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桃郷百鬼夜行  作者: 龍宮群青
エピローグ
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エピローグ

 戦いが終わった後、黒谷と山田は姿を見せなかった。

 蛇足である、ということなのだろう。


 猿田としては非常に格好良く終わった気になっていたのだが、あの後、吹っ飛ばした父の遺骨を探すのに随分と手間取った。崩落した妖怪レイヤーのマンションの瓦礫の中から、一通り集め終わるころには夜が明けていた。捜索作業は戦っていた時間よりもずっと長く、たいへん締まりが悪い。


 その後、猿田と犬塚は朝日が昇る下北沢の街を並んで歩いて、天狗寺の様子の確認に向かった。

 二人とも徹夜ということで口数が少なかったが、静かに達成感を共有しているようで、くすぐったくも心地よい時間だった。


 しかし、いざ天狗寺に辿り着くと、猿田はあんぐりと口を開けて立ち尽くした。

 更地になっていた。全焼である。


「猿田……その、どんまい?」

「どうしよう、これ……」


 今更ながら、ふつふつと、黒谷に怒りが湧いてくる。今度会ったらぶっ飛ばしてやると猿田は決心した。

 呆然としている猿田に、犬塚がおっかなびっくり言う。


「あ、あのさ、ひとまず、うち……来る?」

「え? 良いの? 一応、男だぞ?」

「か、勘違いしないでよね! あああ、あんたが困ってるから、特別よ!」


 ありがたい御言葉だ。

 マンションに着くと、悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて瓜園うりそのが出迎えた。


「あらあらあらあら。仲がよろしいようで」


 犬塚が一人暮らしだと思ってそわそわしていたのはなんだったのかと、猿田は損したような気持ちになった。本当に勘違いしてどうする。


 翌日は休日ということもあり、その日は二人とも、昼すぎまで惰眠をむさぼった。

 その後、猿田は結局、住む場所の当てがつくまで、二人のマンションに居候させてもらうことになった。


「ま、まぁいいんじゃない!? あんたはパートナーなんだから、そっちの方が何かと都合がいいでしょ!」


 とは、犬塚のげんである。


 〇


『連続都市伝説多発事件』の顛末てんまつについてだ。


 行方不明になっていた『連続都市伝説多発事件』の被害者二八名全員は、あの最終決戦が行われた日の朝、家のベッドで眠っているところが発見されたという。被害者全員、行方不明中の記憶はサッパリないが、身体は健康そのものとのこと。


 猿田は死者がいないことにひとまず胸を撫でおろした。

 しかし黒谷は「呪いによって人を殺したい衝動に駆られたというのなら別だけど」と言っていた。あいつはきっと、その呪いが人を殺さなければ満たされないものであるならば、その妖怪のところに行って人を殺すように促すのだろう。


 猿田に人を助けるヒーローになるよう促したのと同じ論理で。


 被害者たちが都市伝説に実際に遭遇したという話はテレビなどで拡散され、世の中ではますます都市伝説や怪談の類が盛り上がりを見せている。

 それはすなわち、人が恐怖を抱いて逢魔時空に引きずり込まれる土壌が着々と育っているということで、オロチとしては面白くない展開だった。


 〇


 父の遺骨は二度と操られたりしないようにと、その後、粉々に砕かれて粉末になった。


 瓜園によれば、死体と認識できないレベルで砕かれていれば、操ることもできないだろうとのことだ。妖怪の異能の対象は、そうであると認識できるかどうかが鍵を握るケースが多いのだ。花山がデザインマンションの一室を個室トイレだと認識していることで、異能の対象にできているように。


 瓜園に聞くところによると、父の遺骨だけでなく、所在が判明している妖怪の遺骨は、オロチの人間で手分けして遺族の了承をもらいつつ、全て砕く措置を取っていると言っていた。確かに、墓を暴かれて、また操られてはたまらない。


 それでも『桃郷大学決戦』で行方不明になった妖怪は多数おり、それらの遺骨をまだまだ劇団『百鬼夜行』が所有している可能性は高い。またどこかで、黒谷が操る異能を宿した死体と戦うことになるのだろうと、猿田はなんとなく思った。



 砕かれた父の遺骨は、せっかくなので、とある形で一部を手元に残すことにした。


 〇


 週が明けて学校に行くと、猿田はクラスの人間に随分と心配された。


 天狗寺は地元民に愛される寺なのである。そこが全焼したとなればちょっとしたニュースであり、そこの住民である猿田は、有名人のようにインタビューを受けることとなった。


「疲れた……」


 下校する頃には、猿田はどっと疲れていた。


「まぁ、お前に何もなくてよかったよ」


 隣には遠藤が並んで歩いている。

 この遠藤を通じて、これまで黒谷は自分のことを見てきたと言っていた。ということはおそらくこれからも、遠藤との会話は黒谷に筒抜けということになる。


 そして、おそらくは、今この時も。


 猿田は隣を歩く遠藤の顔をまじまじと見つめる。

 こいつを通して、今も黒谷が自分のことを観察しているかもしれないと思うと、猿田は無性に腹が立ってきた。ストーカーのようで気味も悪い。


(確かあいつ、五感を共有してるとか言ってたよな……)


 だとすれば痛覚も共有されているだろうか。そんなことを思い、猿田はふと足を止めた。


「おい」


 猿田が呼びかけると、遠藤は足を止めて振り返った。


「なんだ?」


 間抜けな顔で振り返った友人の左頬に、猿田は思い切りビンタを見舞う。



 パンッ。



 かなり強めに引っ叩いた。遠藤は頬を抑えて抗議する。


「おま、いきなり何をする! 今のかなり痛かったぞ!」

「そりゃよかった」

「よくねぇだろうが!」


 当然の訴えである。

 猿田は煽るような笑みを浮かべる。


「いやすまん、ちょっとお前のほっぺに、気持ちわりぃ蚊が止まってたんだ。逃げられちまったけどさ。今度会ったら、絶対ぶっ倒してやるから、覚えてろよ」

「…………?」


 遠藤は首を傾げた。


 〇


 桃郷のどこかの街のどこかの路地を、金髪の少女とノッポなおじさんが歩いていた。

 不意に金髪の少女が足を止め、左の頬を抑える。


「ぷふ。蚊だって。僕はヴァンパイアだぞ……」

「どうした?」


 隣を歩くおじさんが少女に尋ねる。


「いや、やっぱり、僕のタイプだなぁと思ってね。愛しているよ、猿田正太郎」

「…………?」


 おじさんは首を傾げた。


 〇


 二〇一九年五月二二日。

 今日は猿田光太郎の四十九日であった。


 学校を休み、猿田兄妹と『大天狗組』の面々だけで、極めて小規模な法要を知り合いの寺で行った。『大天狗組』に関しては猿田が招待した。そっちの方が親父も喜ぶだろうと思ったのだ。


 粉末になった遺骨を納骨し、猿田と犬塚は制服姿で墓の前に並んでしゃがみ、手を合わせていた。黙とうを終えて立ち上がると、猿田はポケットから、指輪などのアクセサリーが入っていそうな、上質な小箱を取り出した。


「犬塚、あのさ。実はお前に、渡したいものがあるんだ」

「な、なによ。急に改まって……」


 猿田は小箱を犬塚に差し出しながら言う。


「お前にこれを、受け取ってほしい」

「なによ、それ?」


 犬塚は猿田の手のひらの上に乗った箱を見つめて、怪訝そうな顔をする。

 隣に立っていた瓜園はすかさず、【悪戯願望いたずらがんぼう】の呪いの声に従って、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、犬塚にだけ聞こえるようにささやく。


「結婚指輪ですよ。猿田さん、一生懸命選んでました」


 瞬間、犬塚は沸騰した。


「ばばばば、バカ猿っ! あんた本気っ!? いくら何でも気が早すぎるでしょーっ!?」

「は? 気が早いも何もないだろう。それにこういうのは、早い方が良いだろうし」

「早すぎるって言ってんのよーっ! まだ一週間くらいしか経ってないのよっ!? 正気なわけ!? しかも私たちまだ高校生よっ!」

「え、正気だよ。それに時間とか年齢とか関係ないだろ」

「なっなっなっなっ……」


 犬塚はあうあうと口を動かす。

 瓜園は大変満足そうな笑みを浮かべていた。


「これ、受け取るの、なんか嫌そうだな? なに? 嫌なの?」


 ぼっ。犬塚の顔面から火の手が上がった。


「そ、そそそ、それはっ……! それは、そのっ! べべべ、別にっ!」

「なんだ? わけわからんやつだな」


 この流れは〈はっきり言えよ〉の流れであると察知した瓜園は、犬塚が取り返しのつかないことを言いかねないと判断し、渋々と種明かしすることにした。


「犬塚さん。嘘です。私の冗談です」


 瓜園の胸倉を掴んで揺すった。

 報復を終えると、犬塚は改めて猿田に向き直る。


「で、それ、なによ!」


 犬塚は真っ赤っかである。


「なんで怒ってるんだよ」

「怒ってないっ! いいからっ!」


 猿田が箱をパカッと開けると、中にはシンプルなデザインのペンダントが入っていた。


「なにこれ?」

「この中に親父の遺骨がちょびっと入ってる。ソウルジュエリーってやつだ。こういうのやる気は全然なかったんだけど、今回は不本意に砕くことになっちゃったから、そういうのもありかなと思って。ま、言い方悪いが、ついでだな。俺と妹と、あと、犬塚の分も用意したんだ。今風の分骨ってやつになるのかな。犬塚も俺の親父のこと、大切に思ってくれてたと思うし、受け取っといてもらおうかなって思ってさ。俺と犬塚が知り合ったのは、親父が引き合わせた縁みたいなところもあるし」


 犬塚はペンダントを取り出して眺めた。


「良いの? なんか、悪い気もするわ」

「これでも一応、犬塚には感謝してるんだ。お前のおかげで、ちゃんと親父を天国に送り返してやれた。一人じゃ多分、黒谷に勝てなかった。親父も感謝してんじゃないかな? だからまぁ、もらっておいてやってくれよ」


 すかさず瓜園は、犬塚の耳元で囁く。


「おそろいですよ」


 ぼっ。

 瓜園は新しい玩具を買ってもらった子供のような、うきうきとした表情をしていた。

 それから犬塚はぶんぶんと頭を振って、猿田から箱を受け取った。


「そ、それじゃ、ありがたくもらっておくわ。あんたとはこれからも、パートナーやってかなきゃいけないわけだし?」

「なんか嫌そうだな、おい」


 猿田は不服そうな顔をした。

 犬塚はペンダントを早速首に巻いてみた。

 太陽の光を浴び、首元で光るネックレス。


 空は群青。今日は良い天気であった。


「別に、嫌とは言ってないでしょ? さ、猿田先輩?」


 犬塚は上目遣いで見ながら言った。


「ばーか、猿田でいいと言っただろうが」

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