おおむね美味しい
野営をした翌日。
レティにとっては懐かしの野営だが、アイシャにとっては初めてだ。
屋根のない屋外という環境と、マント越しのかたい地面の感触にあまりよくねむれなかったのだろう。
アイシャは明らかに寝不足の顔をしていた。
「アイシャ、大丈夫?」
「うう……全然眠れなかったわ。背中が痛くなっちゃった」
「慣れるまではつらいよね。町についたら厚手の毛布を買おうね」
街道に合流してしばらく進めば、宿場町にたどり着く。
マルク村には余分な毛布や装備はなかったけれど、宿場町にならそれくらいあるかもしれない。
「お金も心もとないわよね。一応お小遣いは持ってきたけど、毛布を買ったらなくなっちゃうかもしれないわ」
「あ、それなら多分大丈夫」
「え?」
荷物の中からお財布がわりの革袋を取り出して中身を確認するアイシャに、私は苦笑いで後方を指さした。
「え、ええええええええええ⁉ な、なによこれ⁉」
「シュバルツが、ちょっと……」
「シュバルツが捕ってきたの⁉」
「うん、朝ごはんついでに」
「多すぎるでしょ⁉」
指さした先には、小山のように積み重なったモンスターが鎮座していた。
昨日戦ったグレーウルフや、巨牛の魔物のブラッディカウ。
この辺では見ることのないアイスバードに火トカゲなんかもいる。
お肉の美味しいオークなんかは、半分くらいかじってあるのはご愛敬である。
お腹をぽっこり膨らませたシュバルツは、小山の上でひっくり返って寝こけている。
鼻の先に提灯をつけてスピスピいってるけど、警戒心とかないのかね。
まあ、不意打ちで攻撃されてもシュバルツに勝てる魔物なんてそういないだろうけど。
「これを売れば、お金は手に入ると思うんだよね」
「そ、そりゃそうでしょうけど。こんなに持って歩けないわよ!」
「大丈夫、じつは私、アイテムボックス持ちなんだ」
「アイテムボックスううううううううう⁉」
前世から受け継いだ勇者の特技で、アイテムボックス(極大)あるんだよね。
だからこれくらいの魔物、いくらでも入れておける。
アイテムボックス持ちはそれだけで就職に困らないくらい珍しい。
打ち明けようか迷ったけど、これからずっと一緒に旅するなら秘密にもしておけないし。
「道理でアンタの荷物がやけに少ないと思ったのよ。わざわざ村に取りに戻ったのに。心配してソンしちゃったわ」
「アイシャ、心配してくれてたの? 私の分も持ってきてくれたんだ」
「なっ、そっ、ししし、してないわよ! なによ!」
「えへへ、ありがとう」
「なによ!」
アイシャは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。
そういえばアイシャの荷物、やけに大きかった。
私の荷物が少なかったから、急いで村に戻ってとって来てくれたんだ。
アイシャは本当に優しいなあ。
「はあ、驚きすぎて朝から疲れちゃったわ」
「ごめんね、アイシャ。だからお金は心配しなくていいよ。この魔物は、とりあえずアイテムボックスにいれとくね」
「お願いするわ」
小山になっている魔物をぽいぽいしまい込む。
アイシャが起きる前に、やばげな魔物はもうしまったんだけどね。
具体的にはドラゴンとか、ベヒーモスとか。
久しぶりの再会だからって張り切ったシュバルツが捕ってきちゃったんだ。
確かにベヒーモスとドラゴンのお肉は美味しいけど、あんなの見せたらアイシャが気絶しちゃうよ。
「あと、良かったらアイシャの荷物も入れとくよ」
「昨日言いなさいよ!」
「ごめん~気づかなかったの。アイシャが一緒に来てくれて浮かれちゃって」
「なっ! ……っく、し、仕方ないわね! 次から気をつけなさいよ!」
「は~い」
アイシャはもう耳まで真っ赤にしていた。
「それじゃあ、朝ごはんにしよう。はい、アイシャ」
「ありがと。朝から肉なのね」
「美味しいよ」
密かに切り取っておいたベヒーモスのお肉である。
モンスターはだいたい、強いほど美味しい傾向にあるから、Sランクのベヒーモスはかなり美味しい。松○牛A五ランクのステーキより美味しい。
その証拠に、ベヒーモス肉串にかぶりついたアイシャが、呆けたようになっている。
「美味しいねえ」
「……もう、驚きすぎて声も出ないわ」
「出てるじゃん。うまー。シュバルツに感謝だねえ」
「ああ、美味しい! 朝からお肉なんて乙女にあるまじき食生活だけど、美味しい! くやしい!」
「あはは、泣きながら食べるなんて、アイシャは忙しいなあ」
「るっさいわよ! ああ、美味しすぎる……」
あんまりアイシャが喜んでくれるから、うずうずしてきた。
「……なんのお肉か聞きたい?」
「聞きたくない!」
「えー」
「どうせ、すっごいやばい奴の肉なんでしょ⁉ もう驚くのはお腹いっぱいよ!」
「あはは」
にぎやかな朝ごはんを終えると、シュバルツを起こして出発した。
今日ものんびり、道ばたの野草をむしったりしてぽてぽて歩く。
お肉ばっかりじゃ栄養が偏っちゃうからね。
ほうきを肩に担いだアイシャも時々野草をむしっている。
……ほうきはアイテムボックスにしまわなかったのだ。
持ってると落ち着くんだって。
「レティ、そんな雑草を拾ってどうするのだ」
ふよふよと飛びながら、シュバルツが道端の草をツンツン引っ張って遊んでいる。
「お肉だけだと栄養がたりないからね。野菜も大切なんだよ」
「野菜~? 我は草は嫌いだ」
「わがまま言わないの」
「む……じゃあ、コレは?」
そう言ってシュバルツが差し出したのは、根っこが生き物のようにうごめいているマンドラゴラだった。
シュバルツに草の部分を掴まれているが、抜きたてのようで根っこがぴちぴち動いて逃げ出そうともがいている。
絶叫する人間のような頭部の口から謎の汁を垂れ流し、必死である。
「なななな、なにその気持ち悪い草⁉ どこに生えてたのよ⁉」
うごめく根っこを見て、アイシャの顔色が悪くなっている。
マンドラゴラって、微妙にリアルで気持ち悪いよね。
「マンドラゴラは、肉かなあ、野菜かなあ」
「我は肉だと思う。うまいから」
「野菜も美味しいよ」
「普通に会話すんなあああああ! なんなのよ、その草⁉ いや、草なの⁉ なんなの⁉」
マンドラゴラが肉なのか草なのかは、前世から持ち越しの疑問である。
パーティにいた賢者は「植物系の魔物」って言ってたけど。
植物系の魔物の肉ってことかなあ?
そう考えつつ、怒るアイシャに説明する。
「大丈夫、おおむね美味しい」
「おおむねってなに⁉」
「時々当たる」
「だから当たりってなに⁉」
「当たると……呪われる?」
「我は毒のあるマンドラゴラのぴりっとしたところが好きだ」
「食べたくないわ、そんなもんっ! もとあったところに捨ててきなさい!」
「「えー……」」
マンドラゴラ、美味しいのに。
毒があるやつは、ぴりっとしてて薬味になるし。
すりおろす時がぐろいんだけどね。
アイシャが嫌なら仕方がない。
冒険者ギルドで売ることにして、こっそりアイテムボックスに放りこんだ。