むわ」

「了解いたしました」

 戦死者を出してしまった日は特に気分が落ち込んでしまう。獣人との戦いは決して簡単なものではないし、仕方ないと言えばそうなのだが、私とルギル隊がもう少し立ち回ることが出来れば、傷は負わされても命までは奪われずに済んだかもしれないと思えてならない。戦いに犠牲者は付き物ではあるけれど、その数を減らす方法を私は女王として考えなければならない。それが軍を率いる者の責任だ。

「おかえり」

 城内へ入ると、壁に背を預けた姿勢で微笑みをこちらに向ける銀髪の男――イーロが待っていた。

「今日もよく戦えたか?」

 イーロは私の顔ではなく、腰に納まるルギルを見ながら言う。

「あなたはいつもそうね。私の身の心配より、ルギルのことを気にする」

「だってそれが俺の仕事で役目なんだ。ほら、渡して」

 右手を出したイーロに、私は腰のルギルを外して手渡した。

「うーん……まあまあの光り具合だな」

 ルギルに顔を寄せると、そこに埋まった石をイーロはまじまじと見つめる。これもいつものことだ。

「……前にも聞いたけれど、その石はなぜ光るの?」

 戦闘前だと石は単なる石でしかないのに、戦闘後だと白い光を放つようになる。その仕組みや理由は私を含めた誰にもわからず、ルギルの最大の謎だ。

「さあね……」

「本当は知っているんでしょう? 教えてくれたっていいじゃない。それとも人間の私には教えたくないの?」

 イーロは面倒くさそうにこちらを見た。

「そういう言い方はやめてくれよ。言っただろ、俺は言えないって」

「つまり知っているってことよね。それなのに言えないっていうのは――」

「さあてと、きっちり手入れしておかないとな。じゃあまたな」

 私の言葉を無視し、一方的に別れると、イーロはルギルを手に小走りで去ってしまった。唖然と見つめる後ろ姿には、光の加減で輝く透明の美しい羽が揺らめいていた。

「また、はぐらかされたわね」

 あの羽人は普段は愛想がいいのに、ルギルの質問をすると決まってああいう態度を取るのだ。絆を結ぶ人間と羽人の仲でも、言えない何かがあるのかもしれない。

 イーロは我がフレンニング王国に唯一派遣されている羽人で、その役目は十本のルギルの管理と、羽人族側との連絡係で、言わば大使のような存在でもある。彼がここに来たのは、私が即位する少し前だったか。前任者と入れ替わり、やって来たのがイーロだ。結った銀髪にすらっとした体形、人懐っこい笑顔にあの美しい羽だ。当時の城内の女達は色めき立ったものだ。当のイーロは黄色い声に戸惑っていたようだけれど。確かにその容姿は若くて綺麗と言える。ぱっと見は私と同じ二十代の若者のようだけれど、羽人は人間と違い、寿命が長い。私達が六、七十ほどで亡くなるのに対し、羽人はそれよりも五十年ほど長く生きるのだ。そのせいなのか見た目の老化が遅い。二十代に見えるイーロも実は私よりも長く生きていて、その年齢は五十二だという。それを聞いた時の衝撃は言葉では言い表せないほどだった。それがきっかけかはわからないが、年齢が知られるようになってからは、イーロに対する黄色い声も静まったように思う。

 臣下の中にはイーロが私を軽んじているなどと目くじらを立てる者もいて、城内では女以外からはあまり印象が良くないというのが正直なところだ。私には対等な口のきき方をし、言いたいことをはっきりと言う。そこには女王への敬意がないと周りは言うが、イーロいわく、敬意など意思疎通の邪魔で、それよりも大事なのは親しみやすさだという。もちろん私を軽んじているのではなく、形式ばった会話では互いの本音をぶつけにくいからだ、というのがイーロの言い分だった。それでも納得しない者はいたが、それは羽人族の大使としての意志と受け止め、私は何も咎めず放っている。遊び呆けているのなら別だが、イーロはルギルの手入れを欠かさず行い、連絡係として真面目に務めを果たしている。口のきき方など大した問題ではない。それに、時には友達のように接してくれる者がいてくれると、私の気も紛れるというものだ。……羽人だからと、少し甘いだろうか。

 廊下を進んでいると、前から早足で近付いて来る者がいた――夫のスヴェンだ。

「……よかった。今回も無事だったようだね」

 そう言うと安堵の息を吐いた。

「大きな戦いではなかったんだから。心配し過ぎよ」

「戦いに大小は関係ない。武器を持って命のやり取りをすることには変わらないんだ。戦場に赴く限り、何が起きたっておかしくないだろう」

 スヴェンは極めて真剣な表情で言った。戦いから戻ると、まずはこう言われるのだ。そして二言目には――

「無事なら大丈夫だね。すぐに執務のほうを――」

 その言葉に対し、私は右手を突き出して止めた。

「待って。見てわかるでしょう? まだ着替えすらしていないのよ?」

 私は鎧姿の汚れた格好を示した。

「これで執務をしろっていうの? 汚れを落としてさっぱりする時間くらい与えてほしいわ」

「わかっているよ。それじゃあ私は先に部屋で待っているから、さっぱりし終えたらすぐに来てくれ。目を通してもらいたいものが山ほどあるからね」

 そう言ってスヴェンは来た廊下を戻って行った。私はただただ溜息を吐き、浴室へ向かう。

 この王国の王になった者には義務が課せられる。先ほど終えた獣人の撃退だ。兵にだけ任せるのではなく、王自らの手で武器を振るうことが昔からのしきたりだ。王国で一番守られなければならない人物が最前線で戦うことには、反対する者も少なくない。スヴェンもその中の一人だ。過去には瀕死の重傷を負わされた王もいたというから、王国を支える者達からすれば王に戦わせるなど言語道断なのだろう。けれどそれが羽人族との約束であり、示すべき絆なのだと私は思っている。この体が戦えるうちは、それを守っていくつもりだ。

 こうして王はたびたび戦いに出てしまうわけで、その間はどうしても内政が停滞してしまう。その内政を代わりに担うのが夫のスヴェンだ。彼は宰相の役をこなしながら王代理も務める。本来なら私が聞き、考えることをスヴェンが受け、まとめるのだ。だが王代理とは言え、私はまだ死んでいないから彼に決定権はない。最後の最後は私の可否が必要となる。それを見極めるには会議でまとめられた膨大な報告書を読まなくてはならない……そう。私の公務の半分は、報告書を読むことに費やされる。これが私は苦手なのだ。だからと言って流し読んで適当にサインをするわけにはいかない。どれも内政に関わる重要な決め事なのだ。隅から隅まで読み、慎重に考えなければならない。この時ばかりは獣人が恋しく思えてくるほどだ。

 次期国王と決まった日から、私は剣術ばかりを鍛えられ、静かに机に向かって読み書きするという作業が苦手になってしまった。体を動かしているほうが性に合うのだ。私よりもスヴェンのほうが王に向いているとさえ思えるが、それでも私は女王になってしまったのだ。嫌がる気持ちを抑え、務めを果たさなければいけない。

 侍女の手を借りて鎧と服を脱ぎ、浴室で気持ちよく湯を浴びて、まっさらなドレスに着替える。濡れた髪をとかし、結い上げ、私は小さな気合いを入れて執務室へと向かった。

「さっぱり出来たかい?」

 入ると、すでに待っていたスヴェンがにこりと笑って言った。

「見ての通り」

 私はすぐに机に着いた。その上には報告書の束が置かれている。

「疲れているところを悪いが、早急に決めてもらいたいものもあるからね」

「悪いと思うのなら、一時間でも休ませてくれる思い遣りっていうものを見せてはくれないの?」

 意地悪にねめつけると、スヴェンは苦笑いを浮かべた。

「これでも思い遣っているつもりなんだけどね。それほど執務が詰まっていると理解してほしい」

 柔和な顔と声でちくりと刺す――スヴェンはたまにこういうところがある。まあそれも内政を取り仕切る責任のためと私は思っているけれど。

「はいはい。私が至らないせいなのね。スヴェンを困らせないようもっと努力するわ」

「ティラ、ふてくされないでくれ。私は何もそんなことは――」

「ふふっ、冗談よ。わかっているわ。しっかりやるから」

 困り顔で笑うスヴェンをいちべつし、私は最初の報告書を手に取った。

 彼と婚姻を結んだのは五年前。私が十九歳の時で、スヴェンは二十四歳だった。大貴族の子息だった彼とはそれ以前からの知り合いで、互いの気持ちを知るのにそう時間はかからなかった。だから彼がどれほど頼りになる男性か、私は昔からよく知っている。もはや公務でも、人生でも、スヴェンがいなければ私は何も出来ないかもしれない。そう言えるほど彼の存在は大きく、そして頼りにしている。

 こうして目を通している報告書も、よくわからない箇所はいちいちスヴェンにたずねなければ正確に理解することも出来ない。私は常に頼りっぱなしなのだ。女王だというのに、我ながら情けないとは思う。けれど、軍事のことなら私は力を発揮出来る。獣人と相対し、率いる兵達の声も直に聞いているのだ。何をどうすればいいのか、そこは様々に考えている。

 時間をかけて読み、いくつかの報告書にサインを記し、次を手に取る。そこには軍事予算に関する内容が書かれていた。それを読み始めて、ふと思い出したことをスヴェンに聞いた。

「……そう言えば、前に言ったルギル製作はどうなっているの? 何も報告がないようだけれど」

「ああ、あの製作は止まってしまってね」

「止まった? なぜ?」

「結果が出せなかったんだ。これ以上続けても同じだという結論に至ってね」

「各地から最高の職人と材料を集めたのに、それでも駄目だったの?」

 スヴェンは肩をすくめた。

「お手上げだったようだ。あの剣、ルギルは我々人間の技術ではまだ作り出せない代物らしい。そして使われている金属も王国領内では見ない物だ。おそらく、羽人族領内でのみ取れる物なんだろう。製作した剣の切れ味はルギルに遠く及ばなかったと聞いている。だからその報告書にも書いているが、残っている研究、製作費用と共に、その計画自体も白紙に戻されることになったんだ」

 それを聞いて、私は呆然と報告書を見下ろした。

「つまり、失敗したってことね……」

「残念ながら、そういうことだ」

 溜息を吐くしかなかった。これは私が提案したことだった。対獣人で様々に考えたことの一つで、現在ルギルは手元に十本しかなく、それが獣人撃退の切り札になっている。だがたった十本ではどう考えても少なすぎるのだ。建国当時ならまだしも、今は王国も大きくなり、領土も広がって、警戒する範囲も広大になった。その全域を十本の剣だけで守るのには限界がある。獣人は普通の武器でも通用はするが、ルギルと比べれば雲泥の差がある。時間がかかれば死傷者も増える。私はその問題を解消したくて、ルギルの複製製作を提案したのだ。同じものが作れれば死傷者は減り、獣人をより多く撃退出来るはずだった。しかし、その期待は羽人族の技術の前で叶わないものとなってしまった。

 私は椅子の背もたれに身を預け、天井を仰いだ。

「十本のルギルでは、どうしたって限界よ」

 ここ最近は獣人の散発的な襲撃が増えており、ルギルの出番は確実に増えている。分散して配置したとしても、獣人の数によっては対処し切れないだろう。私とルギル隊に駆け回り続ける体力はない。

「……再び、長に掛け合ってみるのは?」

 スヴェンの言葉に私は首をかしげた。

「羽人の長には何度と頼んできたわ」

「わかっているが、それでも必要なら頼むしか方法はないだろう? こちらの窮状を訴えて、どうにか気持ちを変えてもらうしかない」

 なぜ私がルギルの製作をしようと思ったのか。それより羽人に作ってもらったほうが早いのでは――そんなことは当然私も考えた。だからイーロを通じて羽人の長に、ルギルを出来るだけ多く譲っていただきたいと伝えた。しかし返ってきたのは応えられないという返事だった。その理由も、考えも、未だに説明はない。イーロに聞いても長の判断だからの一点張りだった。納得のしようがない私は時間を置いて何度か頼んでみたものの、返事が変わることはなく、今に至っている。また同じ頼みをしたところで、すでに答えは見えているわけで、長にかけ合うのは無駄だとわかっている。だがスヴェンの言う通り、こちらの窮状を強く訴えることが出来れば、それによって長の気持ちを動かすことが出来れば、今までとは違う返事を貰える可能性もあるだろうか……。

 コンコンと扉を叩く音に私は顔を向けた。こちらがたずねる前に扉は開いて、そこにはイーロが立っていた。

「……イーロ、いつも言っているだろう。こちらの返事を待ってから開けろと」

「え? ああ、そうだったな。悪い」

 呆れたように注意するスヴェンだが、イーロに反省する様子はない。明らかに聞き流している。そんなことにいちいち小言を言う気もないけれど。

「私に何か用なの?」

「ちょっとルカトゥナに戻るよ。ついでに用事はある?」

 ルカトゥナとは羽人族の住む北の領地のことで、彼らはそう呼んでいる。イーロは定期的に故郷へ戻るため、そのたびに私に長への言伝はないか聞きに来るのだ。

 私とスヴェンはちょうどの機会だと顔を見合わせた。

「……何? 何かあるのか?」

「今それを話していたところなんだよ」

「また伝えてほしいことがあって」

「また……?」

 察したのか、イーロの表情に険しさが浮かんだ。

「ルギルを、譲っていただけ――」

「やっぱりそれか。無理だって」

 私が言い切る前にイーロは難色を示した。

「待って。聞いて。イーロもこちらの状況は知っているでしょう? 獣人に対しては今のところ、ルギルだけが切り札なの。それなのに襲撃が増えてきている今もルギルの数は変わらないわ。だから死傷者も増えるばかり……私達は体を張り、獣人と戦っている。それは羽人族との最初の約束を守るためよ。二種族の絆をこの先へつなげ、さらに深く、大きなものにするのなら、私達の命を懸けた努力に報いてほしいの。何も一緒に戦ってなんて言わないわ。ただ武器を譲ってほしいというだけのことよ。難しいことではないはずでしょう?」

 私は感情を込め、懸命に伝えた。これにイーロは腕を組み、眉をひそめて考え込んでいる。

「言いたいことはわかるよ。でもな……」

「わかるのならお願い。私達の状況をもう一度、代わりに伝えて」

「俺が伝えたところで……もう何度目だ? 聞く耳を持ってくれるかどうか」

「それでもイーロ、あなたに伝えてもらうしかないの。あなただけが望みなのよ」

 じっと見つめ、懇願すると、イーロは唸りながらも言った。

「……そんなに言うなら、一応伝えてみるけどさ。でも長の考えは変わらないと思うよ。期待するだけ無駄だと思っててよ」

「伝える前から、そんなことを――」

 イーロの言葉に少しむっとして言ったスヴェンを私は制した。

「いいのよ。その通りなのだし」

「俺は親切に、正直に言ってあげただけだ。まあ、期待なんかせずに待ってることだね。じゃあ、行って来る」

 別れの笑みを残し、イーロはさっさと執務室を出て行った。小さく息を吐いたスヴェンに私は言った。

「頼みはしたけれど、もう結果はわかっているようなことだから」

 それでも女王として、頼まないわけにはいかないのだ。獣人の襲撃を防ぐには、ルギルがもっと必要なわけで、その問題は決して無視することは出来ない――手元の報告書に視線を落とし、私は引き続き執務を行った。

 その夜、帰って来たイーロからの長の返答は、誰の予想も裏切らないものだった。以前とまったく同じで、応えられないという言葉だけ。つれない返答はもはや私に何の感情も抱かせず、問題への対処を無言で迫るだけだった。

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