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桃郷百鬼夜行  作者: 龍宮群青
三 今昔下北沢の大天狗の怪
11/15

①「劇団☆百鬼夜行」

 猿田達が拍手の方向に首を向けると、下北沢に古くからある小劇場の屋根の上に、短めの金髪の少女が立っていた。派手な柄の黒いぶかぶかのパーカーを、ワンピースのようにして着て、ポケットに両手を突っ込んでいる。


 異様な威圧感を放つ妖精のように美しい少女だった。十代後半のようにも見えるし、二十代後半と言われても納得できる。背は高くも低くもない。胸は大きくも小さくもない。髪は長くも短くもない。


 ただただ特徴的なのは、その威圧感。そこにいるという存在感。


「お見事だね。僕の負けだ。なかなか楽しかったよ」

「誰よあんた! あんたが操ってたわけっ!? 名乗りなさいっ!」


 犬塚は猿田の腕から自分の足で立ち上がって、金髪の少女に木刀を突き付けた。


「僕は黒谷紅音くろたにあかね黒谷紅駿くろたにこうしゅんの娘で、ヴァンパイア――というよりは、死霊使い(ネクロマンサー)かな。あは」


 ひどくあっさりと。

 こともなげに。

 惜しげもなく。


 黒谷紅音はそう言った。

 猿田の全身の毛が逆立つ。


 日本史上最悪のテロリストであり、『幻想器官』の著者、黒谷紅駿。妖怪の妖怪による妖怪の為のテロ組織『百鬼夜行』のリーダーを務めていた男。オカルトブームを再燃させ、世界のアップデートに成功し、そして、猿田の父親と相打ちになった男。


 目の前にいるのは、その娘だと言う。

 とんでもない大物である。


 黒谷紅駿の娘ということは、彼女はあえてネクロマンサー等と自分のことを評したが、父と同様に『細胞を操る』異能の持ち主である可能性が高い。その能力で死体を操っていた、ということなのだろう。黒谷紅駿が大学の卒業生を百人殺してみせたように。


 猿田はごくりとつばを一つ飲み込んだ。感覚的には、初めてのダンジョンでボスを倒したら、次に魔王が現れたようなものだ。めちゃくちゃなゲームバランス。


 犬塚は木刀を構えて、残りわずかな妖力を身に纏って、臨戦態勢を取ろうとする。


「やめておきなよ」


 黒谷は右手で犬塚を制する。


「今の所は、これ以上君たちに危害を加えるつもりはない。挨拶に来ただけなんだ。僕も疲れたしね。どうしてもと言うのであれば、ここで殺してあげてもいいけど?」

「犬塚、落ち着け」


 猿田も犬塚を制する。疲れたとは言っていたが、相手にはまだ余裕がありそうだ。

 分が悪いと判断した。


「桃郷の各地で起きてる『連続多発都市伝説事件』ってのは、お前がやってるのか?」


 猿田は警戒しつつ黒谷紅音を見た。


「イエス。その通りだよ。僕だけじゃなくて、みんなで手分けして、だけどね」

「何が目的なんだよ?」

「テロリズムと言ったら?」


 黒谷はおどけたように言った。


「百鬼夜行の残党か?」

「ぷふ! 半分正解で、半分不正解」

「どういうことだ?」

「僕たちの仲間には、元『百鬼夜行』の人間が何人かいる。だから構成員的にはまぁ、残党とは言える。だけどこころざしが大きく違う。安心してくれていい、僕たちの目的は、テロリズムなんて物騒なものじゃあないからね。さっきのは冗談だ。僕たちはテロ組織ではないよ」

「テロ組織じゃないなら、なんなのよ?! はっきり言いなさいよ!」


 苛立たし気に犬塚が問う。


「ぷふ。僕たちは劇団だよ。妖怪の妖怪による妖怪の為の組織、劇団『百鬼夜行』だ。僕はそこで主宰を務めている。パパのおかげで世界は確かにアップデートされ、妖怪の存在は白日の下にさらされた。僕たちはそんな世界で、何か面白いことをしようって集まりなんだ。あは。サークルとかでも良いけど、ちょっと締まりがない。悪の秘密結社ってほど行動に一貫性があるわけでもない。だから劇団。それに劇団の方が、なんだか意味ありげで格好いいだろ? 下北沢ここはちょうど、演劇の聖地だし」


 へらへらと、そんなことを宣った。


「ふざけんじゃないわよっ! あんたたち、無関係な人間を殺したりしといて、何が面白いことよっ!」


 犬塚は声を荒げた。


 ――ドクン。


 猿田の身に宿した呪いが心臓を叩く。


 ――ドクン。


 犬塚の言うとおりだ。放っておけば、こいつは人を殺す。


 ――ドクン。


 怒れ。呪いがそうささやく。あわやクラスメイトが殺されそうになったのだ。


 黒谷はそんな猿田の様子を、嬉しそうに見ていた。


「ぷふ。そんなに怒らないでくれよ。あと、勘違いもしないでほしい。僕たちが言う面白いことと言うのは、あくまで、妖怪にとっての面白いことなんだ。もう一度言うけど、僕たちは妖怪の妖怪による妖怪の為の組織だ」

「じゃあ、お前の言う、妖怪にとって面白いことってのは、何なんだよ?」

「己の身に宿した【呪い】に忠実であること」


 黒谷はきっぱりとそう言った。

 その言葉には、確固たる信念があるようだった。


「僕たち妖怪にとって、呪いは衝動であり、渇望であり、祈りであり、行動原理であり、存在意義だ。猿田正太郎。君にも覚えがあるんじゃないかな?」


 黒谷は猿田に、試す様な視線を送った。


 猿田がその身に宿した呪い――【救迫観念きゅうはくかんねん】。

 困った人を放っておけないという呪い。


 正義の衝動。安寧あんねいの渇望。平穏への祈り。

 猿田正太郎という男の、行動原理であり、存在意義。


「名前を名乗った記憶は、ないんだが?」


 今まさに、呪いにその身を焦がされていた猿田は、図星を突かれたような気になって、ついそんな風に話を反らした。


「ぷふ。おいおい猿田正太郎。僕が君のことを知らないわけがないだろう? なんたって君は、『桃郷大学決戦』で僕のパパと相打ちを果たした、英雄猿田光太郎の息子なんだから。僕は君に興味があるんだよ。すごく。ずっと、君のことを見ていたくらいだ。はっきり言おう。『連続多発都市伝説事件』を僕たちがもよおしたのは、君を舞台に上げるためなんだ」

「何を……言ってるんだ?」


 猿田の背筋に嫌な汗が流れた。


「オロチに人手が足りていないのはわかっていたからね。桃郷の街のあちこちで事件を起こせば、わらにもすがる思いで、戦えそうな人間をスカウトすると思ったんだよ。人を助けずにはいられないなんて呪いを宿した、鎮守の家系の人間がいれば特にね。あは。ビンゴだっただろう? そこにいる少女は君に助けを求め、そしてその身に宿した呪いに従って、君は戦いの舞台に立った。すべては僕の書いた脚本通りってわけさ」

「お前……ふざけんなよっ!」


 猿田は声を荒げた。彼が怒りの感情を露にするのは珍しいことだった。

 それから、ふぅと息を吐いて自分を落ち着け、努めて冷静に問う。


「じゃあなんだ? 俺のせいで無関係な人間が殺されたってことか? 俺が、俺が戦わないでいたから、殺された人間がいるっていうのか?」


 それでも猿田の声は怒りで震えていた。


 ――ドクン。


 黒谷は肩をすくめた。


「……まぁ、そんなにかっかとするなよ。それに――まだ殺していない」

「なに?」

「『連続多発都市伝説事件』の被害者は、まだ殺していないと言ってるんだ。ちゃあんと生きているよ。少しその身を預かっているだけだ。二八人全員ね。さっきも言っただろう? 僕たちはテロ組織じゃないんだ。あは。むやみやたらと人を殺したいわけじゃないんだよ。呪いによって人を殺したい衝動に駆られたというのなら別だけど、意味もなく人を殺したりはしない。理不尽な暴力は嫌いなんだ。殺すのが目的なら、パパがそうしたように、密室で首でも吊らせるさ。だから『連続多発都市伝説事件』は手段であって、目的じゃない。目的は、猿田正太郎、君なのさ。全ては君を、舞台に上げる為にしたことなんだ」

「なんでだよ? なんで俺に、そこまでこだわる必要がある?」

「見ざる・聞かざる・言わざる。三猿の叡智」


 黒谷は全てを見通したような顔で言った。


「なんでお前――それを知ってる?」


 猿田の問いを無視して続ける。


「猿田正太郎。君は呪いに忠実に生きていない。父親とは違ってね。それが僕には我慢ならない。僕が宿した呪いは【呪同律じゅどうりつ】。呪いに忠実に生きていない妖怪を放っておけないという、厄介な呪いなのさ。君はまだ見ざる・聞かざる・言わざるという言葉に囚われている。違うかい?」

「そんなことは――」

「僕には隠し事は無理だ。いいかい、僕には聞こえるんだ。世界中の妖怪が宿した『幻想器官』の叫びが聞こえるんだ。あは。つまり、僕には呪いに忠実に生きていない妖怪の悲痛な叫びが、世界のどこにいても聞こえてしまうんだ。他者の宿した呪いの訴えとでも言うべきものが、いつも頭の中で聞こえるんだ。まるで耳元で亡霊が囁くように。そしてそれがこの身を焦がす。全く頭がおかしくなりそうだ。猿田正太郎。君はまだ、心の底から呪いに従って生きていない。それは間違いない」


 黒谷は断言した。

 猿田には何も言えなかった。

 確かにそれは、そうなのだ。

 見ざる・聞かざる・言わざる。それが猿田の生き方だった。


「自分の使命から逃げるんじゃない。君は鎮守の家系に生まれたんだ。見ざる・聞かざる・言わざるなんて、ふぬけたこと言ってちゃだめだよ。父を見習え。それでも猿田光太郎の息子なのかい?」


 冷徹に、さげすむように、黒谷は猿田を見下ろした。

 またそれか。

 そう思った。猿田の頭に血が上る。


「ふざけんな! 俺は猿田光太郎の息子って名前じゃないんだ! どいつもこいつもいい加減にしろよ! 俺は俺だ! 猿田正太郎だ! 親父と比較されたいわけじゃねぇ!」


 猿田は激怒した。

 その叫びを隣で聞いた犬塚は、ビクッと体を震わせた。


 それは罪悪感からくる震えだった。


 鏡を見ているようだと思う。

 昨日今日の自分の言動を思い返してみれば、自分も猿田に対して、黒谷と同じように、繰り返し繰り返し光太郎と比べるようなことを言ったのだ。


 猿田の言う『どいつもこいつも』の『どいつ』とは、すなわち自分のことなのだ。

 そのことに気付いた途端、泣きそうになった。ギュッと唇を引き結んで下を見た。 


 黒谷はそれまでポケットに突っ込んでいた両手を広げた。


「そう。君は君だ、猿田正太郎。残念なことに。僕が僕であるようにね。煽るようなことを言って悪かったよ。どうか嫌いにならないでほしい。これでも僕は、君のことを好きなんだ。愛しているとさえ言える。ただ、僕は、君に君らしくあってほしいというだけなのさ。だから耳を塞ぐな。猿田正太郎。刮目しろ。声を上げろ。知らないことを知ろうとするんだ」


 大袈裟で、芝居がかった口調だった。

 言い終えると、黒谷は胸から一枚のビラのようなものを取り出して、猿田に向けて放る。桜の花びらが散るように、ひらひらと宙を漂って猿田へと落ちていった。


 黒谷は腕に巻いた時計を見ながら言う。


「さて、今の所は、ひとまずこれで退散するよ。そろそろ時間だ。この後ちょっと予定があってね。君にそれを渡しておく。劇団『百鬼夜行』の、記念すべき旗揚げ公演、千秋楽の案内状だ。逃げずに来たら、行方不明者二八人は解放してあげよう。他の鎮守官に援軍を頼んだりするなよ? 君たちだけで来い」


 ――ドクン。

 その身に宿した【救迫観念】の呪いが胸を叩いた。


 猿田が受け取った紙には、『劇団☆百鬼夜行 下北沢公演千秋楽 今昔下北沢の大天狗の怪』と書かれていた。日時と場所も指定されている。下北沢にある一番大きな劇場に、今夜の午前二時――丑三つ時に来い、ということだった。


 ――ドクンドクンドクンドクン。


 早鐘が打ち鳴らされる。


 二八人の人間はまだ生きていて、その命が掛かっている。

 助けろと呪いが叫ぶ。


 逃げるという選択肢はあり得なかった。

 猿田は黒谷を睨みつける。


「首を洗って待っとけ」


 黒谷は口角を上げた。


「良い返事だ。ぞくぞくするね。それじゃあ、また後でね」


 黒谷は背中に蝙蝠のような黒い翼を生やすと、赤く染まった空に飛び去って行った。

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