00話 筋肉と転移
「筋肉は裏切らない」
これが我が剛力家の家訓である。陸上競技100m,200m,400mにおける世界記録保持者の母、ボクシング、柔道、プロレス等あらゆる格闘技において世界を制した父に育てられた俺が、もちろん普通に育つ筈がなく、あらゆる状況を筋肉で解決する「脳筋」に見事に育ってしまった。現在17歳の高校2年生だ。
「なあ努、頼むから空手部に入ってくれよ!」
「ダメだってば!努は陸上部のエースなんだから!」
いつものように俺を勧誘するボクシング部の翔平と、それを断る陸上部マネージャーの茜音。2人とも俺の幼馴染だ。
「それより、2人とも今日練習休みだよね!今日の放課後久しぶりに3人で遊びに行かない?」
唐突な茜音の提案で半ば強引に放課後に遊びに行くことになった。
今日の放課後は筋トレしたかったんだが、茜音には逆らえないな。最近伸び悩んでいるおれを励まそうとしてくれたのかな……?そんなことを考えながらどこか上の空で歩いていた時、
「努!危ない!!」
ドン!っと鈍い音を立てて1台のトラックが俺を跳ね飛ばした。
翔平も茜音もどこか信じられないといった表情で茫然としながらも駆け寄ってくる。
あれ?おかしい、痛い。熱い。今までこんな痛みを感じたことなんてらなかったのに……。
「はやく救急車を!血が止まらないよぉ……」
もしかして俺死ぬのか?
おいおい、筋肉は裏切らないんじゃなかったのかよ……。
突然、薄れていく意識の中で聞こえていた翔平と茜音の叫び声が消えた。傷の痛みも消えた。
幽体離脱ってやつか?時間が止まったように感じる。いや、本当に止まっている!?
『貴方は未だ死んでませんよ』
声が聞こえる。誰だ?この聞き覚えのない、だがどこか懐かしく感じる声は?
『私は神と呼ばれる存在です。この世界では貴方の身体は既に限界値に達しています。この世界でこれ以上の身体の成長は望めないでしょう』
意味がわからない。限界値?何を言ってるんだ。だが、最近確かに自身の成長を感じられなくなっていた。こいつが言っているのはそのことなのか?
『その通りです。貴方はこれ以上この世界にいても成長は難しいでしょう。そこで提案です。このまま別の世界、身体の限界値がより高いところにある世界へ転移してみませんか?その世界で貴方はより高みへ成長できることでしょう』
俺が死の間際に思ったことは幼馴染2人のこと、両親への感謝、たくさんあったが1番大きかったのはトラック程度に負けてしまった自分の筋肉への恥だった。俺の身体は既に限界まで鍛えられていたのか……。
「この世界での俺の身体に未来が無いって言うなら、転移する!この神様を信じていいのか分からないが、俺は俺の筋肉への衝動を信じるしかない!!」
『どうやら答えは決まったようですね。それではまた会いましょう。あちらの世界で』