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剣と盾の王国  作者: 柏木椎菜


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十一話

 地下牢にいるという獣人の元へ向かいながら、私は先導する兵士に疑問をぶつけた。

「見つけた時、なぜ切らなかったの?」

 それは素朴な疑問だった。獣人の生け捕りというのはかなり難易度が高く、その理由は単純に相手が怪力だからだ。いくら縄でぐるぐる巻きにしたところで獣人の腕力には敵わず、逃げられるのが目に見えている。そうなればかえって兵達の身が危なくなるだけなので、獣人と遭遇したら逃げるか切り伏せるかの二択となる。なので私の記憶の限りでは獣人を生け捕った例はなく、これが初めてのことではないだろうか。

「現場にいた住民や兵士の話によると、獣人は一切抵抗をしなかったとのことです。ですから剣を抜く必要もなかったと」

「逃げる素振りもなく、従順な態度だったの?」

「そのようです。さらには言葉も通じ、意思疎通が出来たこともあるでしょう」

 そうなのだ。私がさらに驚いたこと、それが、人間の言葉を話し、理解するということだった。こんな獣人は見たことも聞いたこともなく、気味の悪さよりも正直、興味が湧いた。どのように言葉を学び、話すまでに至ったのか。それを直接会って聞いてみたいと思い、こうして地下牢へ向かっているわけだが、臣下達からは危険だと散々引き止められたものの、最後は私のわがままを通させてもらった。

 地下牢への扉を前に、それを看守に開けてもらいながら待っていると、先導の兵士が私に振り向き、言った。

「陛下、本当にお会いになられますか?」

「何を今さら言うの。会って話を聞くわ」

「そうですか……」

 兵士は不安げな表情を見せる。

「心配いらないわ。獣人は檻の中なのだし。暴れているわけでもないのでしょう?」

「そうですが……しかし相手は獣人です。いつ豹変するかわかりません。鉄格子があるとはいえ、あの腕力なら簡単に曲げてしまうことも考えられます。やはり近付くのは……」

「大丈夫よ。適度に距離を取って聞くから。向こうの手が届かない程度にね。それにあなたもいてくれるのでしょう?」

「はっ。それはもちろん。陛下をお一人にさせることは出来ませんので」

「ならば安心だわ。では、行きましょう」

 看守が開けた扉へ私は促した。兵士はわずかに逡巡したが、こちらの視線に押されるように地下牢への階段を静かに下りて行った。

 兵士は看守から借りた灯りを手に、暗く静まり返った通路を進んで行く。じめっとした空気とカビ臭さが充満する中、いくつもの牢を通り過ぎながら奥へ奥へと突き進む。私はその背中を追い、やがて現れる獣人の姿を待つ。そして――

「……陛下、こちらです」

 ある牢の前で止まった兵士は私に道を開け、示した。その鉄格子の奥を恐る恐るのぞくと、隅で膝を抱える大きな影があった。あれが、捕らえた獣人……。

 するとその影は私に気付き、ゆっくりと顔を上げた。長い焦げ茶色の髪に、ほっそりとした可愛らしい顔――この獣人は女性なのか。こちらを見るくりっとした黄色い目には怯えが見える。まあ、こんなところに入れられれば誰しも不安になる。

「あまり、お近付き過ぎないように……」

 兵士の注意を聞きつつ、私は鉄格子に向かい合う位置で声をかけた。

「あなたは、人間の言葉が話せると聞いたけれど」

 警戒しているのか、獣人はこちらをじっと見つめていた。捕らえられたばかりでは気軽に話す心境ではないか。

「何もしないわ。ただ、話を聞きたいだけ。……言っていることがわかる?」

 これにも獣人は無反応だった。言葉は理解しているはずだが、どう言えば返事をしてくれるのか――それを考えようとしていた時だった。

「わきゃるわ」

 初めて発した声は顔同様、可愛らしいものだった。いつもは戦場での雄たけびしか聞いていないから、いかにも女性らしい高い声は何とも新鮮に感じる。しかし、わきゃる、とは……?

「……話を聞かせてくれる?」

 獣人は尚も怯えた目を向けてくる。

「ほんとぅに、何もしない?」

「ええ。何もしない。おしゃべりをするだけよ」

 これに獣人の表情から警戒の色が消えた。しかし身を守るように相変わらず膝は抱え続けている。

「わきゃった……何をきゅきゅつぁいの?」

 なるほど。言葉は話せても、発音はまだ完璧ではないようだ。獣人族なまり、とでも言うべきか。けれど意味が通じないほどではない。会話に問題はなさそうだ。

「まず、あなたの名前を教えて」

「名前は、ファウスタ」

「年齢は?」

「じゅうはちぇ」

 まだ十代……どうりで可愛らしい顔と声をしているわけだ。体の大きさは別だが。

「ファウスタ、あなたは城下にいたというけれど、なぜそこにいて、どうやって侵入出来たの?」

 聞くとファウスタは目を伏せて答えた。

「おなきゃが空いつぁきゃら、きゃいものにいっつぁだきぇ」

 ……買い物? 獣人が人間の世界で? それもおかしな話だ。

「侵入した方法は?」

「侵入なんつぇ、しつぇない」

「あなたは城下で捕らえられたのだから、それは間違いなく王国内へ侵入したことになるわ。どういう経路で城下まで来たの?」

「どういう……?」

「城下に入るきっかけがあったはずよ。そうでしょう?」

「………」

 ファウスタは何かを言い淀んでいるふうだった。

「侵入でないのなら、どうやって城下に入ったの?」

 うつむき、なかなか答えてくれない。警戒心は解けてもまだ怖いのだろうか。それとも後ろめたいことでもしているのか……。

「……人間に、危害を加えて入ったの?」

 そう聞くとファウスタは弾かれたように顔を上げた。

「ちぇがう! そんなきょつぉ、しつぇない!」

 突然の大声に兵士が私を牢から遠ざけようとしたが、それを制して聞いた。

「では教えて。正直に。私はそれを聞くだけよ。何もしないから」

 視線を泳がせ、迷いを見せていたファウスタだったが、やがて再び目を伏せ、落ち着いた声で話し始めた。

「……おばあちゃんが、家に、招いつぇきゅれつぁ」

「おばあちゃん?」

「つぉっつぇも優しい人間だっつぁ。自分のきょどもみつぁいに、面倒みつぇきゅれつぁ」

「おばあちゃんというのは人間で、その人があなたを城下に……自分の家に招き入れたというの?」

 ファウスタはこくりと頷く。人間が獣人を招き、しかも面倒まで見ていた……? 聞いただけではにわかに信じられない話だが――

「そのおばあちゃんは、あなたが獣人だと知りながらそんなことを?」

「つぁぶん、知らなきゃっつぁつぉ思う。わつぁし、人間になっつぇいつぁきゃら……」

「どういうこと? 人間になっていたって……」

 するとファウスタは視線を上げて私を見た。

「なきゃまは皆、きょわいきゃおしてつぁつぁきゃってばきゃりで、そんなきゅらしがわつぁし、すごきゅ嫌だっつぁ。だきゃら、つぁまにきょっそり人間のきゅらしを眺めにいっつぇいつぁの。そうしつぇるうちぇに、人間が幸せそうに見えつぇ、わつぁしも、人間になっつぇきゅらしつぁいっつぇ思うようになっつぇ……」

 おもむろにファウスタは自分の焦げ茶色の頭に触れた。

「だきゃら、人間になろうつぉおもっつぇ……つぉのを、きぇっつぁの」

「きぇっつぁ……?」

 難解な発音に思わず聞き返すと、ファウスタは抱えていた膝を放し、四つん這いでこちらに近付いて来た。

「陛下、ご注意ください」

 すかさず兵士が注意をする中、ファウスタは鉄格子のすぐ前まで来ると、頭を見せるように向けてきた。

「きょれ、きぇっつぁ、つぉの」

 右側頭部辺りの髪をかき分けると、そこには白く丸い石のようなものがあった。それを見て私は今さら気付いた。獣人なら当然あるものが、ファウスタには見当たらなかった。その理由はつまりこれ――

「……角を、自分で切ったというの?」

 こちらを見て、ファウスタは小さく頷いた。

「きぇれば、みつぁめは人間ときゃわらないきゃら」

 白く丸いものは角の断面――言う通り、人間と獣人で見た目に大きく異なるのは体格と角くらいだ。だが体格なら大きな人間もいないわけではなく、そう考えれば実質異なるのは角だけとも言える。それがないのなら、見た者は同じ人間だと判断してしまうかもしれない。それにしても、自分で角を切ってしまうなんて、随分と大胆なことをする。

「その、人間と変わらない姿で、おばあちゃんと出会ったの?」

「いつぉもおばあちゃんは、森の側で野草やきゅのきょをつぉっつぇつぁ。それをまいにつぇ眺めつぇつぁら、ある日おばあちゃんきゃら話しきゃきぇつぇきぇつぇ……」

 ファウスタは目を細め、うっすらと笑んだ。

「ほんつぉに嬉しきゃっつぁ。まだ言葉はわきゃらなきゃっつぁきぇど、しんせつぉにしつぇきゅれつぇるのはわきゃっつぁきゃら。そんなきょつぉを何度もきゅりかえしつぇつぁら、おばあちゃんが家に招いつぇきゅれつぁ。ちぇっちゃな家だっつぁきぇど、わつぁしはすごきゅ幸せだっつぁ。ようやきゅ、人間になれたみつぁいで」

 この獣人は本当に人間に憧れ、私達のようになりたかったようだ。そんなふうに思う獣人がいるだなんて、想像すらしていなかった。

「でも、おばあちゃんは悪きゅない。わつぁしが人間になったきょつぉを知らなきゃっつぁ。わつぁしがだまっつぇつぁきゃら……」

 先ほど言い淀んでいたのはこのためか。獣人を引き入れたおばあちゃんにまで罰が及ぶと思い、ためらったのだろう。それだけこの獣人は気を許し、信頼しているようだ。

「……それで、おばあちゃんの家には何度も行ったの?」

「うん。何度もいっつぇ、きょつぉばも教えつぇもらっつぁ」

「言葉を?」

「いっぱいおばあちゃんと話しつぁいきゃら、お願いしつぁの。きゃわりに、せんつぁきゅや、掃除をやっつぇあげつぁ。おばあちゃん、すごきゅよろきょんできゅれつぁ」

 私は少し引っ掛かった。言葉が話せない人間に言葉を教える――少しおかしくないか? 読み書きならあるかもしれないし、ファウスタの耳が不自由だったのならまだわかるが、そうではなく、人間の言葉が話せなかったのだ。学がなくても、話すことくらいは出来て普通に思うが、教えるおばあちゃんはそこに違和感を覚えなかったのだろうか。人間の言葉が話せない人間ということに……。

「わつぁし、つぉのがなきゃっつぁし、きゃえっつぇも居場所がもうなきゃっつぁ。だきゃら、おばあちゃんにつぁのんで、一緒に住まわせつぇもらうきょつぉにしつぁの」

「いつから同居を?」

「おばあちゃんが育つぇつぁ花が二きゃい咲いつぁきゃら……二年、きゅらい」

「に、二年も、城下で民に紛れて生活を……?」

 角を切って人間になり切っていたとはいえ、巡回する兵士にはさらなる教育が必要そうだ。

「でも、わつぁしはほつぉんど家きゃら出なきゃっつぁ。きゃいものにいきゅのはおばあちゃんで、いきぇつぁきゅつぇもつぉめられつぁきゃら」

「街へ出るのを、止められていたの?」

 ファウスタは頷く。これでわかった気がする。出会った当初からかは断言出来ないが、少なくともどこかの時点で、おばあちゃんはファウスタが人間でないと気付いていたに違いない。すなわち獣人だと知っていたのだろう。それを承知しながら同居を続けていた。ファウスタの感じたままならば、おそらく家族のような関係が出来上がり、そしてそれを失いたくなかったのだ。だから街へ出ることを止めていた……。

「あなたは、なぜそれを無視して街へ出たの?」

 聞くとファウスタの表情は暗く変わった。

「おなきゃが、空いつぇ、きゃいものにいきゅしきゃなきゃっつぁ……」

「買い物はおばあちゃんがしてくれると――」

 ファウスタはぶんぶんと首を横に振った。

「もう、おばあちゃんは、いないきゃら……」

「いない? なぜ?」

「死んじゃっつぁの……すきょし、前に……」

 唯一の頼みの綱を失ってしまったのか。

「さいきぇん、おばあちゃんは具合が悪きゅつぇ、寝つぇるきょつぉが多きゃっつぁ。それでもわつぁしのつぁめに、きゃいものにいっつぇきゅれつぇつぁんだきぇど……朝になっつぇもおきゅてきょなきゅつぇ、見にいっつぁら、おばあちゃん、つぇめつぁきゅなっつぇつぇ……」

「……病死か、寿命だったのね」

「すごきゅ悲しきゃっつぁきぇど、おばあちゃんは、庭に埋めつぁ。大好きゅな花を供えつぇあげつぁ……」

「戻ったら、城下でこのことを調べてちょうだい」

 私は兵士に耳打ちし、ファウスタへ視線を戻す。

「なんにちぇきゃは、のきょっつぁつぁべもので過ごしつぁきぇど、それもなきゅなっつぇ、きゃいにいきゅしきゃなきゃっつぁ」

 残っていた食料が尽き、街へそれを求めて出たというわけか。

「周囲の者達は、あなたがなぜ獣人だとわかったの?」

「皆より、大きゅいきゃらだに、それつぉ、話しきゃつぁが変だっつぇ言われつぁ」

 このなまりは確かに目立つし、人間からすれば違和感もある。

「怪しいっつぇ言われつぇ、あつぁまをつぃきゃまれつぇ、それで、つぉのが見つぃきゃっつぁの」

「なるほど。そして捕まったというのね。けれど、獣人のあなたなら人間なんて簡単に蹴散らして逃げることも出来たはずよ」

「わつぁしは人間になりつぁいの。そんなきょと、しつぁきゅない」

「こうして捕まるとわかっていたのに?」

「つぁつぁきゃいなんつぇ、もううんざり……わつぁしはつぁつぁきゃうよりも、人間となきゃよきゅしつぁきゃっつぁの。誰も、きゅずつぃきぇつぁきゅない……」

 傷付けたくない――この言葉を聞いて、私の脳裏に一連の出来事がよぎった。私を殺さずに捕らえた獣人、その拠点内では意見が二分し、そして出会った人間の老人は、我々は敵ではないと言った……。昔から獣人族というのは野蛮な種族で、人間と羽人族の敵だった。遭遇すれば容赦なく襲われ命を奪われる、まさに最大の脅威。それが王国での認識であり常識でもあった。だが目の前にいる獣人ファウスタは、その常識から外れた存在と言える。戦いばかりの仲間達に辟易し、人間に憧れを抱き、さらにはその人間になろうとしていた。捕らえられても、暴れることも逃げ出すこともしようとしない。戦うことを放棄している。拠点内で見た獣人の一部が、ファウスタとまったく同じ考えとは思わないが、けれど戦いを嫌い、避けようとしている者もいるのかもしれない。あの老人は、そのためにあんな言葉を言ったのだろうか。

「……わつぁしは、どうなるの?」

 ファウスタは不安な目で私を見上げてくる。

「何も悪いきょつぉ、しつぇない。侵入だっつぇしつぇないのに」

 獣人だからと一応捕らえはしたが、確かにファウスタは何か悪さをしたわけではない。侵入というのも、強引に押し入ったのではなく、人間側から招き入れたわけで、ファウスタに非はないと言える。そもそも獣人族が王国領内に入ることを罰する法令はない。入られる前に撃退してしまうから作る必要がなかったのだ。獣人族を発見したら、ただちに兵を向かわせ、切り伏せる。それが普段の手順ではあるが、今回ばかりは例外だ。ファウスタはあまりに獣人らしからぬ獣人だ。野蛮のやの字も見当たらない。何より意思疎通が出来る獣人など初めてのことだ。だから捕らえた兵士も殺さなかったのだろうが。

「死ぬの? きょろされるの?」

 不安定に揺れるファウスタの瞳を見つめ、私は言うべき言葉を考えた。獣人は人間の敵だ。しかし悪意を持たない獣人まで敵とみなしていいものか。この例外な存在を、例外として扱うべきなのか……。

「……あなたをどうするかは、これから話し合って決めるわ。それまではここにいてもらう」

「いつぉ、きぇまるの?」

「それはわからないけれど……」

 するとファウスタは鉄格子をつかみ、こちらを見上げた。

「わつぁし、人間になりつぁい。人間つぉきゅらしつぁいの。まだ、死につぁきゅない……」

 がっくりとうなだれたファウスタは、そのまま床にうずくまってしまった。子供を終えたばかりの十八歳なのだ。まだ死にたくないという言葉は、運命を決める側には重いものだ……。

「陛下、参りましょう」

 話が終わったと見て、兵士が戻るよう促した。通路を歩きながら何度か振り返ってみたが、ファウスタは感情を押し殺すようにうずくまったままで、その表情をうかがうことは出来なかった。

 階段を上がり、日の差す地上へ出たところで兵士が私に言った。

「陛下、あの獣人の言葉を鵜呑みにされてはいけません」

「……どういうこと? あの者が嘘を言っていると?」

「その可能性は十分あり得ます。何せ相手は獣人ですので」

「けれど、あなたも聞いていたのだから、あの言葉や口調に真実味があると感じなかった?」

「そう聞かせるのが嘘というものです」

 まあ、そうなのかもしれないけれど……。

「……あの獣人をどうするかは、城下で話の裏付けを取ってからにします。その調べのほうはお願いね」

「承知いたしました」

 敬礼をすると兵士は足早に去って行った。それを見送っていると、入れ違うようにこちらへ向かって来る人影があった――イーロだ。

「よお。話は聞けたのか?」

 普通に話しかけてきた顔を、私はじっと見返した。

「……何だよ」

「もしかして、ずっと待っていたの?」

「待ってたっていうか、どうなったか気になったから……で、何か聞けたのか?」

 私はファウスタの話を掻い摘んで話した。

「――つまり、侵入したわけではなかったの。あの獣人は戦いを嫌がり、ただ人間のように暮らしたかっただけみたいで」

「ティラ、まさか本気でその話を信じてるのかよ」

 呆れたようにイーロが言った。

「私は嘘のようには聞こえなかったわ。心からそう思っているように――」

「そんなわけないだろう。お人好しが過ぎるんじゃないか?」

「あなたも、先ほどの兵士と同じ意見のようね……話は作り話だと?」

「当たり前だ。人間になりたい獣人なんかいると思うか? 多分そいつは俺達に敵意がないと見せて、王国内へ偵察に来たスパイってところだろうさ」

「スパイ? あんな若い女性が?」

「だからだよ。普段戦ってるようなごつい獣人じゃ目立ち過ぎるし、即警戒もされる。でも若い女ならそこまでじゃない。街中にもある程度溶け込めたはずだ」

「それはどうかしら。城下には二年ほどいたと言うけれど、それは家から出なかったからで、独りになってから初めて街へ出た時に、その正体はばれているわ。スパイと考えるにはあまりにお粗末だと思うけれど」

 これにイーロは一瞬言葉に詰まった。

「それは、ただスパイとしての能力が低かっただけだろう……とにかく、解放するのは危険だ。どんな情報を得てるかわからないんだからな。さっさと始末するべきだ。王国のためにも」

「あなたの意見はわかったわ。けれど判断は他の者にも聞いてからよ」

 そう返すと、イーロは少し不服そうな目を向けてきた。

「……まあ、俺が言いたいことはそれだけだから」

 そう言って踵を返し、イーロは来た道を戻って行った。獣人は私達の敵。だから殺してしまえばいい――そんな考えを持つ気持ちもよくわかるが、ファウスタは今までの獣人と明らかに違う。話したことがすべて嘘だとしても、言葉が通じる獣人は貴重な存在だ。安易に殺してしまうには惜しい気もする。何にせよ、今のところ彼女に罪らしい罪はなく、罰を受けさせる理由もない。城下での調べが済むまでは、まだこのままにしておく他ない……。

 そして後日、その調べが済んだと報告が上がってきた。それによると街の郊外にファウスタが潜んでいたと思われる家を発見し、そこを調査した結果、庭に老女の遺体が埋められていた。その上にはファウスタが言っていたように花が供えられていたという。運んだ遺体を解剖して判明したのは、老女は病死だったということ。これもファウスタの話通りだった。つまり、彼女は嘘を言っていなかったというわけだ。完璧な裏付け――私の迷いは深くなるばかりだった。

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