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剣と盾の王国  作者: 柏木椎菜


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十話

 公務が一段落した昼下がり、私は居室のソファーで束の間のくつろぎを得ていた。お茶を飲み、晴れ渡った窓の外を眺める。静かな時間……以前ならばあの景色のどこかで、私はルギルを振って獣人を撃退していた。しかしその光景は未だに戻っていない。襲撃がないのは喜ぶべきことだが、やはり不気味にも感じる。武器を手にする機会がない最近は、こんな時間を過ごすことが多くなってしまった。体よりも頭が疲れている。獣人が現れなくなったらなったで、考えるべきことは山ほどあるものだ。

「ティラ、入るぞ」

 声と同時に突然部屋に入って来た姿を、私はねめつけた。

「……イーロ、入る前に一声かけてといつも――」

「ああ、そうだったな。忘れてた。それよりこれ……」

 何の反省も見せず、代わりに手に持っていたルギルを見せた。

「ルギルがどうしたの?」

「どうしたって、修理が終わったんだよ。その報告だ」

 よく見れば、壊されていた石が元通りの丸い形に直されている。

「まあ、ご苦労様。最近あまり姿が見えないと思っていたけれど、ずっとこの修理にかかりきりだったの?」

「俺は直せないから、ずっとってわけじゃないけど、ちょくちょくルカトゥナには戻ってたよ。進捗具合を見るためにな」

「随分と熱心なのね。刃が折れたわけでもなく、ただ飾りの石が壊れただけなのに」

「ただの飾りじゃない。大事な飾りだ」

 イーロはこちらをじろりと見てくる。そう言えば前にもそう言っていたっけ。羽人族にとっては高価な石だとか。

「大事なものならば、直さずに外してしまったほうがよかったのではない? そうすればまた壊される心配もないし」

「これがあるのとないのとじゃ大違いだ」

「何が違うというの?」

「何って……ルギルの見た目だよ。美的印象ってやつさ」

 私は改めてルギルを眺め、石がない場合を想像してみる。……なければ確かに、質素過ぎる剣でしかなくなるが、しかし石が一つ加わったとしても――

「それほど大きな違いはないと思うけれど」

 これにイーロは鼻を鳴らした。

「まあ、俺達の感覚は人間にはわからないんだろうさ。無理に理解することもない。……伝えるのはこれだけだ。それじゃあな」

 イーロは踵を返し、さっさと帰ろうとする。

「ちょっと待って。もう少し話さない?」

 足を止めるとイーロは怪しむ目を向けてきた。

「ティラからの話は、大体が長への頼みごとって決まってるからな」

 それは私も自覚しているけれど……。

「今日は頼みごとはなしよ。あなた達の意見や考えを聞きたいの」

「単なる雑談ってわけでもないのか……どうせ暇だし、まあ、いいけどさ」

 そう言うとイーロはルギルを机に立てかけ、私の向かいのソファーに腰を下ろした。

「……で? どんな意見を聞く気だ?」

 両肘を立て、組んだ手に顎を乗せると、イーロは身構えるように私を見据えた。

「殲滅作戦のこと、あれから長には伝えてくれたのかしら」

 イーロの見据える紫の瞳が一瞬だけ揺れた。

「……一応、な」

「それで、長は何と?」

「予想通りだよ。認められないって答えだ」

「なぜそれを教えてくれなかったの?」

「ティラもわかってたことだろう。いい返事なんかないって。教えたところでまた感情的な言い合いになるだけだと思ったんだ」

「以前の保管室での話は、確かに感情的になりすぎたと思う。だから今日は冷静を努めるわ」

 私は座り直し、正面のイーロを見る。

「……まず、私達は建国時からの約束を破る気はないわ。獣人が現れれば即座に撃退へ向かう。王国の民、ひいては羽人族のために」

「ああ。それを続けてもらえるならありがたいね」

「あなた達がこの約束をした理由は、自分達では敵わない脅威――獣人族を、人間の手で代わりに撃退してもらうためなのでしょう?」

「そうだな」

「羽人族は獣人族を脅威に感じている――そこで私はよくわからないの」

「何がだ? 俺達の敵は獣人族だ。わからないことなんてないだろう」

「関係性ではなくて、その上での長の考え方よ。羽人族にしてみれば、自分達を襲う獣人族など消えてくれたほうがいいはず。それなのに殲滅作戦はしたくないなんて、矛盾しているわ。長は一体どのようなお考えで矛盾を口にされているの?」

 イーロは眉をひそめて言う。

「別に矛盾じゃない。何度も言ってるが、長は戦争をしたくないだけだ」

「戦争は望まないけれど、散発的な戦いはやれと? 大規模は駄目で、小規模ならいい……その理屈は何?」

「何って……戦争になれば、たくさんの被害に犠牲者も出る」

「私達人間の心配をしてくれるの? けれど被害や犠牲者はこれまでの戦いでだって出ているわ。その総数を数えたらものすごい数になるはずよ。それこそ戦争をしたみたいにね」

 言葉に詰まったらしいイーロを見つめて私は続けた。

「これは責めているのではないのよ? 約束した以上、被害を受けるのは仕方のないことだもの。でも私はそれを出来る限り減らしたいの。そのためにはどうすべきかと考えた時、ただ受け身で撃退していてはらちが明かず、駄目なのよ。だからこちらから攻め込み、獣人族そのものを殲滅する……それしか、被害を避ける方法はないでしょう?」

「言ってることはわかるけど、でも、そうしてもし失敗したら? 獣人族の力を見誤るようなことがあったら、逆に人間は攻められて大変なことになるぞ。そうなれば俺達の身も危なくなる」

「もちろん確実な勝算があった上での話よ。すぐに実行出来るものではないわ。けれど殲滅作戦を行えれば、この長く続く戦いを終わらせられるかもしれないのよ。それはあなた達にとっても望むべき話でしょう?」

「俺達は別に、戦いを終わらせることにはこだわってない。獣人族の手から守ってもらえればそれで――」

「つまり、私達人間に、この先も戦い続けろと?」

 見つめたイーロの目に、少しだけ気まずさが浮かんだ。

「そ、そういう意味で言ったんじゃない。俺達が望むのは俺達の安全だってことだけだ」

「戦いが終われば、その安全は確実なものとなるわ。私達も戦いから解放される。実際に戦わない長が殲滅作戦を嫌がる理由が、私にはまだよくわからないわ……」

「それが長の意思なんだ。しょうがないだろう」

 腕を組んだイーロは背もたれに身を預け、部屋の遠くへ視線を投げた。殲滅作戦を実行したところで、羽人族側には何の損害もなく、それどころか脅威を消し去れるかもしれないというのに、長は頑なに考えを変えてくれない。まるで現状に満足しているようにさえ感じられる。戦争になれば被害がさらに増えるのはわかる。その心配をするのもわかる。だからと言って延々と続く獣人族との戦いを必要悪のように考えられては困るのだ。戦うのも被害を受けるのも、私達人間なのだから。襲撃を繰り返す獣人族など、誰にも必要のない敵だ。おそらく、イーロの言った言葉が長の心にもあるのかもしれない。「――もし失敗したら?」……これが本音なのだ。自分達に降りかかる危機を恐れて、現状を変える意思を持てないのだろう。

「……長は、私達を信用していないのね」

「え……?」

 イーロは丸い目を向けてくる。

「あなたが心配するくらいだから、長も同じ心配を抱いているのでしょう? 殲滅など出来ないと」

「そんなことは、一言も……」

「いいのよ。現に切り札は十本のルギルだけ。大勢の獣人を相手にするには少なすぎるもの。長はこれにも協力をしてくれそうにないし」

「ティラ――」

 何かを言おうとしたイーロを私はすぐに制した。

「わかっているわ。今はそういう交渉はしないから。けれど、私は戦いを終わらせられる可能性があるのなら、そうしたいのよ。人間も、羽人族も、誰も傷を負わず、命を落とさない、平和な世界を築きたいの。この気持ちだけはわかってほしい」

 私の訴えにイーロはどこか戸惑うような表情で聞いてきた。

「平和だなんて、何か、ティラっぽくないな。今までは獣人にどう勝つかばっかりだったのに……どうしたんだよ」

「どうしただなんて失礼ね。私だって平和の言葉くらい使うわよ」

「そりゃ悪かったな。大分聞き馴染みがなかったもんでね」

「まあ、私も最近意識し始めたことよ。スヴェンと話してね」

「ふーん、何を話したんだよ」

「私達の子……世継ぎを考えてほしいと」

「ああ、そう言えばまだ子供がいなかったな。いいじゃないか。今は獣人も襲って来ないし」

「でも、今はまだ無理よ」

「何で?」

「獣人が静かすぎるもの」

 イーロはあからさまに首をかしげた。

「あなたも感じているでしょう? 襲撃が止まった不可解さを。こんな不穏な中で休んでいる場合ではないわ。王として出来ることがあると思うの」

「確かにおかしな動きだけど、世継ぎくらい作っておいたほうが周りも安心するだろう」

 これに関してはイーロもスヴェンと同意見らしい。

「いざという時に身重で動けないのは嫌なのよ。その前に獣人族をどうにか出来ればいいのだけれど……」

「おいおい、戦いが終わるまで世継ぎを産まないつもりか? 次の国王を決める時に揉めても知らないぞ」

「嫌だなんて言っていられないことはわかっているわ。これはあくまで私の理想よ」

「理想?」

 目で問うイーロに私は頷きを返した。

「……この王国の未来を想像してみたの。そこでは新たな王となった私の子が今と変わらず獣人族と戦っている。そしてその先では孫も同じように……。私達は永遠に戦い続けていたわ。そこに終わりは見えない。亡き母上がかつて私に剣を持たせたがらなかったことを思い出して、はっとしたの。今の私も同じ気持ちだと。子が出来たら、戦いなどには出てほしくない。そんなものとは無縁の、平和な世で育ってほしいと願っている。犠牲を払いながら剣を振ることに、出来るならば私は終止符を打ちたいと思っているの」

 ふと見ると、イーロは真っすぐこちらを見つめていた。

「……自分の子供ために、戦争を起こして早く決着を付けたいってわけか?」

「だからこれは理想よ。殲滅作戦はそう簡単に実行出来ないもの。準備にはまだまだ情報が足りないから」

「今はその情報を集めるために、休んでる場合じゃないってことか」

「まあ、そんなところね」

「けど、情報ったって、どこからどう集める気だよ。獣人に聞きに行くわけにもいかないだろう」

「それなのだけれど……やはり私は、あの男性が気になるのよ」

 これにイーロの表情が怪しむように歪む。

「まさか、それって……」

「ええ。洞窟内で会ったあの男性のことよ。確かに獣人族に加担しているかもしれないけれど、それはまだわからないわ。何か理由があって強制されているだけとも考えられる。本人から直接聞かなければ敵か味方かなんて――」

「獣人族と一緒にいる時点で、そいつは裏切り者だ」

 低く、強い口調できっぱりと言ったイーロに少し驚きつつ、私は言った。

「そうとはまだ言い切れないわ。たとえそうでも、あの男性からは話を聞き出すべきだと思うの。獣人族の拠点内部にいて、私達と言葉が通じるのよ? 情報を得るには打って付けの人物――」

「話なんか聞き出す価値もない。それが真実の情報かは知りようがないんだ。裏切り者はティラを騙すことしかしないよ。会っても殺されるのが落ちだ」

「なぜそう決め付けるの? 上手く捕らえられれば必ず何かしらの情報は手に――」

「駄目だ。やめたほうがいい。王国から離れた人間なんて信用するな」

 私は眉をひそめるしかなかった。以前の時もそうだったが、イーロはこの老人の話になると途端に嫌悪感のようなものを見せる。裏切り者だから、とも思えるが、それにしても否定的すぎる言葉ばかりだ。騙している、殺される、信用するな……もちろん信用などまだしていないが、しかし情報を持つ可能性は少なからずあるのだ。そのための接触を止めるほど、私もイーロも老人について何も知らない。本当に裏切り者かも判断は出来ないはずなのに……。

 イーロへの戸惑いが返す言葉を迷わせ、部屋にはしばし静寂が流れた。私が視線を泳がせ、疑問の言葉を探していると、部屋の扉が静かに鳴った。

「失礼いたします」

 そう言って扉は開くと、そこには軍部の制服を着た兵士が立っていた。……珍しいな。軍の人間が直接私の部屋を訪れるなんて。

「どうしたの?」

 声をかけると、兵士は敬礼をしてから言った。

「はっ。つい先刻、城下から報告がありまして、陛下にお伝えに参りました」

「城下から? 一体何?」

「はっ。報告によりますと、民に紛れて侵入していた獣人一人を捕らえたということで――」

 私は思わずソファーから立ち上がった。

「獣人が、し、侵入ですって?」

「ティラ、落ち付け。……それで?」

 イーロが代わりに兵士を促す。

「はっ。陛下にその処断をしていただきたく、うかがった次第です」

 まさか、獣人が城下に入り込むだなんて……。

「やつら、とうとう動き始めたのか……?」

 イーロがぼそりと呟く。まだ、何もわからない。とにかく今はその侵入したという獣人をどうすべきか、決めなければ――私は兵士に案内を頼み、足早に部屋を後にした。

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